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追放令嬢戦記  作者: 今川幸乃
旗揚げ
11/23

脱出と選択

  私がシスターさんを連れて地下牢に戻ると、先ほどの男が少女の戒めを外し終えていた。また、それで要領を学んだのか、隣の男の鎖もすでに半分ほど外れている。


「何ということでしょう……」


 その光景を見たシスターは絶句した。この惨状を見れば誰でもそのような反応になるだろう。ただ、申し訳ないが今は時間が惜しかった。


「この二人の治療をお願い」

「わ、分かりました」


 シスターは床に寝かされている少女に駆け寄ると、祈りを捧げるように手を組むと、目を閉じる。


『ホーリー・ブレス』


 すると彼女の体が白い光に包まれる。これが神の加護による回復魔法か。傷が深いからか、上位の魔法を使っている。

 白い光に包まれた少女の外傷は少しずつ塞がっていき、やがて彼女は安らかな寝息を立て始めた。それを見てシスターはほっと息をついて魔法を止める。よほど彼女の容態は悪かったのか、シスターはげっそりとやつれて見えた。


「ありがとうございます!」


 男は涙を流して喜んだ。


「申し訳ないけどこちらの方もお願い」

「しかし魔力が……」


 シスターは申し訳なさそうにする。


『マジック・ギフト』


 私はシスターに手を翳すと魔力を注ぎ込む。これは持ち主の魔力のうち一定量を分け与える魔法だ。本人が優秀な魔術師でなくとも優秀な魔術師を雇えばいいという思想で貴族はこの魔法を使える者が多い。それが貴族でなくなった時に役に立つとは思わなかったが。

 私の魔力を譲り受けたシスターは多少生気を回復した。


「ありがとうございます、これならいけるかもしれません……ホーリー・ブレス」


 シスターは同じ要領で男の方に魔法をかける。

 その間に私はずっと気になっていたことを少女の父に尋ねる。


「あの、彼女、エリーさんはなぜこちらの部屋に?」

「実はエリーの胸元には痣があるのです。それが邪神バルクリウスの紋章に似ているということをある日知り合いに言われまして、それが回り回って兵士たちの耳に入ったのです」


 男は悔しそうに言う。邪神バルクリウスは魔物を作った神と言われ、私たちの認識としては一番悪い神である。

 しかしそれと痣の形状とは全くの別問題である。


「そ、そんなことがあったのですか?」


 男を治していたシスターが震える声でこちらを向く。男はそれに対して重々しく頷く。


「そうだ」


 シスターはしばらく信じられないようだったが、やがて倒れている男の体に目をやる。しばらく体中に視線を泳がせていたが、やがて足の付け根あたりで視線を止める。


「ありました……おそらくこの方も同じ理由でこちらに連れて来られたのでしょう」


 シスターの声が怒りのあまり震える。そして男の傷が多少癒えたところでシスターは魔法を止めた。


「すみません、今はこれが限界です……怒りで精神が乱れてしまったのが良くなかったのかもしれません」

「いえ、ありがとう。とりあえず私たちもここを出ましょう」


 エリーの父親は娘を背負い、ドラゴニュートが男を背負う。本当はドラゴニュートをフリーにしたかったけど、私や疲れ果てたシスターさんでは人一人背負うのは難しいだろう。


「とりあえず上に出たら外へ逃げよう。ただ、情勢次第ではすでに敵兵が戻っているかもしれないけど」


 私たちが再び地上に戻ると、状況はすでに変わっていた。牢の鍵は大方開けられていた。中には誰かが何かで強打して鉄格子を壊したと思われるところもあったが。

 たまに残っているのは恐らく凶悪犯罪者だろう。私たちは一応事前に本当に悪いことをして捕まった可能性が高い人物については似顔絵や特徴などで容姿を把握していた。とはいえ、ここまでの騒ぎだと自力で逃げ出していてもおかしくない。


「とりあえずこちらへ」


 私は自分が入って来た北側の裏口を目指して走る。


 が、建物を一歩外へ出るとそこでは戦いが始まっていた。牢から助け出した者には兵士とトラブルを起こして収監された傭兵やならず者もおり、彼らも凶悪犯罪者を除けば残らず釈放されていた。そのため、彼らは脱出して先に私たちが倒した兵士たちの武器を拾い、駆け付けた兵士たちと戦っていた。


 すでに東側の宿舎についた火はおおむね消されており、西側のゲオルグが陽動で突っ込んだ方面でも戦いが終わっている。


 辺りにはぽつぽつと倒れている者もいる。敵兵だけでなく、脱走しようとした囚人らしき人達もいた。彼らを捨てていくのは忍びなかったが、残念ながら私にこれ以上の人を助けるのは無理そうだった。


「助けて……」


 外を目指して走っていると、倒れた人の声が響き、その横を武器を持った全裸の囚人が平然と無視して駆け抜けていったりする。とはいえ彼らに見ず知らずの人を助けさせるのも無理がある。

 ふと声のする方向を見ると傷を負って倒れている女性と目が合ってしまう。私は助けなければと思いつつ、今の私は地下牢から助けた人を逃がす役目がある。その逡巡が仇となったか、


「お前たち、そこに止まれ!」


 不意に二人の兵士が私たちの行く手に現れて弓を構える。ドラゴニュートはすぐに私たちの前に立ちふさがるが、彼も負傷した男を背負っているため、普段の力は出せない。


 どうする、というようにシスターがこちらを見るが私にもどうにもならない。こうなった以上それぞればらばらに逃げるしかない。ただその場合、私にはドラゴニュートがいるけど、シスターとエリーの父親は無防備で逃げることになる。それは遠回しに彼らを見捨てることになる。いっそドラゴニュートに背負っている男を捨ててあの兵士と戦わせる? でもそれだと……


 私は咄嗟に判断を下せなかった。兵士たちは降伏意志なしとみなして弓を引く。私はそれを見てしまった、と思うがすでに遅かった。せめて何がしかの判断を下せていれば誰かは救えたかもしれないのに……


 そう思った時だった。どさり、という音とともに兵士たちは倒れる。その後ろに立っていたのはエルフだった。牢に捕まっていたところを脱出したのだろう、兵士からはぎとりでもしたのか少しぶかぶかな鎧をまとっている。しかしその動きは俊敏だった。


「大丈夫? あなたがアリシア?」


 待てよ? 捕まっていて、エルフでこの身のこなし。ということは……


「あ、ありがとう。もしかしてあなたがオリガ?」


 私が尋ねると、彼女は片目をつぶってみせた。


「そうよ。こちらこそ助けてくれてありがとう。じゃあ行きましょうか」


 危なかった。オリガがいなければ確実に私のせいで誰かが犠牲になっていただろう。私は安堵とともに自責の念に襲われ、さらに結局先ほどの女性は置き去りにしてしまったという罪悪感に苛まれる。それでも足を止めることは出来ない。


「お、アリシアとオリガも来たか!」


 塀の外へ出て少し走ると、そこにはすでに先に脱出したゲオルグら傭兵たちと助けた人々、それにイリアが待っていた。とりあえずイリアが無事だったので私は少しほっとする。彼らを見るとようやく私は生きて戻れたんだ、という実感を得る。


「よし、これで生きている者は全員揃っているはずだ」


 ゲオルグの言葉に私は胸がずきりと痛む。生きている者は、ということは生きていない者がいるということではないか。


「ではさっさとずらかるぞ」


 ゲオルグの言葉に私の胸がもう一度痛む。


「え……でもまだ中には人が」


 私の言葉にゲオルグは悲しそうな顔をした。


「だが、すでにつけた火は消え、敵の兵士たちは戻って来つつある。今から再突入すれば無事に戻ってこられるかは分からない」

「でも、それだと中の人は」


 私はここで言葉を切る。自分で言っていて、自分の言おうとしていることは現実離れしていることに気づいたのだ。

 仕方ない、と思いつつも逃げている途中に目が合った人の視線を思い出す。


「それならせめて私だけでも」


 私が声を上げると不意に私の袖を誰かが掴んだ。イリアだ。


「それはだめだよ。アリシアが今中に行ったら、私たちも置いてはいけなくなる」


 イリアは表情こそ心配そうだったが、絶対に私を生かせないという強い意志をこめた目でこちらを見ていた。袖を摑む力も強く、振りほどけそうにもない。


「あなたはすでに私たちを助けてくれました。全てを背負い込むのは不可能です」


 シスターも私を止めようとする。さらにエリーの父親も私の前に立ちふさがる。


「……分かった、行こう」


 皆に止められてようやく私は折れた。


「でも、そう思うこと自体はいいと思うわ」


 オリガがぽつりとつぶやく。

 それでも、皆に止められたことを言い訳にして自分の判断を放棄したのでは、という思いは拭えなかった。


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