運命を導く定理⑥
珍しく非日常回かもしれません。
「立石? そこに居るのか?」
「えぇ、でも出られそうにないのよ」
「出られないって……ちょっと待ってろ」
中で何が起きているのか分からないが、どうやら中から出て来れる状況ではないらしい。隣で聞いていた海谷とアイコンタクトを取って、倉庫の扉を力一杯横に引いてみる。
「固っ……でも、鍵が掛かってる訳じゃ無さそうだな」
「立石、扉が開かないんだがどうなってる?」
「中の棚が引っ掛かってると思う。裏の窓が鍵が掛かってないから、そこから入れないか試してみて」
「分かった、試してみる」
海谷と倉庫の裏に回り、上の方に窓が一つ付けられているのを確認する。跳んで指先が触れるかどうかの高さなので、ここから入るには何か台になるモノが必要になる。しかし、ざっと周囲を見渡してみても、台の代わりになりそうなものは見当たらない。
「……困ったな。誰かに自転車でも借りて来るか?」
「誰かって誰にだよ。
それよりも海谷、お前何キロだ?」
「え、60キロぐらいだけど……何か策でも?」
「なら自分の方が軽いか……海谷、肩車しよう」
「……理解はしたけど、大丈夫か?」
海谷の心配が自分についてなのか、それとも成功するかどうかについてなのかは分からないが、取り敢えず首を縦に振っておく。自分と海谷の身長を考慮すると、肩車すれば十分に手が届く高さになっている。窓が開くのであれば何とか中に入れるかもしれない、今時間を取らずに出来る事と言えば、肩車ぐらいしか思いつかなかった。
自分の考えを理解してくれた海谷は壁に手を掛けてしゃがみ込み、肩車する準備をする。何もない場所で行えば肩車は不安定だが、倉庫の壁を利用すればそう難度は高くならずに済む。
「ん……何時でも立ち上って良いぞ」
「了解、じゃあ行くぞ。せーのっ!」
下の彼の掛け声に合わせてみるみる視界が上がっていく。想定よりもかなり安定感があり、土台になってくれているのが脚力の強い海谷で本当に良かったと思う。
「どうだ? 中の様子は見れるか?」
「あぁ────中の状態は、理解した」
窓の縁に手を掛け、倉庫内で何が起こっているのか見てみると、中ではこちらの想定よりも悪い状態が起こっていた。
倉庫内では立石が自分の足首を抑えて地面にへたり込み、そのすぐ傍では東大寺が倒れた棚の下敷きになっていた。彼から血が出たりはしておらず、立石の表情から無事ではあるのだろう。ただ、あまり長い時間重たい物の下敷きになっているのが良くない事ぐらい考えなくても分かるので、急いで助け出すべきだろう。
立石の言う通り窓に鍵は掛けられておらず、スライド式ですぐに開けることが出来た。窓はそれ程大きくなく、それなりに筋力は必要だが侵入する事は可能だった。
窓の裏の出っ張りに指をかけ、力一杯身体を持ち上げる。窓の下は積み上げられたマットだったので、窓の内側に下半身を通し、重力に任せてそのまま真下へと落下する。マットがあったのは本当に幸運だと思う、これが無ければ流石に窓から入るのを躊躇っていた所である。
「ふぅ……安全だとは言え、高い所から落ちるのはヒヤッとするな」
「その割には迷いが無かったようだけど?」
マット上でそんな感想を述べていると、皮肉めいた言葉が中央の方から聞こえて来る。一部始終を見ていた立石からのお言葉だが、もう少し労わって欲しいものである。
「それで、立石は……いや、それよりも先に東大寺だな」
「ん……和泉くん、僕ならまだ大丈夫だよ?」
段ボールの積まれた棚の下敷きになっていた東大寺が返事をするが、体格の良い彼であっても長時間重たい物の下敷きでいるのは相当な負荷がかかる筈。幾ら本人が問題ないと思っているとしても、放置する訳にはいかないのは自明の理だろう。
「ちょっと待ってろよ、今持ち上げるから、そのタイミングで出て来れるか?」
「う、うん。いけると思う」
「よし、じゃあ行くぞ。せーのっ」
一人で元の位置まで戻すのは無理な棚でも、人一人が這い出てくるぐらいまでなら何とか持ち上げることが出来る。十数秒あれば、東大寺ほどの大きさでも抜け出せるだろう。
自分の掛け声と共に古びた棚が僅かに持ち上がり、少しだけ自由に動ける空間が生まれる。それを見た東大寺が腕の力だけで這って立ち上がり、何も言わずに棚を持つのを手助けする。
「このまま一気に壁まで押し上げてしまおっか」
「え、あ、おん」
特に掛け声をするでもなく、ただただ個人がありったけの力を込めて元居た所に古物を押し上げていく。自分一人だったら元の場所に戻すなどという発想が出ない位の貧弱なのだが、東大寺一人加わるだけで先程までの重量感がまるで嘘みたいに感じてしまう。
「ふぅ……助かったよ和泉くん」
「何でさっきまで下敷きだった奴がそんなにピンピンしてるんだよ……」
「まぁ、身体だけは頑丈だからね」
自分の胸を軽く叩いて得意げに語る東大寺だが、それは皮肉や自虐と捉えられてしまうぞ。現にすぐ傍にいる立石も固い笑みを浮かべてしまっていたりする。そういう役は零善だけでお腹いっぱいだからな。
何にせよ東大寺と共に棚を元の位置に戻せたお陰で、倉庫の扉が開くようになった。元々鍵もかかっていなかったので外から海谷を招き、当事者たちから一体何があったのか話を聞くことになった。