決起
翌朝早くに、私はイリアと一緒にレオブルグを飛び出した。こういう時、私もイリアも馬に乗れないのがもどかしかった。一刻も早く戻りたい。
すでに早馬を雇ってゲオルグには手紙を送ってはいるが、そもそもゲオルグに無事に届く確証もない。
さらに旅の途中、フォルトという街ではすでに集まった人々が勝手に蜂起したという噂も聞いてしまった。逆に男爵領はゲオルグが押さえてくれているのか、大きな噂は聞かなかった。
来るときは一週間ほどかけてしまったが、急いだのと人数も二人しかいなかったこともあって五日目の夕方には街の近くまでたどり着いていた。
しかし遠目から見るだけで異様な光景が広がっていた。街から十分な距離は離れているものの、明らかによからぬことを企んで集まった者たちがたむろしている。
そして街の方を見ると時々兵士が巡回しているのが見える。以前は街の外にはこんなに兵士はいなかった気がする。
それでも街の外に集まっているならず者に絡んでこないのはまだ何もしていないからなのか、手が回らないからなのか。
「おお、お二人ともよくぞ戻って来た。いやはや、大変なことになっているわい」
そんな私たちを見て、一団の中から現れたゲオルグが手を振りながら歩いて来る。私とイリアも彼の姿を見てほっと胸を撫で下ろす。
「良かった……でもこんなことになってすみません」
元々私が辺境伯を説得するという話だったので私は申し訳なくなり、ゲオルグに謝る。が、ゲオルグはいかめしい顔に笑みを浮かべて答える。
「いや、わしもまさかこのような事態になるとは思っていなかった。それにわしらもいい加減うんざりしていることが色々あったからな」
「そうよ、それに私のことも助けてくれたじゃない」
どこからともなくオリガも姿を現す。こうして助け出した人にお礼を言われるとやはり私の行動には意味があったのだと思えてくる。
「そう、彼女もこうして助け出せた訳だ。だからむしろあの手紙を見た時は胸が小躍りしたわい。いいのか悪いのかは分からないが、部下にも血の気が多い者も大勢いるからな。もちろんそうでない者もいるが、そういう者には暇をやった」
そう言ってゲオルグは集まっている集団を指さす。確かに彼らは街の外の何もないところで集まっているだけなのに陽気にしゃべったり武器の手入れをしたりしている。
とはいえ、逆にそういう人たちばかりが集まっているのが不安の種である。
「逆に二人が戻ってくるのを待つ間皆を静めるのに苦労したくらいだ」
「それは本当にありがとう」
「街の情勢は?」
今度はイリアが尋ねる。
「うむ、あの時の戦いで兵士側にも結構な被害が出てな。しかも逃げ出した者たちや火事場泥棒を働いた者たちの鎮圧に手を取られ、さらに街の要所の警戒を厳しくしたら街の外にいる我らの鎮圧にまで手が回っていない状況だ」
現在、私たちが来る途中に聞いた情報やゲオルグたちが集めた状況を整理すると情勢は以下のようになる。
・情勢が不安なのはエルン川(この街とレオブルグのほぼ真ん中を流れる川)以東のみ
・大きな街はここホールトン男爵領を除くと、川沿いのフォルト、そしてその中間ぐらいにあるドリュテル・ユミルベクの三つ。他にも小さな村はいくつもある。
・フォルトでは先走った反乱が起こり、辺境伯の討伐軍(おそらく三千ほど)が向かっている。
・ドリュテルでも不穏な動きがあるが、今は何も起こっていない。
・ユミルベクの領主は他の街に比べてまともに治めているため、今のところ治安はいい。
以上のようだった。エルン川は川幅が広く、橋がかかっているところ以外は渡河は困難である。そのためこちら岸にいる軍勢を全て無力化して橋を落とせばひとまず防衛戦を敷くことは出来る。
とはいえ、今からこの地で兵を挙げて軍を整えて西へ進軍すれば現在出立している辺境伯軍の渡河には間に合わないだろう。何にせよ、最低限そこでの決戦に勝つ必要がある。
「今私たちの味方はどれくらい?」
「とりあえずここに五十人ほど。他に潜伏している奴らを集めたら百は行くだろうな。ただ、俺たちが街を占領すればそれに応じて立ち上がりそうな者は大勢いる」
何事も勢いが大事という訳か。実際、過去に起こった反乱は大体始まりは小規模なものだった。
「分かった。じゃあすぐに集められる人たちだけ集めよう」
「ああ」
ゲオルグはきびきびと他の者に指示を出し、どこかへ向かわせる。
不意にイリアが私を尊敬の眼差しで見つめる。
「どうしたの?」
「いや、アリシアってこんな事態初めてなのに指示出すの早いなって」
イリアに言われるまで気にしていなかったけど、言われてみれば確かにそうかもしれない。
「貴族なんて他人に指示するのが仕事みたいなところがあるからね。それにこういうことに関してなら妹の方が有能だと思うけど」
「さすが公爵家。帝王学みたいなものが備わってるのね」
イリアは感心するが、残念ながら一番そういう資質を持っているべき兄にはあまり備わっていない。父は、権力闘争に関しては異様に頭がキレるけど他は微妙。せめてセシリアにもう少しやる気があれば、と思う。
「ただ、イリアの出番は私たちがちゃんと街を占領してから訪れると思うから心の準備しておいてね」
「分かった」
今はとりあえず何でもいいから人数を集めて勝つことが重要になるけど、反乱軍から独立勢力にランクアップしたらそれをまとめることを考えないといけない。
やがて夜も更けるころ、方々に散っていた傭兵やヤクザ、冒険者などのカタギではなさそうな者たちが続々と集まってきた。残念ながらこの中に独立した後の政治を手伝ってくれそうな人はいなさそうだ。
「これで大体全員だ」
「分かった。じゃあちょっと話すよ」
私はこの一団がたまり場にしていた廃屋の屋根によじのぼる。高みに立つと、集まった人々がよく見える。反乱を起こすというだけあって社会からはみ出している者やセレスティア神に見放されているとされる他種族も多い。
私はこの人たちに支持されて、しかもまとめ上げなければならない。私に出来るだろうか、と思ったがこれはまだ始まりの第一歩に過ぎない。
集まった者たちは私の姿を見ると口々に「ただの少女だ」とか「あいつが貴族の娘か」とか「頼りねえ」というようなことを言っている。
私は大きく息を吸って叫ぶ。
「皆の者、聞いて欲しい!」
大声を上げたつもりでも声はあっという間に周囲に拡散して消えていく。私はさらにお腹に力を入れて続ける。
「私の本名はアリシア・クロノアール! 元クロノアール家の長女だったが、王国の腐敗を見かねて家を出た! だから、この国を変えたいという気持ちは皆に勝るとも劣らない! 私のような者が上に立つことを不安に思う者もいるかもしれない! ただ、考えてみて欲しい! 皆だけなら反乱を起こした後にやってくる辺境伯軍に勝つことは出来るだろうか? 今の暮らしをもっと良くすることが出来るだろうか? 私にはそれが出来る!」
色々話を盛ったところもあるけど、私はそこまで一気に話し終える。
「貴族に戦いが分かるのか!」
一人から野次が飛ぶ。
「剣をとっての武技では劣る! だが軍の将たることは出来る!」
全く自信はなかったが叫ぶ。ある程度の信頼を得るまでは虚勢を張り続けなければならない。
その後も群衆はそれぞれざわざわしていたが、やがてその端の方でイリアがパチパチと手を叩き始める。すると真ん中の方でイリアのそれに倣い、少しずつ拍手の波が広がっていく。やがて群衆は割れんばかりの喝采をしていた。
ふう、これで最初の第一歩は踏み出せたか。
「それでは早速男爵領を占領する! 行こう!」
「おおおおおおおおおお!」
集まった者たちは野太い咆哮を上げる。
こうして長く王国を揺るがす戦乱の火蓋が切って落とされた。
五万字でようやく決起したことに軽く絶望した。