初勝利
私たちの軍勢百人ほどが街に殺到すると、たちまち警戒していた兵士たちが集まって応戦する。すでに日も暮れていることもあり、暗がりの中での乱戦となった。幸い敵兵はきちんとした鎧を身に付けているため、お互い敵味方の区別はついた。
こちら側は寄せ集めで統制がとれていない軍勢で、向こうも突然の奇襲を受けて慌てふためいて駆けつけたため、お互いに決め手を欠いて混戦となる。
ある者は槍で突かれて負傷し、ある者は剣で斬られて倒れ、ある者は火の魔法で相手に傷を負わせる。そんな戦いがそこかしこで繰り広げられていた。
が、その中でもひときわ目立つ二人がいた。ゲオルグとオリガである。
基本的にある程度似た体格の者が鎧を着て戦っていれば容易に決着は着かないものであるが、二人は違った。ゲオルグが実の丈ほどもある大剣を振り回すと、迎え撃った兵士の槍が弾き飛ばされ、さらに剣の一撃を受けた兵士はそのまま勢いで吹き飛ばされる。
そしてそれを見た周りの兵士たちはゲオルグから距離をとり、ゲオルグの周りだけが真空状態のようになった。それでもゲオルグは新たな敵を求めて進んでいく。
一方のオリガは音もなく相手の後ろをとると、突然後ろから短剣で首を斬った。突然倒れる兵士を見て、仲間たちは悲鳴を上げて逃げ去る。
とはいえ、向こうにも相応の手練れはおり、二人の活躍を見るなり動きを封じにかかる。さすがの二人も全身鎧の騎士が相手となると容易に手を出せない。お互いの強者同士がぶつかり合い、戦況が拮抗し始める。
そんな中、勝負を分けたのは街の中から十人ほどの集団が駆けつけて、兵士の後ろから襲い掛かったことである。
「我らベネディクト傭兵団、これまでの領主の無道、許す訳には行かぬ!」
「お前たち、反逆者に与するというのか!?」
兵士たちは悲鳴を上げたが、突然背後から襲われてはたまらない。元々兵士たちも治安が悪い辺境の地で薄給でこき使われていたこともあり、忠誠心はさして高い訳ではなかった。それにこのような乱が起こった以上、ここでやめても仕事はいくらでもあるだろう。彼らは前後に敵を受けて敵わぬと見るや否や、一斉に逃亡する。
「我らもゲオルグ殿の志に感銘を受けて加勢に参りましたぞ」
目つきの悪い男たちが恩着せがましく言う。とはいえ今はどんな動機で参加した者も仲間は仲間である。
「加勢感謝する」
とりあえずこちらは一段落したので私は次の命令を下す。
「よし、これより政庁に突入し代官を討つ! くれぐれも一般の人には手を出さないように!」
「おおおおおおお!」
勝利の勢いに乗った軍勢は街の中心部に突入する。さらに途中でもベネディクト傭兵団のような者たちが集まって来たのか、軍勢は気が付くと倍以上に膨れ上がっていた。街中の兵士たちはすでに逃げ去り、残った兵士たちは宿舎や政庁に立てこもっていた。
牢を襲った時とは違い門は固く閉ざされ、近づくと矢が飛んでくる。とはいえ一度似たようなことをしているのはこちらも同じである。
「周辺民家の屋根に登って中を攻撃せよ!」
指揮系統というほどのものもなかったが、私の声の届くところにいた兵士たちは民家の屋根に登って矢を構える。それを見て他の兵士たちもそれに倣う。中には「何でお前が指示してるんだ」という目で見てくる者もいたが。
民家の屋根は中央区画を囲む塀よりも高く、塀の上から中に矢が降り注ぐ。中にいた兵士たちはたまらず建物の中に逃げ込んだ。それを見て地上にいた兵士たちは門に殺到する。
ぼろぼろになっていた門はすぐに打ち破られ、こちらの軍勢が中になだれ込むと、裏門から数人の兵士に守られた役人風の服をまとった男が脱出していくのが見える。
「どうする、追うか?」
ゲオルグがそれを指さして尋ねる。
代官を討てと言いはしたものの、今は街を制圧することの方が優先だ。
「いや、それよりは敵の無力化と街の制圧を優先して」
「分かった」
やがて敵兵が立てこもる宿舎に火の手が上がった。うかつに近づくと建物の中から狙われるため、火攻めにしたらしい。建物に火がついたのを見た敵兵はしばらく動きを見せなかったが、やがて意を決して裏門に向けて出撃していった。
それを見た一部の兵たちは彼らに恨みでもあるのか、猛然と追撃して切り結ぶ。それを見て他に残っていた敵兵も次々と建物から出て外を目指す。
「逃げる者は無理に追わなくていい!」
私は叫ぶものの、興奮で血がたぎったのか、これまでの恨みなのか、彼らは止まることなく逃げる敵兵を追いかけていく。
とりあえずこの戦いに勝ったら指揮系統というものを作るところから始めなければならないな、と思う。
とはいえ、早朝までには大体の戦闘は終了し、敵兵を倒した者たちは政庁前の広場のようなところに集まってくる。そこには傭兵や冒険者だけでなく、不満があった街の人や野次馬も集まっている。
何はともあれこの連中に私がこの軍勢の大将であるということを印象付けるところから始めないといけない。私は政庁の二階に登るとテラスのようなところから叫ぶ。
「改めて自己紹介する! 私の名はアリシア・クロノアール! 元クロノアール公爵家の長女である!」
それを聞いて場は騒然とする。決起前に私が演説した人数よりも、新たに集まった人々の方が多いため、そこかしこで「嘘だろ?」「でも本当らしい」などのやりとりが交わされている。私は出撃前に話したことをもう一度述べていく。そして、
「このたび私たちはここハルウェイの街を占拠した! しかしこの決起はただの反乱ではなく、王国を変えるためのものである! そのためくれぐれもこれまでの兵士と同じような暴行や略奪はしないで欲しい! もしそのようなことがあれば容赦なく厳罰に処す!」
と私が一番気になっていたことを述べた。このまま集めた軍団が暴徒と化しては何の意味もない。
初対面の相手に上から目線で言うのもどうかと思ったが、何よりもまず私のことを主だと認識してもらわなければならない。
私の演説に対する拍手はまばらだった。前回牢から助けた者たちやゲオルグの仲間たち、さらに街人たちは歓迎してくれたようだが、逆に王国への恨みや単に勝ち馬に乗りたいという動機で参加した者たちはあからさまに不満そうであった。これは前途多難だな、と思うのだった。
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