運命を導く定理⑦
倉庫の騒動はこれでお仕舞いですね。
「僕達が倉庫に来たときは、扉は開いていたんだ。だから荷物だけそこの棚に戻して帰ろうとしたんだけど……」
「……見た所、棚の足が折れて倒れてきたって感じか。かなり老朽化が進んでいたんだろうな」
「うん、それで倒れてきた棚が梗佳ちゃんにぶつかりそうだったから、咄嗟に僕が間に割って入って、そのまま下敷きになっちゃったって感じ」
「真に助けられたのは良いんだけどね。どうも逃げ方が悪かったみたいで、結構強く足を捻ってしまったみたい。今でも結構キツイかな」
東大寺の状況説明を聞いている間も立石はずっと足首を抑えていて、表情には余り出していないが確かに辛そうではあった。幾ら倉庫から出られるようになったとはいえ、このまま歩かせるのは非道だろう。
「ま、何はともあれ二人共大きな怪我は無かったみたいだし、早く皆の所に戻ろうか」
「そうだな。東大寺は立石をおんぶしてあげてくれ」
「うん分かった」
「え、いや私歩ける────」
「無理するなって」
彼女の事だから恥ずかしいとでも思っているのだろう、だからといってここには怪我人を歩かせるような奴は居ないが。東大寺が荷物運びを手伝った時もそうだが、彼女の様なタイプには多少強引なぐらいが丁度いいのかもしれない。
東大寺が立石をおんぶしたのを確認し、すぐに倉庫から出る事に。東大寺にはそのまま保健室に向かって貰い、自分と海谷は河野達の所に状況説明をしに行くことにした。
「あ、一也おかえり。二人は?」
「うん、一応は二人共無事だった。
でも梗佳は怪我したみたいだから、真が今さっき保健室に連れていってる所」
「ふーん、なら皆で見に行こ」
「あっ、なら私は梗佳ちゃんの荷物取ってから向かうね」
「彩良ありがと。じゃあ先に行くよ」
戻って大雑把な部分だけ説明すると、特に深く掘ってくる事もなく河野達は保健室に向かおうとした。星条だけは彼女の所属する女子陸上部が更衣室に使っている部室に荷物を取りに別行動をし、自分含めた他四人はそのまま保健室へ直行した。
保健室は万が一の為に全ての部活動が終わる時間まで開いているので、幾つかの教室が暗然としている中、その部屋だけは隙間から明かりが漏れ出ていた。
「「「失礼します」」」
「失礼しゃーす」
海谷がノックをし、中から先生の返事を確認してから保健室に入室する。一人だけ態度が違うのはどうか大目に見て欲しい、彼はそういう奴なのだ。
保健室に入ると中では立石が先生に手当てして貰っている最中だった。捻ったのは左足首のようで、左足だけ靴と靴下を脱いで包帯を巻かれていた。
「先生、梗佳は」
「見た所ただの捻挫だけど、もしかしたら深い部分で炎症が出てるかもしれないわね。強く捻ったら捻っただけ、この炎症は大きくなっちゃうのよ。
明日には病院で見て貰った方が良いわね、放置は厳禁」
「そう、ですか……」
河野が尋ねると、先生は医療知識がない自分達に分かりやすく症状を説明してくれる。捻挫と言ってしまえばそれまで、と思いがちだが、歩行に障害が出る程には手痛い怪我である。特に、スポーツウーマンである立石にとって捻挫は相当な怪我だった。
「何にせよ、暫くは安静にして頂戴。部活動も完治するまで禁止、松葉杖を貸しておくから、歩くにしてもなるべく足に負担を掛けない様にね。いい?」
「はい、分かりました」
「両親は今ご在宅? 出来るなら迎えに来て貰いたいのだけど」
「いえ、両親はまだ仕事中です。帰って来るのも、二時間後ぐらいだと思います」
「そう……それは困ったわね」
彼女の両親は夜遅くまで共働きらしく、今すぐ彼女を迎えに来て貰う事は厳しいようだった。他にも祖父母や近親者、保護者代わりになって今迎えに来れる人は居ないかと先生が尋ねるも、立石は全て首を横に振った。
「本当に困ったわね……あと一時間もすれば保健室も閉める事になるし、二時間後までここで待機してもらうのは厳しいわ。
……何とか保護者に来て貰うしか無さそうね」
「……はい、分かりました」
「貴方達は遅くなる前に帰りなさい。後は私の方でやっておくから」
「分かりました。じゃあ梗佳、また明日な」
「梗佳ちゃんお大事にね~!!」
「ええ、また明日」
先生に促されて、自分達は立石を残して保健室を後にした。丁度そのタイミングで星条が彼女の荷物を持って来たのでそれを保健室に届けさせ、六人でいつもの帰路を行く事になった。その間も六人の話題は彼女の怪我についてで、本当に友達想いの良い奴らばかりが集まったと思う。
ただ、この中の何人が分かっているのか分からないが、恐らく本人の立石は分かっているだろう。ここで捻挫したという事は、まず間違いなく体育大会には出れないという事。そして、陸上部にとって足を負傷し、暫く練習が出来ないという莫大な損失が生じてしまうという事を。
だからこそ────保健室を出る前に垣間見た彼女の顔がどこか暗かったのは、見間違えなどでは無かったのだと思う。
友人の為に出来る事は意外と少ない。
分かっているからこそ、複雑な気持ちになる。