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追放令嬢戦記  作者: 今川幸乃
序章
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祝福されない存在

「ああ、やっぱり外の空気は気持ちいいな」


 私アリシア・クロノア―ルは今日も裏口からこっそり家を抜け出すと、大きく伸びをする。大通りに出ると周囲は行き交う人々や、彼らに物を売りつけようとする商人たちの喧噪で賑わっており、この雰囲気の中に入ると外に出たな、という気持ちになる。


 私が生まれたクロノア―ル家はセレスティア神聖王国随一の有力貴族の家だ。父グロールは国政に多大な発言権を持つし、父の姉にあたるミリシア叔母さんは聖女に選ばれている。聖女というのはセレスティア神のお告げを受けたり国の豊穣を神に祈ったりする職で、信仰の深さと魔力の多さにより選ばれるとされる。

 そんな訳で我が家は王国一敬虔なセレスティア信徒の家と呼ばれているし、父もそれを看板にして出世しているところがある。


 が、残念なことに私はセレスティア信仰がそこまで肌に合わなかったので、そんなクロノア―ル家の中は息苦しいものだった。父や兄はいつも「不信心者が」という目で見て来るし、妹にいたっては憐憫や同情の眼差しで私を見てくる。


 が、街に出れば少し野暮ったいワンピースにケープを羽織って前掛けというよくある町娘姿に変装している私に注目する人など誰もいない。皆それぞれの日々の営みに忙しいからだ。

 家にいると使用人などはすれ違っただけでこちらにお辞儀をしてくる(とはいえ別に心の底から敬っている訳ではない)のだから、逆に注目されないという感覚は心地いい。


 私はいつも通り大通りの一本内側に入った路地に入り、その辺の露店を物色する。大通りには遠方の珍しい工芸品や高価なマジックアイテム、おいしい食事を出す店などが並ぶが、一本裏の道に入ると途端に怪しげな店が増える。

 明らかにその辺で拾ったと思われる剣を「かつての英雄が使っていた」と偽っていたり、巧みなコールドリーディングを駆使してくるタロット占い師がいたり。私はそんな店を冷やかして回るのが好きだった。



「きゃあああああああああああ!」



 今日はどの辺りを見て回ろうかな、などと思っていると、突然遠くから悲鳴が聞こえた。声から察するに若い女性ではないか。

 王都とはいえ端の方の半ば廃屋のようになった家が立ち並ぶごみごみしたエリアに入れば、そこはたちまち無法地帯である。とはいえ大通りにもまあまあ近いこの辺りでこんな悲鳴が聞こえてくるとは。

 周囲の怪しい露天商たちは悲鳴が聞こえてきても「また何か起こってるねえ」とお互い会話を交わす程度の反応だが、私は違う。特に悲鳴の主が若い女性であったこともあって、すぐにそちらへ走った。


 得体の知れない建物が立ち並ぶ狭い路地はゴミやがらくたが散乱していて、走っていると一歩ごとに足にぶつかる物があった。しかもスカートが長くて走りづらい。そのため、その場に駆け付けたのはかなり時間が経ってからになってしまっていた。


 密集する廃屋により陽の光もあまり届かない一本の狭い道の上で、一人のみすぼらしい格好の少女が倒れていた。その上には一人の明らかに堅気ではない男が馬乗りになっており、その脇には下卑た笑いを浮かべる手下らしき男が二人立っている。兵士崩れか何かなのか、皆腰には剣を差しており、皆顔や腕に傷がある。


「へへへ、嬢ちゃん金がないんだってな。それなら俺たちが稼がせてやるよ」


 馬乗りになっている男は気持ちの悪い声を出しながら少女の服を脱がせている。

 その場面を見て私はすぐに状況を理解した。

 とりあえず行為を中断させるために叫ぶ。


「そこの男たち、やめなさい!」

「あ、何だてめえは?」


 馬乗りになっていた男がこちらを振り返る。ただの十代の少女である私と比べるまでもなく、体格がよく、筋肉もついていた。

 男は不機嫌そうにこちらを見たが、私がただの町娘だと見てとるとすぐに失笑した。


「おいお前たち、見られた以上そいつも仲間に入れてやれ」


 男の言葉に手下たちはすぐにこちらを向いて下卑た笑いを浮かべる。


「へへ、恨むなよ? こんなところにのこのこやってくる方が悪いんだ」

「大丈夫、黙っていれば気持ちよくしてやるからよお」


 そう言って男たちは剣を抜く。

 やっぱりこうなるのか、と私は内心嘆息する。まあこの場を見た時からこうなることは分かっていたが。とはいえ、この魔法を使うと面倒なことになるから嫌なんだよね。


「サモン・ガーディアン」


 私が唱えると、目の前の地面に幾何学模様の魔法陣が出現し、光り輝いたと思うとそこから一体の魔物が出現する。

 人間のように二足歩行しており、人間より少し背が低いが、身体は鱗に覆われ、背中には小さい翼があり、尻尾もある。極めつけの頭部はまるで竜のように角と牙がある。さらにその手には一振りの長剣を構えていた。私たちがドラゴニュートと呼ぶ存在である。


 この魔法は術者の心根に反応した魔物が出現し、守ってくれるというものであったが、可憐な美少女である私のガーディアンがドラゴニュートなのかは理解出来ない。


 別に彼(?)が私のイメージに合わないのまだいいんだけど、本当に問題なのはドラゴニュートはセレスティア神の祝福を受けていない存在だということだ。術者の心を反映すると言われるこの魔法で祝福されない存在を召喚する私自体も祝福されない存在なのではないか。私はそれはどちらでもいいんだけど、父は家名に傷がつくと文句を言ってくるのだ。


 とはいえ今はそれは関係ない。まずはこいつらをどうにかしないと。


「な、何だこいつは!?」


 手下たちは思っていたのと違う、と叫び声を上げるが、こうなった以上やるしかない。仕方なく二人はドラゴニュートに向けて剣を振り降ろすが、所詮こいつらはただのチンピラ。

 ドラゴニュートは身をかがめて剣を避けると、懐に入り込んでチンピラの胸をぶすりと貫く。さらにその屈強な脚でもう一人のチンピラを蹴飛ばす。ただの蹴りであったが、チンピラは三メートルほど吹き飛ばされ、近くの廃屋の壁にしたたかに背中を打ちつけて動かなくなった。

 この間わずか数秒である。


「何だ?」


 その様子を見て頭らしき男は少女を捨てて立ち上がる。こちらは多少は戦闘経験があるのか、ドラゴニュートを見てもわずかに表情を変えただけで取り乱すことなくゆっくりと剣を抜いた。


「お前、何者だ?」


 聞かれたが当然答える義理はない。この男はさっきの雑魚よりも強そうだから私も集中しよう。


「エンパワード」


 私はドラゴニュートに手をかざして強化の魔法をかける。ドラゴニュートの体に私の魔力が注ぎ込まれ、淡い青色に光る。


 それを見た男はその大きな体躯に見合わぬ素早さで踏み込むと、目にも留まらぬ速さで剣を振り降ろす。私は魔法が使えるだけで剣は素人なのでよく分からないが、かなりの腕ではないだろうか。が、ドラゴニュートはそれを真っ向から剣で受ける。


 キン、と甲高い金属音がして剣と剣がぶつかり合う。


 そしてそこから二人は互いに剣で押し合った。しかしいくら力があろうと、強化された竜人に人間が叶う訳もなく、男は舌打ちして後ろに飛びのく。

 そこへすかさずドラゴニュートの鋭い突きが繰り出される。男は体を捻ってそれを避けると空振りしたドラゴニュートの懐に飛び込み、下から斬り上げる。


「バリア!」


 とっさに私は防御魔法を唱える。するとドラゴニュートの固い鱗が強化され、男の剣がぶつかるとガキン、と鈍い音がして止まった。カウンターの一撃を防がれた男は呆然としたが、それが命とりとなった。

 次の瞬間、ドラゴニュートの剣が背中を襲い、男は血を流してその場に倒れた。それを見て私はひとまず胸を撫で下ろす。


 が、戦闘に夢中になっていて気が付か鳴ったが、そこへばたばたという足音ともに数人の兵士が駆けてきた。


「何があった!?」「大丈夫か!?」


 ちっ、来るならもっと早くか私が立ち去った後に来て欲しくなったんだけど。内心溜め息をつくがもう遅い。

 慌ててやってきた兵士たちはその場の光景を見て驚愕しつつも、倒れている半裸の少女の姿を見て状況を理解したのだろう、悪者が成敗されていることに安堵した。

 おそらく私は彼女を助けた善意の第三者になるんだろうけど、こんな魔法使った以上身元は訊かれるだろう。そうなったら面倒だなあと思う私だった。


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