突入
兵士宿舎に火の手が上がったのを見て、区画内にいた兵士たちは慌ててそちらへと走った。東側から放火したのは、兵士宿舎なら一般人が被害に遭うことが少ないというのと、より多くの兵士たちを引き付けることが出来るからである。
風にあおられた炎はすぐに燃え広がり、兵士たちは慌てて周辺の可燃物を撤去し、水を運びにいく。また、一部の兵士たちは塀を跳び越えて火矢を射こんだ襲撃者を探しに出た。今頃放火部隊は逃走と隠密に移っていることだろう。
通行人たちもある者は退避し、ある者は燃えている方に野次馬に向かう。
「突撃ィーッ!」
ある程度の兵士が東側に集まったところで、今度は私たちの反対側からゲオルグ率いる精鋭が乱入する。しかもかなりの距離があるこちら側にも聞こえるほどの声を上げて。それを聞いた中の兵士たちは慌てて迎撃に向かう。
放火部隊はどちらかというと矢の名手や隠密行動が得意なものが多く、戦闘能力が特化した者たちはゲオルグと私たちの元に集まっていた。
すぐに中から兵士たちの怒号が聞こえてくる。おそらくゲオルグたちに応戦しているのだろうが、放火の対応に人手がとられている以上しばらくは苦戦するはずだ。
「そろそろかな」
私は近くで控えている戦士たちに尋ねる。
答えたのは人間の軽戦士風の男シュバルツだった。彼は体格が特別いい訳ではなかったが、先ほどから見せるちょっとした移動がどれも俊敏だった。
「いえ、もう少しだけ待ちましょう。火の手はゲオルグさんが突入するための陽動だったと中の全員が思い込むのを待ちましょう」
「悪いね、私たちみたいな素人に付き合わせてしまって」
「いえ、我らはゲオルグさんがいなければ皆野垂れ死ぬか他の傭兵団と揉めて殺されていたような者たちです。だからゲオルグさんが他の者を助けようとするのであれば手を貸しますよ。それに我らのような無頼の集団だけでは中の者を逃がすのは難しいでしょう」
そう、私とイリアがついてきているのは、捕まっているのは無頼の徒ばかりではないからである。商人や職人のような戦闘の心得のない者たちが、突然傭兵団の荒くれ男たちが突入して牢を破壊してもすぐに逃げ出そうという気持ちになるとは思えない。むしろ巻き込まれるのを防ぐため、牢の奥に隠れる可能性すらある。そういう者たちを説得して避難させるために私たちは同行していた。
「では私は様子を見てきます」
そう言って彼は立ち上がると、次の瞬間にはその姿は見えなくなっていた。
一瞬の間にどこかに身を潜めつつ中央区画に近づいたのだろう。少しして、気が付くとシュバルツは私たちの前に戻っていた。一応周囲には常に意識を張り巡らせているはずなのに驚きである。
彼は私たちをぐるりと見渡すと静かに言った。
「敵兵はもうこちら側にはおりません。今です」
「分かった……サモンガーディアン」
私はドラゴニュートを召喚する。ここ数日、私の魔力を全てドラゴニュートの回復にあてていたため、彼は何とか全快していた。
私はドラゴニュートにあらかじめ用意していた、二メートルほどの丸太を持たせる。人間だと数人で持ち上げるのがやっとの丸太を軽々と抱え上げたドラゴニュートは門に向かって走っていく。
それを見た通行人たちはぎょっとした表情で道を避ける。
ドラゴニュートが丸太で門を強打すると、バキッ、という音とともに音を立てて門扉を閉ざしていたかんぬきが破壊される。
「今だ、突入!」
シュバルツが叫び、私たちは隠れていた場所から門へと駆け出す。ドラゴニュートがもう一度門を強打するとかんぬきが破壊された門はぶらーんと頼りなく内へ開いた。
すかさず私たちは開いた門の中へと駆け込む。
突入した私たちの前に建っているのは主に武器や軍の物資を貯蔵している倉庫である。三メートルほどの高さの四角い箱のような建物がいくつも並んでいる。
元々兵士は少なかったのだが今は陽動により完全に人気がなくなっている。私たちは建物の間をすり抜けるようにしてその奥に建つ牢がある区域に向かう。
ちなみにゲオルグたちは牢から注意をそらすため、南側の正門から突入した後は西側の政庁に向かっている。
そちらには代官もいるため、相手はゲオルグが代官を討ちにいったと思うかもしれない。そのため、中央に向かうと西側からの戦闘音と、東側からの炎の気配を感じられる。
中央には「◎」のように中央だけ空いた円形の建物が建っており、さらにその中央に数メートルの塔が周囲を見渡すように不気味にそびえ建っている。牢の様子を中心から監視するためのものであった。
周りの建物は財政事情が厳しいためか木造が多かったが、牢だけは逃亡を防ぐためなのか、石で造られていた。
さすがに牢の周辺には兵士が何人か立っており、私たちの姿を見るとすぐに大声を上げて駆け寄ってくる。さらに一人がどこかに知らせるべく走っていこうとする。
「まずい、俺は奴を止める」
それを見たシュバリエは知らせに走った兵士を止めるべく駆けていく。私たちの方に向かってきたのは三人だったが、同行していた傭兵団の戦士三人が迎え撃つ。
「お前たちは先へ急げ! 我らもすぐに後を追う!」
筋骨隆々としたリザードマンの男が槍を振り回しながら叫ぶ。
「行きましょう」
そう言ったのはジャックという盗賊の男だった。彼は他の者たちと違い戦闘はあまり得意ではないが、鍵開けについては傭兵団随一の才能があるのだという。
相手の兵士は急な襲撃に怖気づいており、彼らなら心配はなさそうであった。私はジャックに頷き返すと、イリアとドラゴニュートとともに彼を追う。
牢の入り口には当然鍵がかかっていたが、ジャックが針金のような器具を取り出してかちゃかちゃといじると、ものの数秒ほどで鍵は開いた。
「すごい……」
私とイリアは一瞬周囲の状況を忘れて感嘆してしまう。
建物内は薄暗くじめじめしている上にかび臭い匂いが鼻をつく。牢というだけあって、環境はお世辞にもいいとは言えなかった。
そして通路の両脇には鉄格子で仕切られた個室が並び、中には本物の悪人からどう考えても言いがかりで捕まったとしか思えない町人まで様々な人々が捕まっていた。彼らは突然侵入してきた私たちをある者は期待の目で、ある者は脅えの目で見つめてくる。
それを見たジャックは頭を抱えた。牢の個室はどこもかしこも人が入っており、全員を助け出すにはかなりの時間がかかるだろう。
「個室が多すぎる……俺は牢を開けて回るから、あなたは鍵を探しにいってくれ」
「分かった」
ドラゴニュートで自衛出来る私が単独行動をするしかない。牢の空間に恐怖しつつも私は先へ急ぐのだった。