レオブルグ
街を出た私たちはその後街の外にあるゲオルグの隠れ家に向かった。隣町への街道沿いに一軒の廃屋があり、その床下にちょっとした空間があり、十人ほどが収容できる空間があった。
とはいえ、傭兵団は三十人ほどいる上に、牢から助け出した人たちも街に留まれず、気が付けば二十人ほどがついてきていた。
当然ここにいる全員がここに潜伏することは出来ない。すでに薄暗い地下室はすし詰めになっており、座ることも出来ない様子であった。
「一体どうしたものか」
傭兵団だけなら各自散開して潜伏することも出来るが、助けた人々を放り出すことも出来ない。ゲオルグたちが首を捻っている。
そんな中、私は牢から逃げる途中考えていたことがあったので、エリーを助けたシスターさんを見つけると話しかける。彼女は今も傷を負った人たちを癒していたところだった。
「忙しいところごめん、大きな街の教会にも知り合いっている?」
「はい。私は元々レオブルグの教会から派遣してきましたので」
レオブルグは辺境伯の本拠地で、この周辺だと一番の大都市である。
しかし彼女はいい意味でこの街に不釣り合いな人物だな、と思っていたらよそ出身だったのか。納得した。
「それならレオブルグの教会でこの現状を広めて欲しい。というのも、あなたもそうだと思うけど、私たちのように元々王国の中心で生きていた人たちはこんなことが平然と行われているなんてことは知らない。でもこのことは知らずに生きていていい訳ではないし、まずは皆が現状を知らないと変わらないと思う」
基本的にセレスティア神官の大部分は善良もしくは普通ぐらいの人だし、上層部も腐敗してこそいるが、私の知る限りでは巨悪というほどではない。まして、王国のほとんどの国民は漠然と「セレスティア神官はいい人たち」とだけ思っている。
そんな人々にこの現状を伝えなければ、と私は思った。そうすれば中央の偉い人たちもこちらの現状を何とかしなければと思ってくれる可能性もある。私の言葉にシスターも真剣な目で頷く。
「確かにそうですね。こんなことは許されることではありません。私はレオブルグに向かうのですが、あなた方も一緒に来ませんか? そこで一緒に窮状をお伝えしましょう」
シスターはエリー父子ともう一人の拷問を受けていた男に尋ねる。どの道二人も行き場がなかったので頷く。
「だったら私も元々辺境伯に会いにいく予定だったし、一緒にいこうかな」
「それならいっそ、行くところがない人全員でレオブルグに行こう」
話を聞いていたイリアが口を挟む。なるほど、まとまって押しかけるのは迷惑かもしれないが、シスターが知り合いなら何とかなるかもしれない。
「確かに。全員で固まって動くなら護衛もつけられるしな」
ゲオルグも頷く。
こうして私とイリアを含む十五人ほどがレオブルグに向かうことになり、傭兵団のうち十人ほどが同行することになった。残りはこの周辺に分散して潜伏することになったという。
その後私たちは一週間ほどかけてレオブルグに向かった。追手が来るかと思ったが、傭兵団が護衛についているせいか、襲撃を受けることはなかった。もしくはあのような騒ぎを起こしたせいで向こうも追撃どころではないのかもしれない。本来囚人が逃げ出した以上レオブルグに連絡がいってそちらからも追手が来てもおかしくはなかったが、それもこなかった。それどころではなかったのか、領地の現状を知った男爵もさすがにそんなことをしている場合ではないと思ったのか。
むしろ道中は二度も盗賊団に襲われた。一つ目の団体は私たちにお金がなさそうなのを見て去っていき、二回目は傭兵団の人たちと小競り合いをして手ごわいと見たのか去っていった。
また、道中私は一緒にいた人から色々な話を聞いた。投獄されていた理由も様々で、ちょっとした喧嘩を仲間内でしていたら両方とも問答無用で捕まったというものから、兵士が食べ物をたかっているのを見て止めようとしたところを捕まったなど千差万別であった。
ちなみにシスターはなぜ捕まっていたかというと、彼女が民衆の話を聞いていたところ不満のある者たちが集まって暴動に発展しかけたからだという。確かにあの街ならそうなってもおかしくはないなと思った。
逆に私やイリアもそれぞれの身の上を打ち明けた。当然だけど私の話はかなり驚かれたけど、それでも身分を捨てた私を好意的に見てくれた。そんな訳で私たちはレオブルグにつくころには多少仲良くなっていたと思う。
レオブルグに着いてまず思ったのは「平和だ」ということだった。街には一メートルほどの石造りの城壁があるものの、その中に入ると中では普通に子供や女の人も護衛をつけずに街を歩いている。
きっとここでは身の危険を感じずに買い物をすることが出来るし、道を歩いていて襲われることもない。
ついこの前までは当たり前だった世界が急に尊く感じられた。
「では私たちはこれで……本当に何から何までありがとうございました」
街に着くと、教会に行く予定の人々とは別れることになり、シスターは深々とこちらに頭を下げる。
彼らは教会に男爵領の惨状を訴えつつ、そちらで保護してもらうよう頼む。一方の私とイリアは辺境伯の元へ向かう。そして護衛に来てくれた傭兵たちも街に戻る。
「うん、皆さんだけでも助けられて良かった。これからの暮らしも大変だと思うけど、頑張って」
「では達者でな」
傭兵たちも手を振り、私たちは別れた。
三十人近い集団で旅をしていたのに、急にイリアと二人きりになったので私は少しだけ寂しくなる。しかし目の前には次に私たちが次に向かうべき辺境伯の居城がそびえたっており、すぐに現実に引き戻される。
エジンバラ辺境伯の城は城下町の中心にあり、二メートルほどの城壁に囲まれた数百メートル規模の建物である。円柱形の階層が何層も重なっており、ところどころに見張り塔などがそびえたっている。
王都周辺ではもはや戦がないため、豪奢な建物は数多くあれど大体は宮殿や豪邸であり、実は城を見るのは古城を除けばこれが初めてである。当然城門の前にはいかめしい顔をした兵士が立っており、気軽に入れる雰囲気ではない。
イリアは私の方を向くと、ダメ元といった様子で尋ねる。
「アリシアはクロノアール家の証拠を示すものとかは何も持ってないよね?」
「さすがに追放されたときにそういうものは全部置いていくよう言われたから」
「そうだよね……じゃあ正面突破しかないか」
イリアはそう言って門番の方に歩いていく。やはりこの交渉にはあまり勝算がない。もし交渉が失敗したとして、私たちの行いにより救われた人と逆に被害を受ける人、どちらが多くなるのだろうか。ふと私の脳裏にそんなことがよぎる。
「すみません、エジンバラ伯爵閣下に用があるのですが」
「何者だ」
「こちらの方は故あって身分を隠していますが、実はクロノアール家の御令嬢です」
イリアが私を紹介すると兵士はこちらをぎらりと睨みつける。
私は一応令嬢時代のことを思い出して威厳を取り繕う。背筋を伸ばし、目付きは鋭くやや相手を見下ろすように。そして自信の無さは心の内にしまう。
「アリシア・クロノアールでございます」
「な、何か証拠はあるのか」
私の貴族然としたたたずまいに兵士も多少動揺したようである。本来何の証もなく大貴族の名前を名乗れば捕まってもおかしくはなかった。
「サモン・ガーディアン」
とりあえず私はドラゴニュートを兵士の目の前で召喚する。それを見て兵士の表情は少しだけ動く。しかしこれだけでは『何となく高貴な人』というぐらいの認識にしかならないし、召喚魔法が得意な人でも同じことは出来る。
「い、一応伝えておこう」
そう言って兵士は城内へと入った。そしてすぐに戻ってくる。おそらくこの時間だと彼の上司に報告だけした、というところだろう。
「辺境伯様は忙しい。時間が出来たら教えよう」
「でしたらこちらが宿です」
イリアが一枚の紙を差し出すと、兵士は一応それを受け取った。どうだろうか。これは婉曲な門前払いなのか、本当に話を通してくれているのか。辺境伯は恐らく忙しいので、仮に本当に話が通っていたとしても時間はかかるだろう。
とはいえその日は長旅で疲れていたこともあり、宿に向かうと私もイリアもさっさと眠ってしまった。だが、私たちの行動は思わぬ結果を引き起こすことになる。
「男爵領では魔女狩りが行われているんだって?」
「え、魔女狩りって何?」
「異端の疑いがある人を監禁して拷問するらしい」
「そんなの大昔の話じゃなかったの?」
「昨日、それから逃げて来た人がいるってよ」
翌日、私たちが食事のために下の階に降りていくと、食堂では魔女狩りの話で持ち切りだったのである。