傭兵団長ゲオルグ
「それで、救うって言ってもどうする? さすがに牢屋は私たちで突破できるほどやわな警備じゃないでしょう?」
「そうよ。だからこの街の傭兵団に協力を頼みに行こうと思う」
「傭兵団?」
「うん。この街には兵士がいるけど、兵士は魔物が襲ってきたときと犯罪者が出た時以外は基本的に警備しかしない。でも、例えば街から出て遠くへ行くのに護衛が欲しいとか、自分から魔物討伐に出て手柄を立てたいとかの事情で人手が必要になることも多いと思う。街側から見ても、傭兵なら大規模な出撃の時だけ雇えるから都合がいいし。そんな訳で街には大小いくつもの傭兵団がいるのよ」
「なるほど」
こんな危険な街だったらそういう集団はいくつあっても引く手あまたということだろう、というのは容易に想像がついた。
「その中の一人、ゲオルグというドワーフの傭兵団長と顔見知りだから一緒に頼みに行ってみようと思う」
「え、ゲオルグってあの魔竜殺しの!?」
”魔竜殺しのゲオルグ”と言えば王都にいる者も知っている名前である。その名の通り、王国の東方にある魔物の地から”魔竜”と呼ばれる特に力の強い竜が現れたことがあった。辺境伯が派遣した軍勢が次々に恐ろしいブレスに吹き飛ばされ、鉤爪で引き裂かれ、尻尾で叩き潰されていく中、ゲオルグは竜の尾を駆けあがって胸を大剣で貫いたという。
「ああ、王都でも有名なんだ」
だが、なぜか私と違ってイリアの反応は薄かった。なぜだろう、普通は現地での方が知名度高いものだと思うけど。それとも王都には吟遊詩人が多いから物語として一人歩きしたのだろうか。
「この辺りでは有名ではないの?」
「もちろん魔竜討伐事件は有名だけど、ゲオルグの名前まで知っている人は少ないかも。ゲオルグはあくまで傭兵として雇われただけだったし」
「え、でも竜の尾を駆けあがって心臓を一突きにしたんでしょ?」
「いや、それは嘘」
物語にありがちな誇張だったか。現実は得てしてそんなものである。
「とはいえ、傭兵だった上にドワーフだから辺境伯もゲオルグの手柄というよりはその部隊を指揮していた自分の部下の手柄にしたからというのもあると思う。何で王都で有名なのかは知らないけど」
ドワーフは亜人と総称される人間と近しい種族の一つである。人間より背が低い代わりに頑丈な体躯と屈強な体を持つことが多い。しかしセレスティア神が作った存在ではないため、王国における地位は低い。
別に明確な差別を受けているというほどではないので、王都でも腕のいい戦士や鍛冶などはたまに見たことがある。とはいえ、今回のような待遇を受けることはあったし、貴族や神殿がドワーフを護衛に雇うことはないし、ドワーフの剣を身分のある人物が使うことは稀である。
そう思うと随分やるせない話だ。
「やっぱりこの辺は亜人も多いのかな?」
「そうだね、何と言っても腕が立つ者は仕事に困らないから、色んな種族の腕自慢が集まって来るよ。ドワーフやリザードマンが特に多いけど、エルフやドラゴニュートもたまに。だからこそさっき言ったような対立が起こっている訳だけど」
「なるほど」
ゲオルグのような活躍をしてもきちんと評価されないのであれば不満の一つも溜まるだろう。
「じゃあ今夜会いに行くから休んでいて」
「うん」
とは言ったものの、こんな廃屋でまともに体を休めることは出来ない。ベッドはあるけどぺらぺらの布団しかないから固いし、床も下手に一歩を踏み出せば足が沈んでいきそうになる。
仕方なく私は部屋に転がっている本に手を伸ばす。私がとったものは表紙に「新法案」とのみ書かれたシンプルなものだった。「案」とある通り本というよりは考えをまとめたものなのだろうか。
中をぱらぱらめくっていくと、タイトル通り新しい法律の案がびっしりと書かれていた。とはいえ、こうして見てみると意外と今の仕組みや法律と大して変わらない。それはこの案が不十分と言う訳ではなく、単に今の仕組みや法が機能していないだけとも言える。
例えばこの街がこんな状況なのも法がないからではなく守られていないだけだ。
「ちょっと、それまだ未完成だから読まないで」
思わず読みふけってしまった私にイリアは少し慌てたように手を伸ばし、本を持っていってしまう。その顔は少し恥ずかしそうだ。
「え、これイリアが書いたの!?」
「そ、そうだけどまだ未完成だから……さ、もう行くよっ」
「う、うん」
道理でこんなところに無造作に転がっている訳である。全部目を通せた訳ではないから分からないけど、彼女が熱心に研究していることが分かって感心してしまった。
「はいこれ」
そう言ってイリアはフードがついたマントを手渡してくれる。それを羽織ってフードを被るだけで多少は顔が隠れる。
「でもこれ、余計怪しまれない?」
「大丈夫、見た目が怪しい人なんてこの街にいっぱいいるから」
それはそれで大丈夫じゃないのでは、と思ったが今更だった。
イリアが家を出たのに続いて私も外に出る。外は薄暗くなっており、街の外から戻って来た兵士や冒険者たち、また飲みに出る男たちで街は活気に溢れている。イリアはそんな中を目立たないように道の端の方を歩いていき、一軒の飲み屋に入った。
私は初めてこういう店に入ったので店内の猥雑な雰囲気に思わず驚いてしまう。中では冒険者らしき陽気な男が大声で今日の武勇伝を語り、その横では賭博に負けた男たちが飲んだくれ、露出度の高い服を着た女と飲んだくれている男たちもいる。そんな雰囲気に圧倒されて私は店内に入って一瞬足踏みしてしまう。
そんな店の一角で、静かに飲んでいるドワーフの姿を見つける。身長は私の肩ぐらいまでしかなかったが、鍛えられた体は引き締まっており、その体には今までの戦闘でついたと思われる無数の傷で満ちていた。さらに傍らに置いてある大剣は彼の身長ほどもあるものだった。
彼は隅の方で仲間と思われる人間やリザードマンの男たちと飲んでいた。ゲオルグ自身はそこまで騒いでいる様子はないが、時折仲間の話におだやかな笑い声を立てており、テーブルはほどほどに盛り上がっている。会う前はお話の中の人だったということで緊張していたが、会ってみれば少し陽気でガタイのいい普通の男である。
「元気してる?」
イリアはそこへ歩いていくと、無造作に片手を上げてフードをとり挨拶する。するとゲオルグ(と思われるドワーフ)はぐるりと振り向く。
「イリアか。お主もまだ無事だったようで何よりだ」
「実は今日ちょっと揉めてね。でも彼女が助けてくれたわ」
そう言って私の方を見る。私はどう反応していいのか分からず、軽く会釈する。
ゲオルグも軽くこちらに頭を下げ返す。その様子から私は実直そうだな、という印象を受けた。
「それで今日は何の用だ? 例の件なら返事は変わらぬ。わしらとて同情しない訳ではないが、だからといって、そんなことをすればこの街では生きていけなくなる」
例の件、というのが捕まっている人たちを助けることだろうか。どのような方法かは分からないけど、大人数の人の脱獄に手を貸せば兵士たちには睨まれるだろう。そしてそれを当然大声でしゃべる訳にもいかないので、言葉をぼかしているのだろう。
「成功した後のことを考えてもらいたいものだ」
「今日はそれを考えて来たわ」
「ほう」
ゲオルグはそう言ってイリアと私を交互に見比べる。もしかして私は何かの当てにされているのだろうか。そう言えばイリアを手伝うと言ってついてきたけど、この話し合いで私が何かを言うとかは打ち合わせていない。
が、私が何も言っていないにも関わらずゲオルグはやがて小さく頷いた。
「分かった。話はうちで聞こう。おい、お前らは飲んでていいぞ」
そう言ってゲオルグは銀貨が入った袋をテーブルにどん、と置くと立ち上がる。
ゲオルグに案内されたのは見るからに無頼の男たちが出入りしている建物だった。外から見た感じ宿舎のような建物だ。
入ってすぐは小さなテーブルとイスがあり、小さな応接間のような空間があった。その奥にはたくさんの剣や槍、弓矢などが所狭しと置かれている。ここが受付のようなところなのだろうか。
「改めて自己紹介しよう。俺は傭兵団“鉄血兵団”の団長ゲオルグだ。街のどの傭兵団よりも強いと自負しているし、強さとある程度の性格があればどんな者でも迎え入れる」
ゲオルグは私に自己紹介しつつ胸を張る。
彼は”鉄血兵団”に誇りを持っているようだった。
「私はアリシア」
そして隣のイリアの顔をちらっと伺う。するとイリアは神妙な表情でこくりと頷いた。だから私は意を決して打ち明けることにする。
「本当はクロノアール公爵家の令嬢だったけど、訳あって追放された」
「何だと!?」
ゲオルグも思わずのけぞった。そんなゲオルグにイリアが今日私が彼女を助けたこと、ガーディアンのドラゴニュートのこと、私がイリアを手伝おうとしていることなどを説明する。
最初は胡乱な目をしていたゲオルグもやがてふうむと唸り声を上げた。
「……なるほど。もし我らが牢獄を襲っても、アリシア嬢の力で何とかしてくれるという訳か」
「!?」
私は危うく声を上げそうになってしまったが、すんでのところで堪える。
予期せぬ言葉に思わず私はイリアの方を見た。言うまでもなく今の私にそこまでの政治力があるとは思えない。何せ家からはもう絶縁されているのだから。しかしゲオルグの感覚だと絶縁されているとはいえ、クロノアール家の令嬢であれば辺境伯に多少の口利きは出来ると思っているらしかった。
すると、イリアは話を合わせて欲しいというように目配せして話す。
「うん。もちろん絶対とは言えないけど、それで辺境伯に交渉すれば、向こうにも罪はあった訳だし、罪をうやむやに出来ると思う」
「おぬしは本当にそれでいいのか? うまくいかなければ辺境伯を敵に回すことになるが」
ゲオルグは私を見て尋ねる。
正直イリアに嵌められたという気もしなくはない。私は個人的に手伝うとは言ったが、恐らくイリアは私の力を実際のものより大きいと誤解させてゲオルグを協力させようとしている。
そもそもイリアの先生の話を聞く限り、辺境伯がそういう意見をきちんと聞いてくれる人物なのかはかなり怪しい。
とはいえ、実際に無実の罪で捕まっている人がいるのは見過ごせないし、この街で劣悪な暮らしを強いられている人がいるのならばせめて安心して暮らせるようにしたい。
普通ならこの状況を見ても自分の身を守ることを第一に考えるかもしれない。しかし私はそもそもこの状況を招いたのはうちの父やもしくはそれよりも前の代の人たちが自分たちの権力を拡大することだけを考えていたことが発端ではないかという思いが芽生えていた。
そう思うと、私には知らない振りをすることは出来ない。私は心を決める。
ゲオルグ無実の罪で捕まっている人を助けたいというのは同じ思いだろう。ただ、彼としてもそれと引き換えに自分と傭兵団を危険にさらすことは出来ないのだろう。
後はゲオルグが私のことを考えに入れて、どちらに重きを置いた判断にするか、だった。
「それはこの計画に乗った時から覚悟はしている。でも、辺境伯を説得出来るかは確証はない。それでも構わないと言うのであれば」
そう言って私はゲオルグをじっと見つめる。もしそれでもゲオルグが私に過大な期待を寄せるようなら後は彼の自己責任だ。