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追放令嬢戦記  作者: 今川幸乃
旗揚げ
10/23

地下室の惨状

 イリアとジャックに後を任せて私は先へ急いだ。円形の獄舎は、通路の両側に鉄格子を嵌められた個室が並べられている。この回廊には窓がなく、灯りは壁にところどころついている燭台だけだったので薄暗いが、通路が狭いため牢の中の人の顔ぐらいは見えた。

 見るからにカタギではなさそうな狂暴そうな男などは一人で入れられているが、見た感じ罪が無さそうな普通の住民は数人まとめて同じ個室に押し込められていた。


 元々治安が悪い上に兵士たちが勝手な連行を増やしたせいで牢のキャパシティが足りなくなっているのだろう、走っている私に助けを請う声があちこちから聞こえて来て心が痛い。

 そこで私ははたと気づく。牢のことは牢にいる人の方が詳しいのではないかと。


「牢の鍵がどこにあるか知らない?」


 私が走りながら問いかけると「この先にいくと地下室がある! そこに牢番の部屋がある!」という声が聞こえて来た。


「ありがとう! 鍵を見つけたら助けるから!」


 私はそう言って先を急ぐ。


 しばらく走っていくと、個室の間に地下へ降りていく階段が続いているのか見えた。ここがさっきの男が言っていた地下への階段だろう。私はその下に走っていく。階段を下りていくと、その下には木で出来た扉があった。


「頼む」


 小柄ながらもドラゴニュートの体は固い鱗に覆われており、屈強な脚力で加速された速度で扉にぶつかっていく。ドラゴニュートの肩が勢いよく扉にぶつかるとどん、という鈍い音とともに扉がへこむ。

 ドラゴニュートは一度扉から距離をとるともう一度扉に激突した。今度こそ扉はばきりと音を立てて中心に穴が空く。私はドラゴニュートに続いて中へ入る。


 中は牢番の事務室兼宿所のような部屋なのだろう、書類が置かれた事務机がある一方、部屋の隅にはベッドがあり、さらには簡単なキッチンもついている。

 そして私たちが乱入するのとほぼ同時に部屋の隅にある床板をめくり上げて太った牢番のような男が上がってくるのと出くわす。


 男は腰に剣を差し、制服だろうか少し上質の服を着ている。太っているのもいい暮らしをしているからだろうか。

 私とドラゴニュートを見ると驚いたのか、「ひっ」と声を上げて手に持っていたランタンを落とす。が、次の瞬間には剣を抜くとともに嫌悪感を露にして叫ぶ。


「何者だ!」

「覚悟!」


 私に戦闘能力がない以上こいつを野放しにすることは出来ない。彼には悪いが、先手を打ってドラゴニュートを差し向ける。


「何をする!?」


 男は慌てて剣を抜くが、床下から現れたばかりという不利な体勢もあいまってドラゴニュートの剣を受けきれず、一撃で剣を叩き落される。


「や、やめろ!」


 叫ぶ牢番の腹をドラゴニュートは思いっきり殴りつける。ぐえっ、というくぐもった悲鳴とともに牢番はその場に崩れ落ちた。ポケットからかちゃん、と金属のものがこすれる音がする。


 牢番の腰のあたりを見るとそこには丸い金属の輪についたいくつかの鍵が落ちていた。とりあえずこれがあれば牢にいる人を助けることは出来るだろう。


 しかし、と私は思う。彼が出て来た下の部屋には何があるのだろうか。しかも上で騒動が起きていたのにそれを無視して籠っていたということはそれなりのものがあるのだろう。

 不意に私はそれが気になってしまう。それにもし下にまだ牢番があれば放置しておくのは危険である。


 下をのぞくとなぜか階段ではなくはしごが伸びていた。私はドラゴニュートを先に降ろすとランタンを持って後に続く。ランタンを持ちながらはしごを降りるのは大変だったが、せいぜい三メートルほどだったのですぐに下につく。


「何これ……」


 まず最初に知覚したのはつんと鼻をつく臭いだった。上の牢ではかびや湿気の臭い、そして不衛生な環境から発された人の臭いや何かが腐ったような臭いだった。だが、こちらはそれらの臭いに加えて、いや、それらの臭いよりも強く鉄の臭いがした。私は思わず鼻を押さえてしまう。


 私はその臭いに警戒しつつもランタンを掲げて周囲を照らす。

 ランタンの薄明かりに照らされて浮かび上がったのは異様な光景だった。部屋の隅に十字架の形状をした柱のようなものが四つ立っており、そのうちの二つにそれぞれ少女と壮年の男が手を広げた姿勢で鎖で柱に縛り付けられている。


 薄明りのおかげではっきり見えなかったのが幸いしたのだが、男と少女の腕には杭のようなものが打ちつけられている。これが鉄のにおいの正体か。


「これは……」


 さらに部屋の隅には血であったと思われる黒い染みがこびりついた拷問器具らしきものがいくつも転がっている。そして壁際に一人の男が立っていた。私を見ると諦めたように笑う。


「あーあ、ここも見つかってしまったか」


 そしてそんな拷問器具の間に立っていたのは初日に会った神官のゼールであった。彼は神官ローブではなく血に濡れた白衣を纏っており、その白衣は血に塗れている。


「あなたが……まさか」


 私は彼を難詰しようと思ったが、怒りのあまりうまく言葉にならない。


「ああそうだ。神に逆らう愚か者どもは邪教徒であろうとなかろうとその報いを受けるべきなのだ。ふははははは……うっ」


 が、すぐにドラゴニュートの剣を受けて彼は血を吐いて倒れる。こいつは苦しまずに死ぬのかという気持ちもなくはなかったけど、一刻も早く黙らせたいという気持ちの方が勝った。


「そうだ、それよりもこの人たちを助けないと」


 こんな奴のことはどうでもいい。二人を早く助けなければ。

 とりあえず少女の鎖を外そうとする。横ではドラゴニュートも私の意を汲んでくれたのか、男の鎖を外しにかかっている。しかし手が震えるし手元が暗いしでなかなか鎖は外れない。

 ただ、もし室内の光景が鮮明に見えていれば私はかえって動揺のあまり使い物にならなくなっていたかもしれない。


「う、うぅ……」


 私が鎖をいじくっていると少女の口から声が漏れた。良かった、生きてはいるのか。しかし一体何が行われていたのだろう。そこへ、ばたばたと上の方から足音が聞こえてくる。


 もしや敵がやってきたのだろうか。それともイリアたちか? 私は思わずそちらに身構える。が、足音が近づいてくるとともに声が聞こえてくる。


「エリー、エリー!」


 と女の名を叫んでいるようである。一応警戒しつつ待ち構えていると、やがて転がるような勢いで一人の男がはしごを降りて来た。

 男は四十ほどでやせ細っており、しかも下着一枚を身に着けている以外は全裸だった。もしやつい先ほどまで捕まっていたところを解放されたのだろうか。


「エリー!」


 男は血走った目で叫ぶと私を押しのけるようにして磔にされている少女に駆け寄る。そして彼女の姿を目の当たりにして涙を流してその場に崩れ落ちた。


「あの、あなたは……」


 私はおそるおそる問いかける。

 すると男はようやく私の存在に気づいたようでこちらを振り向く。


「すまない、助けてくれたというのに無視してしまって。私はエリーの父だ。捕まった時、エリーだけ地下室に連れていかれたと聞いて心配していたんだ……」


 なるほど、と思いつつそこで私は我に返る。彼の存在で上にもまだたくさんの人が捕まっているということを思い出した。

 確かにこの二人は助けないといけないが私には鍵を持って帰るという役目もある。ドラゴニュートに渡そうとも思ったが、ガーディアンはあまり私から離れることが出来ないという制約がある。


「すみません、私は他の人もいけないのでこちらはお任せします」

「あ、ああ」


 男は狼狽したが頷く。私は鍵を持つと地上階の牢に戻る。

 そこではすでにジャックとイリアが何人も解放したのだろう、逃げ出した人が走り回っている。逃げ出した囚人の喚声や、遠くで響く戦いの音などで周囲は騒がしい。


「回復魔法が使える方はいませんか!?」


 私は叫びながら手近な牢の鍵穴に鍵を差し込む。もっとも私の声は周囲の喧噪にすぐにかき消されてしまうが。


「助けて、助けて!」


 中からは閉じ込められた人の叫ぶ声がして気が散ってしまう。手が震えてうまく鍵がささらない……と思ったら違う鍵だった。私は鍵束から別の鍵を探し出してようやく扉を開ける。


「ありがとうございます、ありがとうございます!」


 中の男は私に頭を下げながら去っていった。

 数人を助けたところで、イリアが一人の女性に手を引いて走ってくる。


「良かった、無事で。捕まっていた人の中にシスターさんがいたの」

「イリア! ありがとう」


 イリアが連れて来た女性はさすがに女性だったからか、それともシスターだから粗略に扱われていなかったということなのか、粗末な服を着せられていた。


「怪我人でもいたの?」

「まあそんなところ。……そうだ、これお願い」


 私はイリアに鍵束を放り投げる。


「え?」

「シスターさん、こちらです!」


 私はそう叫ぶと再び先ほどの地下室にとって返した。シスターは困惑していたが、イリアが頷くとこちらに走ってくる。


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