初めての内政と外交
既存部分ちょくちょく改稿しておりますが、大筋にはあまり関係ありません
ハルウェイの街を占拠した私はこれが覇道の第一歩のような高揚した気持ちでいたが、すぐに現実を突き付けられた。街を占領してしまった以上は内政をしないといけないが、私とイリア以外に内政が出来る人はいない。何なら私とイリアも知識はある程度あるけど経験は全くない。
元々街にいた役人たちは襲撃時の戦闘で逃亡してしまっていた。まずは彼らを呼び戻さなければならない。
続いて増えすぎてしまった軍勢の維持である。私が街を占拠したと聞くと、周辺で王国に不満を持っていた者や食い扶持が欲しい者、さらには敗走した兵士が王国の鎧を捨てて一般人の振りをして駆けつけたため、瞬く間に人数は五百人を超えた。
元々この街の税収では三百人の兵士でも養いきれなかったのに五百人も維持できるはずがない。しかしこれから辺境伯と戦おうという時に軍勢を解散することも出来ず、仕方なく私は街の倉庫を開いたのだが、いいところ持って二週間ほどだった。
そんな訳で私が領主に就任した後最初にしたことは逃げ出した役人たちを呼び戻し、町の人々に寄付を募るということであった。
ちなみに戻って来た役人の中には偽物が混ざっていたので彼らの選別もしなければならなかった。
「ところでアリシアは何を名乗るの?」
そんな忙しい内政作業の間を縫ってイリアが尋ねる。
ちなみに先に挙げた作業は私とイリアのほぼ二人で取り仕切っているため、彼女も私と同じようにやつれていた。ちなみに五百人の兵士をどういう風な指揮系統にするのか、などの問題は全てゲオルグに丸投げした。私も大変だが一傭兵団長から急に十倍以上の兵士を統率させられると聞いたゲオルグも絶句していた。
「ああ、それね」
要は兵を挙げたはいいが、新しい国を作るのか、一応王国の下に入るのか、それとも一反乱軍として何も宣言せずに行動していくのかということである。
何も考えていなかったが、いきなり私が王に即位するのは唐突過ぎるし、かといって何も宣言しなければただの反乱軍としてしか見られない。
「クロノア―ル家の令嬢として辺境の荒廃が見て居られずにこの地の統治を代行すべく兵を挙げたということにする。一応体裁的には王国や辺境伯の承認を求める形にする」
この辺りには他にも現状を快く思っていない者はいるはずだ。私がいきなり新王国の樹立を叫べば、そういう者たちは私を野心ありと見るかもしれない。そのため一応セレスティア王国のために行動しているという体裁をとる必要があった。
「と言う訳で周辺都市と辺境伯、王国に対する書状の文案をお願い」
「え」
イリアの表情が固まる。
「だって私かイリアしか出来る人いないでしょう?」
「でも、私は今している仕事の他に新しく法律を作る作業があるんだけど」
ちなみにこれまでも一応法律のようなものはあったが、細かいところが明文化されていないことが多く(例えば量刑など)、現場の裁量に委ねられている部分が多かった。それゆえに賄賂を要求する余地があったとも言える。そのため法律の整備も必須事項ではあった。
「ごめん、それは後でいいや」
私の言葉にイリアは呆然とする。今は何でも押し付けているが、元々イリアはそちらの専門であるため、優先したかったのだろう。
「でも、細かい法律作っても逮捕とか裁判を行う体制が確立できないと意味がないから。とりあえず、おおざっぱにやってはいけないことだけまとめて公表して欲しい」
「わ、分かった……」
イリアはうなだれる。普通仕事が減ったんだから喜ぶところのような気もするけど。
その後私は街の住人から上って来た陳情に対応し、それをいちいち自分で対応していたらキリがないため戻って来た役人たちに暫定で役職を割り振る。ただ、この街のこれまでの様子を見る限り彼らも無条件で信用出来る人々ではない気もするけど。
「出来た。とりあえず本文はこれでいけると思うから、署名とかはお願い」
「分かった」
私はイリアからもらった文面を読む。そして相手によって微妙に敬語表現などを変えた書状を作成する。
ちなみに冒頭の辺境視察云々は真っ赤な嘘であるが、絶縁されていることを公表してしまうとクロノア―ル家の名前を使うことが出来なくなるので、最初だけでもそこは誤魔化すことにした。
『(宛名)
このたび、私アリシア・クロノア―ルは辺境視察に赴いたところあまりの惨状に黙っていることが出来ず兵を挙げます。私が確認したハルウェイでの惨状については別紙に添付したのでそちらをご覧ください。
私はこれらの問題を解決するために挙兵したものの、(差出相手)と敵対するつもりは毛頭ありません。しかしこの地をこのまま他の方が統治することになれば以前の状態に戻ることが予想されるため、一時的に私が統治します。
また、周辺で同じように治安が乱れている地があればそちらについても統治の安定にうかがいます。
アリシア・クロノア―ル』
そして王国には改めて叙勲を願う書状を、辺境伯には兵を退くよう求める書状を、近隣領主には協力するよう求める書状を同封した。
数日後、ようやく当座の資金と人員を確保し終えたというところで周辺に出していた書状の返答と一つの知らせが戻って来た。
それによると辺境伯軍三千がエルン川を渡り、フォルトの街の叛乱を鎮圧したという。もっともフォルトの街も相当状況が悪いため、少なくとも全軍がすぐにこちらへ向かって出発することはないということだった。
その知らせのせいだろう、ある程度あてにしていたエルン川東岸のドリュテル・ユミルベクの領主からも協力出来ないという旨の書状が来た。辺境伯からは返書すら来ない。
本当は領主が協力してくれる方が治安や統制の面でいいけど、残念ながらドリュテル領主からはあまりいい噂を聞かない。逡巡している時間もないため次の手を打つべくエルフの盗賊、オリガを呼ぶ。
「せっかく解放されたんだけど、正直やることなくて暇してたんだよね」
盗賊というのはピンポイントで命令がなければ普段特にすることはないのだろう、オリガは暇そうだった。
「オリガはドリュテルに行ったことはある?」
「もちろんあるし、この辺は大体ある」
「評判はどう?」
「周辺の治安を維持するのが大変とはいえ税が高いっていう不満は大きいらしいわ。私も一度民衆を救うために米蔵を開放したことがあるし」
開放といえば聞こえはいいが、襲撃したのだろう。
「そう。じゃあドリュテルに入って反乱を起こすことは出来る?」
私の言葉にオリガは真剣な表情に変わる。
「なるほど。もちろん難しいけど、出来ないことはないと思う。自分で言うことでもないけど、知名度はあるし、それにここの反乱が伝われば向こうの人たちも元気は出ると思う」
「分かった。じゃあお願い」
そう言って私は金貨が入った袋を差し出す。これは賭けであるが、彼女の義賊であるところを信じるしかない。それを見てオリガは小さく驚く。
「へえ、こんな大金を預けるなんて」
「どの道戦いに負ければ終わりだから」
「分かった。そこまで言われたら私のプライドに賭けて、絶対に成功させてみせる」
オリガは真剣な表情に頷いた。後は彼女に賭けるしかない。