【幕間】 セシリア Ⅰ
愚かな姉上が家を追い出されてから半月ほどが経っただろうか。現実は非情と言うべきか、それでもクロノアール家はいつも通りに回っている。まるで姉上など最初からいなかったかのように。
正直私はから見ても姉上は生まれる場所を間違えていたとしか思えない。性格だけで言えば軍か学者のようなあまり社交性を求められない家に生まれるのが良かった。農民も悪くないかもしれない。
姉上の追放については一応止めようという素振りは見せたものの、意外なほど何も思わなかった。愛情がなかったかと言われれば、普通の姉妹よりは薄かったかもしれないがゼロではなかった。だが姉上が父上と喧嘩したり、周囲から白い目で見られる光景を見るたびにいたたまれない気持ちになることもあったのである意味ではせいせいするとも言える。
「何!? フォルトで反乱が起こり、一時は反乱軍に街が占領されただと!?」
執務室の方からは兄が声を荒げているのが聞こえる。
フォルトというのは辺境の小さな貴族が治める街だ。元々辺境は治安が悪い上、ちょうど姉上が追放される前後から辺境の情勢がざわついているというのは聞いていたが、まさか実際に一つの街を占領するほどの軍事的蜂起になっていたとは。これは下手をすると大問題になりかねない。
兄のギルバートは順当に行けばクロノアール家の次期当主となる。しかし父上の血を受け継いでしまったためか、肝心の政治能力はいまいちだった。小さいとはいえ反乱が起こった以上、公爵家として何か対応を進言する必要がある。
仕方がないので、助けてあげようと思って侍女に紅茶を淹れさせて執務室に向かう。
「兄上、いかがしましたか? お疲れのようなので紅茶をお持ちいたしました」
私は兄をいたわる純粋無垢な妹のような笑顔を浮かべて部屋に入る。ギルバートはそんな私を見てほっとしたように息を吐く。仮にも次期当主ともあろう者が妹が来てその反応をするのはどうかと思うけど。しかも部屋には報告に来た使者もいるというのに。
「うむ、とりあえずおぬしは下がって良い」
「ご苦労様です」
兄がねぎらいの言葉の一つもかけてやらないので代わりに私がかけてやる。すると彼は若干嬉しそうに一礼して部屋を出ていった。
私は部屋のドアが閉まると、兄の机の前に余っている椅子を持ってくると腰を下ろし、ティーカップを差し出す。
「ありがとう、セシリア」
「それでこのたびは一体何があったのですか?」
「うむ、フォルトで反乱が起こり、一時は反乱軍に街が占領されたようだ。もっとも現在辺境伯が討伐軍を派遣したので大丈夫らしいが」
「しかし情勢は元から不安とはいえ、一体何があったんですか? さすがに何かきっかけみたいなものはありますよね」
「ああ、実はホールトン男爵領で魔女狩りのようなことが行われていたらしい。何でも、そこでは神官が異端と判断とした者を次々に連行して拷問を行い、死ぬか異端を認めるまでやめなかったらしい」
兄はそんなことを平然と語る。反乱に比べてどうでも良さそうに語るので私も普通に聞き流しそうだったが、
「まあ、何と恐ろしいことでしょう」
と怖がってみせる。咄嗟のことなので棒読みに聞こえていないか少し心配だ。そして兄上はもう少しこの件に動揺して欲しい。
「それが情勢の不安や辺境伯への税負担などと合わさって爆発したのだろう」
辺境伯は無能な人物ではないが、このところ中央への野心を見せており、教会に膨大な献金をしたり、教会の人間を積極的に部下にするなど教会にすり寄る動きを見せている。どうせもうすぐ離れるからと領地のことは二の次にしたが、事態は彼の昇進を待ってくれなかったらしい。
しかしこのことを放っておくのはまずい。
「噂はどのくらい広まっているんですか?」
「辺境伯殿の領地全域にはすでに広まっている」
それは非常によろしくない。この国は今教会にもたれかかるようにして存在している。それが悪いとは思わないし、何なら私も教会に聖女認定を受けて皆にちやほやされて一生を過ごすつもりだったぐらいだ。
そんな中教会が辺境で魔女狩りなどを行っていたということが分かれば、国民の信頼はだだ下がりだろうし、何より教会とあまり親しくない貴族がここぞとばかりに権力を奪おうとするだろう。そうなれば教会と共生関係にあるクロノアール家も私の人生設計も一緒に崩壊する。
「兄上、このままではまずいです。反乱に厳しい対処をするのは当然ですが、それとは別に魔女狩りに携わった者にも厳罰を与えた方がよろしいでしょう」
「それはそうだが……すでに死んだらしい」
「でしたらその上司でも関係者でもいいです」
こういうのはこちらで何がしかの対処をしたという事実が大事なのである。
その事実があれば話を聞いた者も、「教会の中でも過激な者が先走っただけ」と納得するだろう。
「しかし教会がいい顔をしないだろう」
「ですが、我が家の力があればそれを通すことも出来るはずです。是非辺境伯殿にそうお伝えください。こんな恐ろしいことを許してはいけません」
「分かった」
兄は頷くもののその表情はいかにも頼りない。やはり、これまでの私のキャラを捨ててでも懇切丁寧に教会への反感が広まると良くない理由を説明した方が良かっただろうか?
とはいえ教会はクソ、いや習慣としてあまり政治的発言をする人物を聖女に選ばないことが多い。あくまでマスコット的なものが欲しいだけなのだろう。
そのため私はあくまで、“政治に興味がある訳ではないけど魔女狩りは恐ろしいから許してはいけない”というスタンスを貫くことにしている。
それにしても、色々起こってるけど姉上は大丈夫だろうか。変なことに巻き込まれていなければいいけど、と思う一方であの姉上が我関せずと傍観を決め込んでいる図も残念ながらあまり思い浮かばなかった。せいぜい元気にしていてくれればいいけど。
セシリアは『貴族令嬢に転生したけど政治はだるいので聖女になります』的なタイトルの主人公になれそう。悪い人ではないけど、他人のために自分の身を削ることを一切しないタイプですね