出陣
「フォルトの偵察に向かっていた者が戻ったとのことです」
テスカリル教徒ミラとの会談が終わった後、フォルトの街を探らせていた者たちが戻っていた。フォルトの街はいち早く反乱を起こしていたものの、辺境伯軍がいち早く到着して制圧していた街だ。
ここハルウェイの街も当座の政治体制が整い、ゲオルグもある程度軍勢をまとめ上げていた。もちろんどちらも理想とは程遠い状態であったが、辺境伯軍が進軍してくる前にこちらから進まなければならない。そのため私は早くも挙兵を考えていたところだった。
「分かった。通して」
そこへ商人に身をやつした男が入ってくる。
「申し上げます、フォルトの街ですが辺境伯軍の先鋒三千により反乱分子はほぼ鎮圧されました。苛烈な反乱狩りに人心は離れていますが、辺境伯軍は規律が厳しく、略奪などを行った者を容赦なく処分しているため表立った不満はないようです」
「辺境伯軍が。それは意外だな」
こんな酷い統治状況だったのに軍勢だけはしっかりしているのか、と思ったがよく考えると統治状況が酷いのはいずれも下級貴族の領地であり、辺境伯の直轄領ではない。
「辺境伯軍の将は?」
たまたま同じ部屋にいたイリアが尋ねる。彼女の師は辺境伯に仕えていたので、私よりは内情に詳しいだろう。
「コルリッタという女武将のようです」
「嘘……」
それを聞いたイリアは絶句する。確か、イリアの師が辺境伯の家宰に推挙した人物だったはずだ。ということは、ひとかどの人物なのだろう。
「会ったことはないけど、先生が武勇に優れ、人格も高潔で忠誠心も高いって絶賛していた」
イリアが無念そうに言う。イリアとしては、本来なら共に手を携えて辺境領を良くしたかった相手なのだろう。
私としても、どうせ戦うなら地位や金に汚い相手の方がやりやすいし、高潔な人を倒したくはない。
「また、辺境伯軍が出した触れによると、ハルウェイの領主であった男爵は地位を剥奪して平民に落とされたとのことです」
「何だって」
そこまで聞いて私は対応を誤ったか、と思ってしまった。この周辺を見て辺境伯には自浄作用などないかと思っていたが、そうでもなかったらしい。ただ、貴族の地位を剥奪することは辺境伯にも出来ないだろうから、おそらく国からの指示だろう。これなら辺境伯に協力した方が良かっただろうかと思ってしまう。
いや、そんなことはない。反乱が起きた後にこの対処が行われた以上、少なくとも反乱がなければこうはならなかった、と思い直す。
「コルリッタ殿が出世せずに現場の武将として残っていたのが、辺境伯にとっていい方向に出たか……」
イリアは悔しそうに言った。
「とはいえ、相手が強敵ならなおさら早めに兵を挙げないといけないか」
そして、実際に兵を挙げることになったのはそれから三日後のことである。その間、ありったけのお金で食糧を買い込み、役人の中でも比較的まともな人物を見つけて留守を頼むなど大わらわで準備を整えた。
また、ドリュテルの街に潜入した女盗賊オリガからも、反乱の準備は整ったという報告があった。私たちの挙兵とタイミングが合いそうで良かった。
出陣の日役場前にゲオルグがまとめ上げた軍勢五百人が集合した。とはいえ、出陣を決めてからも各地からちらほら参加希望者が集まっているので指揮系統はざっくりしたものとなっているが。
五百の兵士はかつて私たちが牢を襲撃したときに戦った辺りをびっしりと埋め尽くすように並んでいる。しかも整列というにはほど遠く、近くの者と話しているだけならいい方で、黙々と武器を磨いたり、何かを食べながらという者の姿も散見される。敵軍が三千で、しかも正規軍であることを考えるとかなり頼りない数であった。
彼らの前にまずはゲオルグが進み出る。そして即席の壇に上がる。
「皆の者! 本日はよくぞ集まってくれた! いよいよこれまで我らを虐げてきた王国に対してこちらから兵を挙げることが出来る日が訪れた! もはや誰も我らを抑圧することは出来ない! わが物顔に振る舞う王国兵たちに思い知らせてやるのだ!」
「おおおおおおおおおおお!」
それでもゲオルグが拳を突きあげると、集まった者たちは大声でそれに応じる。問題は私の方であった。この街を奪う前にも演説したが、その時いなかった者も半数ほどいる。
そのため、私が壇上に上がると微妙な空気が広がっていく。中には私が誰だか分からずに首をかしげている者まで見える。
「私はここハルウェイの領主にして反乱軍の大将でもある、アリシア・クロノア―ルだ!」
私が声を張り上げると、一部の者たちは「あのクロノア―ル家か?」とひそひそ言葉をかわすが、クロノア―ル家を知らない者すらいた。
「クロノア―ル家は王国内に並ぶことない権力を持つ家だったが、私は辺境の現状を見かねて家を出た。これから皆とともにこの地を住みよいものに変えていこうと思う」
拍手する者、首をかしげる者、話を聞いていない者。反応は様々である。
「だけどその前に一つだけ言っておく! 私たちはあくまで圧政を敷く辺境伯を倒すために立ち上がったのであり、成り代わるために立ち上がったのではない! そのため、彼らのような悪逆非道な真似だけは絶対にしないように!」
とりあえず今言うのはそれだけにしておく。結局のところ、傭兵たちを納得させるには武力を見せるしかない。現在のところ私は直轄の兵力を有していないが、ハヌマーンにてテスカリル教徒を直属にしようと考えていた。
理由はいくつかあるが、彼らは傭兵たちよりも私の言うことを聞いてくれそうだったのと、セレスティア教徒と同じ部隊に編入するとトラブルを起こしそうだったからである。
こうして私たちはフォルトの街に向かって街道を進んだ。私たちが挙兵したという報は瞬時に伝わり、行軍中も各地から参加を申し出る者が後を絶たなかったし、こちらからも積極的に人を各地に派遣して宣伝させた。
そして二日後の夕方、ハヌマーンに到着した私たちの元にテスカリル教徒が現れる。私は軍勢を出て、イリアとともに彼らの元へ出向いた。
「このたびは我らのような異教徒を味方にしていただき、ありがとうございます。テスカリル教司祭のウズベクと申します」
ミラとともに進み出たのは、彼女よりも身分が高そうな黒ローブの男だった。身分、というのは高価そうなネックレスや腕飾りをつけているためである。もしかしたら魔力を強化するアイテムかもしれない。
「こちらこそ、ご助力感謝する。それに味方は一人でも多い方がいいから」
「とりあえず、村の者には一夜の宿を提供するようには申し付けてあります」
「ありがとう。ところで私からもお願いがあるんだけど、あなた方に私の直轄兵になって欲しい」
「な、何と……」
思いもしない申し出にウズベクと名乗った司祭は驚きを露わにした。
ミラもあまり表情は動かないが、驚きを見せている。
「私はイリア、アリシア様の文官のような者よ。私たちは直属の兵というものがいないからよろしくお願いしたい」
様? と思ったが、第三者の前だから私の立場に気を使ってくれたのだろう。
「なるほど……もし私たちを信じてくれるのであれば嬉しいです、協力いたします」
やはり彼らは異教徒として肩身が狭い思いをしてきたのだろう。