追放
「……ただいま戻りました」
その後事情聴取や状況説明を終えた私は、どんよりした気持ちで家に帰った。兵士にも少女にも感謝されたし、それは素直に嬉しかったのだけど問題はここからだ。
すでに話は伝わっているのだろう、私が帰宅すると使用人たちは皆微妙な顔をして目を伏せた。それを見て私は、もしかしたら大丈夫なのではないかという一縷の希望を打ち砕かれる。
「帰ったか」
そんな私の前に、失望したという表情の父が現れる。普段は大貴族らしく、常に威風堂々と余裕を漂わせている父も今は私を見て険しい表情をしている。
「来なさい」
「……はい」
私は父の部屋に呼び出されると、向かい合って座る。これまでたびたび怒られたことはあったけど、私が年を重ねるにつれてどんどん空気が重くなってきている。
「またそんな格好をして街を出歩いていたようだが……もはやそれはいい。人前でまたあの魔法を使ったらしいな」
「必要に迫られまして」
私は言葉少なに答える。
セレスティア神は人間を創造した神とされる。俗に“魔物”とされる人間以外の生き物はそれぞれ他の種族の神が作った生き物であり、セレスティア神を崇拝するこの国では“祝福されない存在”として地位が低いとされている。まあ、魔物の多くは狂暴で人間に害を為す存在だからという事情もあるのだが。
そんな王国の中でも当代の聖女を輩出しているクロノア―ル家はとりわけ信仰心に篤く、私が最初にドラゴニュートを召喚したときはこっぴどく怒られた。
ちなみに模範的なセレスティア教徒を演じている妹のセシリアはちゃんと“セレスチュアル”と呼ばれる神の使いを召喚することが出来る。
「お前のガーディアンがドラゴニュートなのは信仰心が足りないからだ。なぜお前は我ら人間を創造されたセレスティア神を信仰しないのだ。これでは我が家に不信心者がいると触れ回っているようなものだというのが分からぬのか」
この説教ももはや聞き飽きたものである。
父の言うことは理屈としては分からなくはないが、信仰を強制される私としては受け入れられない話であった。大体、父のように信仰心が高いことを利用して政治力を増そうとする行為も、それが受け入れられる王国の在り方にも私は納得いかなかった。
「信仰というものは他人に強制されるものではないはずです」
「そうだ。だからお前が自発的に信仰心を得るのを待っているが、もはや十六。年々ひどくなるばかりではないか」
「それが強制じゃないですか」
父の言い分は滅茶苦茶であったが、一方で私も意地になっているところがあった。
仮に本心で信仰していなかったとしても、妹のように形ばかりの入信をすることは出来る。セシリアもきっと本心では神を便利な利用対象としか思っていないのにセレスチュアルを召喚することが出来るのだから、私も恐らくそれで解決する。
「いや、強制というのはもっとそうしないとどうにもならないという状況にすることだ。そうだな」
そう言って父は少し考える。
「お前がセレスティアに入信しなければこの家を追放する。これが本当の強制だ」
「何ですって」
さすがに父の言葉に驚いたが、一方で遅かれ早かれこうなるのではないかと思う自分もいた。家を追放されればもう安楽な暮らしは出来なくなるし、豪華な屋敷も大勢の使用人もいなくなる。
とはいえ元々それは父のものであって私のものではないし、私はそれをありがたいというよりは息苦しく感じていた。
それに生まれてこの方十六年、ずっと折り合いがつかなかったのにこの先どちらかが折れるとも思えない。
「と言う訳だ。これ以上待っていては悪評が広まるばかりだ、もう待てぬ。さっさと入信せよ」
「……嫌です」
「は?」
私の言葉に父は耳を疑った、というようにこちらを見る。
どうも父は家から追い出すことをちらつかせれば私は脅迫を呑むと思っていたらしい。この際なのではっきり言ってやるか。
「正直私はセレスティア信仰のあり方は好きじゃありません。いくら“祝福されない存在”だからといって、平気で他種族を貶めるのは間違っています。それに信仰心が高い者ばかりが政治的に重用される今の王国の仕組みも間違っています。信仰心の高低よりも有能な人物を重職につけるべきではないですか」
気が付くと、私は常々思っていたことを吐き出していた。これまでは父に怒られた時も追放とまでは言われなかったため、私もそこまでは言わなかった。だが今回はどうせ追い出される以上もはや遠慮はなかった。
私の言葉に父は顔を真っ赤にした。そしてテーブルをバン、と叩いて立ち上がる。何を隠そう、信仰心が高いから重用されている者の筆頭が父だからである。
そして悲しいことに父は信仰心をアピールすることと政敵を蹴落とすこと以外に取り立てて能力はなさそうだった。
「馬鹿者! お前など我が家の恥さらしだ! もういい、今すぐ家を出ていけ!」
父は今までに聞いたこともないような大声で怒鳴る。
私が暗に無能と言ったのが気に障ったのか。
「いいですよ、こんな家こちらこそ願い下げです!」
私も売り言葉に買い言葉で立ち上がる。少々衝動的に決め過ぎたかもと思ったが、多分間を置いて考えても似たような結論になるだろう。
すると、私の後ろでバン、と勢いよくドアが開いた。
「そんな、追放だなんてひどすぎます、考え直してください! 姉上は取り乱しているだけです!」
そう言って入って来たのは一つ下の妹、セシリアである。きれいに輝く銀髪とクロノア家に代々伝わるきれいな碧眼という容姿こそ私とそっくりだったが性格は全然違った。計算高く、世渡り上手で演技もうまい。今も私のことなんて屁とも思っていない癖に家族のことを心配する健気な妹面をしている。
父も目に入れても痛くないほど可愛がっている彼女の登場に少しだけ怒りのボルテージを下げる。
「セシリア、悪いがこいつは我が家にふさわしくない存在だ。お前の一割でもこいつに素直さがあれば良かったのだがな」
そう言って父はため息をつく。それを見てセシリアは今度は私の方を見る。
「姉上も謝りましょう、今ならまだ間に合います。姉上がいなくなったら寂しいです」
「悪いけどこっちももう限界だから」
そう言って私は部屋を出て行こうとする。ドアの前で呆然としている(振りをしている)セシリアとすれ違ったときだった。
「愚かな姉上」
セシリアは私にだけ聞こえるようにつぶやいた。その言葉からは私に対する憐れみのようなものが感じられた。
「こっちは私がうまくやっておくので、せいぜい追放先で楽しく暮らしてください」
彼女からすると要領よくやっていけない私は信じられない存在なのだろう。
特に答える義理もないので無視して私は部屋を出た。
その後驚いた兄や母がかわるがわる私の説得に現れたが、すでに私の気持ちは固かった。こいつらは一生性悪な妹を聖人と勘違いしたままいればいいのだ。私は最低限の持ち物をまとめると、父が作った絶縁状に署名すると家を出た。
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