ゲオルグの意志
「……分かった、それならばその話、乗ろう」
ゲオルグが重々しく頷いたことに私は内心驚いた。出会って一日の私をあてにして、そのような大博打を打ってしまっても大丈夫なものなのだろうか。
そんな私の内心の疑問に気づいたのか、ゲオルグは言葉を続ける。
「わしとしても多少なりとも勝算があるなら乗ろうと思っていた話ではあったのだ。元々色々と気に食わないことはあった。魔竜討伐の時も恩賞はわれらの部隊の指揮官で止まっていて、我らは最低限の金しかもらえなかった」
通常、魔竜のような強大な魔物を倒せば部隊で倒したとはいえ、参加者全員にある程度の追加報酬が渡されるものである。
「そして、実は牢にはわしの知り合いもいるのだ。わしの知り合いにオリガというエルフの盗賊がいた。義賊オリガ、という名に聞き覚えはあるか?」
「ある! 悪政をしている領主の元にどこからともなく現れてはため込んだ私財を盗み、民衆に配る義賊がいるって」
まさかゲオルグの知り合いだったとは。ちなみにゲオルグと違ってオリガは貴族界隈では評判が悪かった。まあ当然だろう。
「そうか、なら話は早い。彼女は腕は立つのだが、いかんせんやって限度の見極めが下手でな。圧政や暴政を見かける度に義賊行為をする上、ファンも増えていった。しかもエルフということもあって、兵士たちが目をつけるようになるのに時間はかからなかった」
この街の人々も現状への不満をそういう人物への喝采という形ではけ口にしていたのだろう。それにこっちだと娯楽とかもなさそうだし。
「それでもオリガは出来るだけ街中では姿を見せずに暮らし、衛兵らの目を逃れていた。しかしある日、彼女の友達が兵士たちに言いがかりのような罪で捕まりそうになった。そして助けに赴いた彼女を兵士たちが包囲した。まあ、最初からオリガを捕まえるための罠だったのだろうな。だからわしとしても是非彼女を助けてやりたい。他にも牢には金を渡さなかったために嫌がらせで捕まった商人や、邪教信仰の言いがかりをつけて捕まった者もいるからな」
ゲオルグはしみじみと語る。確かに捕まるべきでない者が捕まり、捕まるべき者が捕まっていないという現状はおかしい。ゲオルグも表には出さないが、相当腹に据えかねていたのだろう。だからイリアの提案が不確実なものだったとしてもそれに乗ったのだろう。
「ちなみに他の傭兵団の人とかは手伝ってくれないの?」
私が尋ねるとゲオルグは首を捻った。
「どうだろうな。確かに色々不満のある者はいるだろうが、正面から反逆するとなると、二の足を踏む者が多いだろう。それにわしらも他人に高額の報酬を払うほどの余裕はない」
確かに、知り合いが捕まってでもいなければわざわざそこまでする義理はないだろう。それに下手に誘えば情報が漏れないとも限らない。
「そう言えばイリアとゲオルグはどういう仲なの? 今までの話を聞いた限りあまり縁があるようには思えないけど」
私の言葉にイリアはさっと顔を伏せる。
一方のゲオルグは懐かしそうに目を細める。
「あれももう二年ぐらい前のことだったな。あの時は……」
「ちょっと」
イリアの語気が少し強くなる。珍しく彼女は必死であった。何か恥ずかしいことでもあったのか、と気になってくる。するとゲオルグは笑いながら話してくれる。
「イリアが初めてここに来たときわしにあってな、『仇を討って欲しい』と泣いて頼んだんだ。当然そんなことは出来ないが、それ以来何となく面倒を見ることになった」
「もう、そのことは忘れてって言ったのに」
イリアは頬を赤くして俯いた。今の彼女を見ていると彼女が泣いて何かを頼むというのはあまり想像がつかない。
「ふふ、想像がつかないか。それはそうだ、彼女も大分成長したからな」
頭が良さそうな彼女がそんなことを頼むなんてよほど取り乱していたのだろう。逆に言えば、それほど先生に対する思い入れが強かったに違いない。
「わしらも学のある者がいなかったからな。代わりにと言う訳でもないが、契約書を作ってもらったり、護衛対象の行為が合法かきわどい時などには意見を訊いたりしていたな」
確かに、言っては悪いがこの周辺に学がありそうな人物はあまりいないだろう。
そういう意味ではゲオルグにとってもイリアは貴重な存在だったのかもしれない。
「ちなみにわしらの人数は三十人ほどだが、半分は人間ではない。おそらくこの街でも一番亜人率が高い集団だと思っている」
「そう言えばゲオルグはなぜこの街に来たの? セレスティア王国は人間以外にはあまり優しくない国だけど」
「うむ……それももはや十年以上前のことになるな。わしはこう見えても若いころは相当遊んでいてな、夜は大酒を飲んで昼まで寝ているということもざらにあった。ドワーフはまじめな者が多く、馴染めなかったわしは街を飛び出した。幸い腕には自信があったからな」
「ゲオルグはかなり真面目な方かと思ったから少し意外」
私の言葉にゲオルグはははは、と笑う。
「確かに仲間想いではあるな。だが、酒を飲みたい日は飲むし、大酒を飲んだ日の翌朝は起きたくない。こればかりは譲れぬ。とにかく、そんな訳で放浪していたわしはレオブルグに訪れた。そこで飲んだ酒はうまかった。わしはどうも人間が造った酒の方が好みに合うらしくてな」
「ドワーフの酒は違うんだ」
「うむ、強いのは強いんだが、おいしくはない。そこへいくと人間の造る酒はうまいし、酒類も多いからな。あっという間に路銀を使い果たし、稼げる場所をまとめてこの街にやってきた。最初はここで日銭を稼いでレオブルぐで飲む生活を送っていたが、そのうちだんだんと仲間が出来て来てな。気が付けば仲間が増えていたという訳だ」
「なるほど。私は……」
ゲオルグの話を聞いた私も、気が付けば今度は自分の生い立ちを語っていた。
私の話はゲオルグにとっては別世界だったからか、彼は聞きながら終始目を丸くしていた。
「そうか。中央はいい暮らしが出来る分窮屈なんだな」
「そうだね。でも、やっぱり日々の安全な暮らしが保証されているだけよっぽどましだったなって思った」
「ねえ、アリシアはもし辺のごたごたが解決したらどうしたい?」
ふとイリアが尋ねた。私はそれを聞かれて答えに窮する。もちろん来て一日目でこんなことに巻き込まれて、それからのことを何も考えていないからというのはある。
しかし私自身それだけではなく迷っているところはあった。仮に、私がある程度の収入源とある程度の平和な棲み処を手に入れたとして、自分だけ平和な生活が出来ればいいのかと。
とはいえ、ゲオルグのように傭兵団に所属したり、かといって冒険者のような存在になるのはしっくりこない。大体、今まで温室でぬくぬくと育ってきた私にそういう生き方が向いているとは思えないし。
「分からない」
「そうだよね、こっちに来たばっかなのにそんなこと訊いてごめん」
慌ててイリアが謝る。私もしばらくここで暮らしていけばどうしたいのかが分かるのだろうか。
するとゲオルグがぽんと手を叩く。
「ま、真面目な話はこのくらいにして飲みに行かないか?」
「そうだよね、ごめん、邪魔したみたいになっちゃって」
「そうか。それなら酒代出してくれ」
「嫌だ。ゲオルグの分出すと私の全財産なくなるから」
イリアが真顔で答えたので思わず私は噴き出してしまう。釣られてゲオルグも笑った。
「ま、それならわしが出す。そしてこの作戦が成功したらオリガに払わせるからな」
「それがいいや」
こうして私たちは飲みに出たのだった。
ちなみに魔竜討伐の実態は地上から弓の猛射を浴びせて落ちて来たところをゲオルグが五回ほど胸を剣で突いてようやく倒したというものだったらしい。私は少しだけ夢を失った。