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追放令嬢戦記  作者: 今川幸乃
旗揚げ
4/23

学者イリア

 目の前で起こっている光景について大体の想像はつく。本来彼らを統制すべき領主が常駐していないため、何となくこの地の教会で偉い立場にいる神官がやりたい放題しているのだろう。兵士も神官が味方だと何かと便利からなのか、大人しく神官の言うことを聞いている。


「まあいい、続きは牢で話してもらおう」


 兵士の一人がそう言って彼女の腕を掴んで後ろ手に組ませる。このままでは彼女は縛って連れていかれてしまう。

 追放されてやってきた当日に事件を起こすのもどうなんだと思わなくもなかったが、すでに私はこの街に嫌気が差していた。自棄になっていたと言っても過言ではない。だから私はほんの少しのためらいの後に動いていた。


「サモン・ガーディアン」


 私は小声で唱える。幸いなことに私の声は野次馬の声にかき消されて響かない。だが、魔法陣からドラゴニュートが姿を現すと、少女を連行しようとしていた兵士たちもさすがに気づく。


「な、何者だ!」


 同行していた神官も表情を変える。やはり祝福されない存在というだけのことはある。


「お、お前たち、そんな少女よりもこっちだ! こっちを何とかせよ!」


 兵士たちはドラゴニュートを見ると血相を構えて剣を構える。幸いなことに兵士たちの注意はドラゴニュートに向いており、私の姿は見えていない。

 兵士たちの注目は完全に少女からもそれている。この反応を見る限り、やはり少女が本気で異端だと思っていた訳ではないのだろう。今なら彼女を助けられるのではないか。


 そう考えた私は野次馬の中を伝ってその場から一旦遠ざかると、野次馬の後ろに隠れながら倒れている少女の前へと出ていく。


 兵士たちはドラゴニュートを囲んで戦っており、こちらには全く注意を払っていなかった。神官もドラゴニュートを倒せと盛んに喚き散らしている。

 兵士たちは常日頃から魔物やならず者と戦っているせいかなかなかの手練れで、ドラゴニュートは劣勢であったが、固い鱗と旺盛な生命力があるため、血を流しながらも戦っていた。近づいて攻撃を入れてもダメージがあまり入らず、反撃を受ける可能性があるため兵士たちは数で勝っていても緊張を強いられていた。

 彼は言葉は通じなかったが、ずっと私の相棒として頑張ってくれていたので心は痛む。が、今出来るのはさっさと少女を助けてこの場を離れることだ。


「大丈夫?」


 私が声をかけると少女はすがるような目でこちらを見る。


「もしかしてあなたが?」

「うん、早く」


 私は彼女の細い手を掴んで助け起こす。強気な少女だったが、間近で見ると思ったよりも華奢で、兵士たちに張り合うほどの気力がどこに宿っているのか分からないほどだった。

 が、今は助けが来たという安堵からか、勝気な瞳を潤ませている。


 幸い周辺の野次馬たちも兵士の横暴には快く思っていないようで、私が少女の手を引いてその場を離れても何も言わなかった。


 私はとりあえず大通りを離れて適当な路地に入る。一歩路地に入ってしまえば大通りの喧噪は聞こえてこなくなり、違って裏路地の陰鬱な気配が漂っている。


「ありがとう」


 そこでようやく少女が口を開く。


「うん、でもどこか安全なところある? あの子ももう長くはもたないと思う」


 正直ドラゴニュートが死ぬ前に消してあげたかったが、早めに消してしまえば追いかけてきた兵士に見つかってしまう可能性がある。それにガーディアンは一応死んだとしても霊体に戻るだけで、ある程度の期間私の魔力を吸収することで元に戻るらしい。

 ガーディアンを死ぬまで戦わせたことはないし、仮に生き返るとしても殺すのは忍びなかったが、私の安全には替えられなかった。


「じゃあ私の隠れ家に案内する。こっち」


 今度は少女が私を先導して走り出す。

 その後私たちは複雑な路地を走った。道を覚えようと思ったが、路地はそもそも道がまっすぐじゃないし、何回も曲がるし、おそらく少女も追手を警戒しているのだろう、同じところを二回通ることもあったため、結局私の記憶力と方向感覚はパンクした。


 そして走ること数十分、少女はとある廃屋の前に到着した。壁や屋根は崩れかけで、まさかここに人が住んでいるとは思えないという点では隠れ家に最適だろう。


「ここ」


 少女は崩れかけた壁の木材を押しのけるようにして中に入る。他に入口らしきものはなかったので私もそれに続く。

 本当にいざというときの隠れ家のようで、しばらく使っていなかったのか、中にも色んなものが乱雑に置かれ、本や書きかけの紙が散らばっている。ただ、本は物にもよるがそこそこ貴重なものであり、それが無造作に置いてあるということは彼女がひとかどの人物であることをうかがわせる。身なりも悪くないし、もしかしたら彼女も訳有の存在なのだろうか。

 家(?)の中に入った彼女は壁の木材を動かして穴を塞ぐと、ようやくほっと息をついた。


「ここまで来られればさすがに大丈夫だと思う」

「何と言うか……恐ろしいところだね」


 私は何から話していいか分からなかった。


「ごめん、そう言えばまだ名乗ってなかったね。私はイリア、十八歳。一応学者よ」


 年上だったのか。体つきから年下だと思っていた。

 しかし学者と言われた方はしっくり来た。学者がこの街に何でいるのかは分からないが、彼女も私と同じように街の雰囲気から少し浮いた存在であるようには思えていた。


「私はアリシア。訳あって今日この街に来た」


 さすがに初対面の相手に素性を明かすことは出来ない。

 私の言葉にイリアは同情の色を浮かべる。


「それじゃあここは大変かも。でも、こんなことは日常茶飯事だよ。とはいえ今日私が襲われたのは普段の嫌がらせとは違うけど」

「どういうこと?」


 言っている意味がすぐには分からなかった。


「元々この街では軍が力を持っているから、それをいいことに時々適当な理由をつけてその辺のお金を持っていそうな人を捕まえてはお金を差し出させている」

「嘘……」


 さすがの私もそれには絶句した。そんな野盗のようなことを正規軍の兵士がしているとは。もちろん今日の件も酷いけど。


「ただ、それは言うなれば金持ちに対する追加徴税みたいなものだし、ちゃんと金を払えばそこまでひどい目にも遭わされないから皆黙認してるところはある」


 イリアがそれを当然のように語るので私は困惑した。辺境ではこれが当たり前なのだろうか。当然ながら王都ではそのようなことはない。いや、それとも私が知らなかっただけで実はそのようなことが裏では行われていたのだろうか。そう思うと急に怖くなってくる。


「ひどいと思う? でも今回私が襲われたのはそれとは別の理由だと思う。この街は魔物領との境にある。だからセレスティア神に祈りを捧げて加護を得ようという一派と、街に流れて来た魔物ではない亜人種や、彼らと親しい者たちのようにセレスティア神に反発する者の二派が共存している。さて問題です。兵士たちはどちら側でしょう?」


 話しているうちに彼女は元気を取り戻してきたようだった。

 先ほどの光景を見れば答えは知れている。


「神を信仰する派」

「そう。逆に兵士以外、例えば冒険者や魔物狩人といった人たちはどちらかというと信仰しない派が多い。もっとも、彼らの中には思想云々よりも単に兵士が気に食わないからという人も多いけど」

「なるほど」


 私も一応政治や歴史に関する勉強はしたことがあるのでその辺の事情を聞くと、何となく状況は分かった。単なる信仰云々の問題だけではなく、体制と反体制のような対立が結びつき、さらに領主が不在であるためそれを抑える者もいないのだろう。


「それでイリアは反体制派って訳だ」


 私が言うと、彼女は困った顔をする。


「私は別にそういうつもりはないんだけど……じゃあここからは私の話をしようか」


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