青天の霹靂①
サブタイトルが変わった通り、ここから物語が少しずつ動いていきます。
「和泉くん」
四月も難なく過ぎ去り、高校二年のGWが迫ってきたある日のHR後。今日は海谷と立石の練習も無く、河野の所属するバスケ部も自主練日なので、数少ない全員で下校する日である。
机の上の荷物を鞄に詰め込み、席を立とうとしたその時。背後から自分の名を呼ぶ声が聞こえて来る。背後となれば、その声の主は一人だろう。
「どうかした? 伸正」
振り返るより前に名前を呼ぶとその声の主、小田伸正がスマホ片手にこちらを見つめていた。普段学校ではそう長話をしない彼がわざわざ声を掛けてきたという事から、その内容にも大体の見当は付くが、一応疑問を投げておく。
「ほら、もう明後日からGWだから、そろそろイベント始まるし周回するかなって」
伸正が何かありげに話す時は、今の様に大体ソシャゲのイベントの話である。去年の夏休み前ぐらいの時に同じゲームをしている事が発覚してから、以降こうしてイベントの時には協力プレイで周回する機会が増えた。ゲーム自体はそれ程メジャーでは無いので、こういうリアルで連絡を取りつつ周回が出来る相手がいるのはかなり貴重だったりする。
自分自身ゲームに自由時間の殆どを注ぎ込むほどの廃ゲーマーと言う訳でもなく、暇な時に適度にプレイするぐらいで、スマホにダウンロードしているゲームアプリもこの一つだったりする。やり込み度で言えばエンジョイ勢の下っ端みたいなものだろう。
「まぁGWも暇だと思うし、多分やるとは思う」
「ならイベントやるときは一緒にやろう。連絡くれたらすぐ飛び込むから」
「おけ、じゃまた暇な時に──────」
「────いい加減にしなよ!!」
伸正との事務的なやり取りが終わろうとしたまさにその瞬間だった。クラスの中央辺りから、聞き覚えのある女子の怒号が響き部屋全体の喧騒を吹き飛ばした。恐る恐るその方向に視線を向けると、予想通り桝本が河野に牙を向いていた。
普段であれば「いつもの諍いか」と流す所なのだが、今日の桝本は明らかに普段と様子が違う。ジャブを打つ感じではなく、ノックアウト狙いのストレートを打っているようである。
「は、何急にキレてんの?」
「彩良が『チョコパフェ食べたい』って言ってたの聞いてなかったの?
何で彩良の意見無視してス○バ行くって決め付けんの?」
「いやいや、彩良だって今ス○バで良いって言ったじゃん。
アンタこそ聞いてなかったんじゃない?」
「彩良は『それでも別にいい』って言ったんだよ!!
そうやって今まで彩良の行きたい所一回も行った事ないじゃん、それがいい加減にしろって言ってるんだよ!!」
二人の言い争いを聞く限り、どうやら話の中心にあるのは星条の行きたい所を無視して、河野が勝手に遊びに行く場所を決めた事らしい。いつもの事と言えばいつもの事なのだが、どうやら桝本にとってそれが我慢の限界に達したらしい。しかし背の低い星条を挟んで、星条の好きな所に行く行かないで喧嘩するって親子かよ……絶対怒られるから言わないけど。
星条はまさか自分の事でここまでの大喧嘩になると思っていなかったようで、どっちにどう言葉をかけて良いのか困っている様子だった。というか、今にも泣きそうである。
「別に彩良がそれで良いって言ってるんだから問題ないでしょ。何でわざわざそんな事でキレてんの、意味分かんない」
「……彩良はさ、去年もそれで限定スイーツ食べ逃したよね。あれだけ食べたがってたのに。
今年も食べ逃して良いの?」
「わ、私は……」
知らなかった、星条に去年そんな事があっただなんて。元々星条と桝本は休日にお菓子作りを一緒にするぐらいには仲が良く、二人が大のスイーツ好きというのも有名な話だったりするのだが。
突然の桝本からの問いかけに星条のテンパりは最高潮に達し、見ているこっちが泣きたくなるような悲壮感満載の顔で二人を交互に見やっている。何か言いたい事があるのだろうか、胸の前で手をぎゅっと握り締めて、そして口を開いた。
「え、っと……私は、鯉だなぁ、なんて」
「……ごめん、ふざけてるの? 紗良」
あぁ、やっぱり星条はこんな場面でも星条だった。多分今の自分の状態が池で餌を待つ鯉みたい、って言いたくてそういう発言をしたのだろうけど、流石にこの場面では普通に話した方が良いと思うぞ……もう手遅れだが。
こういう言い争いの時、普段であれば立石が割って入る所なのだが、どうやら今回ばかりは割って入る気力はないらしい。クラスの爽やかイケメン担当の海谷でさえ、自分の机から動けず仕舞いだったりする。自分は、検討するまでもないだろう。外野はしゃしゃり出ずに、大人しくしているのが一番である。
「……ごめん、もういいわ」
「はっ? ちょ、美月どこに────」
話が終決する前に失望した、いや、諦念したのだろう、桝本はそれ以上何も言わず鞄を持って教室を出て行ってしまった。
「────何なの、アイツ。気分悪いんだけど」
河野からすれば途中まで熱せられて放置されたような感覚なのだろう、苛立ちを抑えられずに舌打ちする彼女を最後に、この大騒動は終わりを迎えた。そして、これを最後に、桝本と帰る日は二度と来なかった。