決意
宿を出た私は街にある冒険者ギルドに向かった。冒険者は主に魔物討伐や稀少性の高い薬草や魔物から採れる素材の採取、もしくは事件の調査などを請け負う職業である。基本的に治安が悪い街が主な活動場所となるため、彼らは人一倍辺境の情勢には敏感なはずだ。
レオブルグの街は特に変わった様子はなかったが、心なしか兵士の往来が来たときよりも多いような気がする。やはり変事に備えているのだろうか。
冒険者ギルドは騒がしいのかと思ったが、朝も少し遅くなってから来たせいか、人はまばらだった。ギルド内には受付と主な依頼が貼ってある掲示板、そして飲み食いするようのテーブルとイスがある。
そこに朝っぱらから酒を飲んでいる集団がいたので彼らに話しかけることにする。大柄な戦士風の男二人と、身軽そうな装備の女が一人、そして杖を持った少女が一人というパーティーである。今日は休みにするつもりなのか、雑談に興じながら雑談に興じている。
「あの、ちょっといい?」
「何だぁ?」
すでにある程度酒が回っていそうな口調で男が答える。
最近はこういう相手と話すのもすっかり慣れてしまった。
「聞きたいんだけど、今男爵領で揉め事が起こっているらしいんだけどどんな感じなの?」
「嬢ちゃん、冒険者かい?」
「うん。ちょっとそっちに行く用事があるから様子だけ聞いておこうかなって」
「そうねえ。確かに血気盛んな奴とか自分の実力を過信した脳筋馬鹿が集まってるらしいわあ」
女の口調からは騒ぎに参加する者に否定的なニュアンスがうかがえた。
「あ、今色んな噂が流れているようですが本当のところは魔女狩りに対して怒りが爆発した傭兵団が蜂起しただけで、それを反乱と勘違いした方々が次々参加しているらしいです」
テンション的にパーティーの良心と思われる少女が補足してくれるが、別に傭兵団は魔女狩りに対して蜂起した訳ではない。それに彼女らの話を聞く限り、すでに一部の者たちは向かってしまっているらしい。
「え、ていうことはもう反乱は起こっているの?」
「どうだろうな。最初の反乱はもう鎮圧され、今は単にならず者が集まっているだけじゃねえか? ま、これで腕のある奴らがそっちにいったから商売敵が減って助かるぜ」
鎮圧されたというのは傭兵団が潜伏したからそう見えているということだろうか。本当に鎮圧されていないことを祈るしかない。とりあえず情報が錯綜しているということはよく分かった。
「それに、元々治安が悪いから反乱が起こっても偉い人もあまり気にしてないんじゃね?」
男たちは好き勝手言っている。
しかし話を聞くたびにどんどん私の中では悪い予感が膨らんでいく。このままでは、むしろ今でもあの地では深い事情を知らずに集まった者たちが勝手に乱を起こしているのではないかと。しかも聞いた感じ向かったのはとりわけ何も考えていなさそうな者が多そうだ。もしそこに鎮圧軍が出向けば恐ろしいことになるのではないか。
私も歴史の勉強はさせられたが、基本的に貴族は反乱を起こされるのと面子がつぶれるため、また再発を防ぐためことさらに残虐な措置をとることが多い。
もちろん噂を鵜呑みにして現地に向かったような者は自業自得と言えばそれまでである。とはいえ、そこで起こった乱が鎮圧されればより困るのはそこで暮らす人々ではないか。
その後も他の冒険者数組に話を聞いて回ったが、誰もが同じようなことを言っていた。また、この辺りの人々の共通見解として、レオブルグを離れると貴族たちは安全にいて領地を放置しているため、どこもかなりひどい状況ではあるらしい。
そのため、潜在的な不満を抱えている者は多そうということだった。もしかしたらここは比較的落ち着いているものの、他の街ではすでに便乗して騒ぎを起こしている者が出ていないとも言い切れない。イリアは五日以内と言っていたが、一刻の猶予もないのではないか。私はそんな焦燥に駆られる。
夕方、私が宿の部屋に戻るとイリアは律儀に辺境伯からの答えが来ないか宿で待っていてくれた。私を担ぐようなことをする癖にこういうところだけは律儀だった。
「ごめん、ずっと離れられなかったよね」
「それはいいけど、どうだった?」
イリアは少し申し訳なさそうに尋ねる。イリアは行動基準自体は結構シビアな割に本人に感情がない訳ではないので、そこが多少ちぐはぐに映ることがある。それでも中身もサイコパスよりは全然いいけど。
「正直、思ったよりまずいかも。私たちのあの行動は反乱を起こしたとして広まっているし」
「……」
それに対してイリアは少し申し訳なさそうな顔で沈黙した。
「それも織り込み済みだったと」
「……」
「正直イリアに嵌められたみたいで癪だけど、分かった」
私の言葉にイリアは少しだけほっとしたようだった。そこで喜びではなく安心というのが彼女らしかった。
「じゃあ、五日待ってもし連絡がなかったらその時は」
「いや、多分五日だと遅いと思う。むしろ早く私が戻って状況を確認しないと、最悪個別に皆が逮捕されていくことになると思う」
「え……」
私の唐突な心変わりに逆にイリアも驚いていた。
ここで決めてしまったら後戻りできなくなる。そう思った私だったが、すでに事態は無血で解決するものではなくなっている。私が決断して後戻りできなくなるのは私だけで、他の人たちはすでに抜き差しならぬ状態にはまり込んでいる。
だから私は意を決した。
「とりあえずゲオルグさんに早めに連絡して先走る人が出ないようにしてもらおう。私も速めに戻って主導権をとる。元とはいえ、公爵家の令嬢なら反乱のお神輿には都合がいいでしょ」
「それはそうだけど、本当にいいの?」
「いいのも何も、そうなるようにするつもりだったんでしょ?」
おそらくだが、イリアは最初から私の生まれに目をつけていたのだろう。王国を変えたいと思いつつも、それは誰にでも出来ることではないのだから。
「ただ反乱を起こすだけだと、結局勝っても負けても何も残らなくなってしまう。もちろん私は反乱を率いる立場になることはやぶさかではないけど、多分私では誰もついてきてくれないし。だからアリシアがそう言ってくれると非常に嬉しい」
「別に、私だって同じだと思うけど」
公爵家のネームバリューで味方してくれそうな人は私が追放されている以上見限りそうだし、そうでない人は公爵家に反感を抱いていそうな気がする。
「今先走っている人たちはそうかもしれない。でも、彼らの乱には加わりたくなくても、アリシアが指揮をとってくれるなら従うっていう人も多いと思う。現状に不満はあるけど、単なる暴動には加わりたくないって思う人は特に」
イリアの言葉を聞くと、まるで自分が人々から待ち望まれていたかのように思えてくるから不思議だ。
よし、やると決めた以上は全力でやろう。
「じゃあ早速ゲオルグに使者を出して、私たちも明日の朝一で出発しよう」
「うん」




