運命を導く定理①
またこんな時間に……すみません、夜型人間なもので。
今日からまた新しいサブタイトルで進んでいきます。
中学の時と違い、高校のテストは科目数が圧倒的に多い。国語で二つ、数学で二つ、英語で三つ、理科で二つ、社会で二つの計十一個のテストを、三、四日間かけて行う。中間テストだから主教科の五教科のみのテストになっているが、期末テストになるとこれに副教科が加えられ、連日大量の暗記勝負を強いられる事になる。
よく二週間前からテスト対策に備えろ、という注意喚起は耳にするのだが、正直な話それでは間に合わない。そもそも十一個分を毎日コンスタントに復習できるわけもなく、もし仮に一つ辺り三十分設けたとしても、毎日五時間半の復習を求められる。常人であればこれがどれだけの苦行を強いているのか理解して頂けると思う。
ただ、これを乗り越えた人が”大学生”であり”社会人”であり、更に上のフロアに進む権利が与えられた存在になるのだろう。
(……だとしても、やっぱり無理なものは無理だよな)
一週間ほど前から力を入れてきた筈の地理の問題用紙と解答用紙を見比べ、後半の穴開き具合につい諦念が生まれてしまう。黒板の上に掛けられた時計によると、残り時間はもう五分も無い。その残り時間で、この埋まらない空欄に本来収まる筈の単語を、脳内のどこに保管されているか分からない状態で引っ張り上げないといけないのである。これならまだ、習った範囲で大学入試数学を扱った方がまだマシである。
「────そこまで!!」
試験監督官である先生の号令に合わせて、教室のあちらこちらでペンの置かれる音や紙の擦れる音が舞い上がる。結果がどうであれ、テスト最終日の最後の科目である地理のテストが終わったことに取り敢えず一安心している自分がいる。
裏返されたテスト用紙の束が後ろから回って来るのを受け取り、その上に自分の物を重ねて前に送っていく。きっと、次にこの紙に触れる時はもっと雑に触れるのだろうと、そんな事を思いながら。
「えー、今日で中間テストは終わりです。明日からはまた通常授業に戻るので、そのつもりで」
先頭に座る生徒全員からテスト用紙の束を回収した試験監督教員はそう告げると、足早に教室を去って行く。それを皮切りに、教室内ではどっと喧騒が湧きおこる。その多くがテスト終了に対する歓喜の声であったり、色んな意味でテスト終了した悲痛の叫びであったり。大体がこの二つに分類される。自分は、というと、その物量は少ないだろうが前者だと思う。
問題用紙と筆記用具を鞄に放り込んでいると、前の方から東大寺が歩いて来る。もう帰る準備は整えたらしく、鞄を肩にかけていた。
「和泉くんお疲れ様ー。多分みんな外で待ってると思うよ」
「ん、そうだな」
東大寺と後ろ側の扉から教室を出ると、他の生徒で廊下は暑苦しくなっていた。もう五月も下旬に差し掛かろうとしていて、ちょっと人が密集すればそこに小さな雲でも出来上がってしまうのではないか、という程には外気に熱が溜まりやすくなっている。
鞄の前ポケットからミニタオルを取り出し、額に浮かび上がった汗を拭きつつ人混みを掻き分けて進んでいくと、階段前の広間で海谷達が談笑していた。どうやら星条も先に来ていたようだ。
「海谷くんお待たせー」
「二人ともお疲れさん。さ、立ち話も何だしそろそろ行こうか」
「そろそろって……」
自分と東大寺が揃った事を確認した海谷が階段の方へと歩き出そうとするのだが、今この場にいるのは自分を含めても六人しかいない。頭数がいつもと違うのは見てすぐにわかった。今この場に居ないのは……立石だ。
「あぁ、立石なら体育大会の準備で呼び出されてる。
陸上部は体育大会の機材確認の手伝いをさせられてるみたい」
「去年はアタシらバスケ部だったからね。体育会系の部活で回してるんでしょ」
「そうみたいだね。来年はサッカー部の可能性もあるのかなぁ」
体育会系のクラブに所属している海谷と河野がそんな会話を広げる。なるほど、自分の知らない世界ではそんな事が起こっていたのか。それを知った事で、よりそちら側の世界に足を踏み入れたくないと強く思うようになったが。
「うへぇ~そろそろ体育大会かぁ。高校のってあんまり面白くないからな~」
「去年は六月の最初の週にあった筈だけど、今年は確か五月の末だったっけ?」
「真くんそれマジ? ちょっと早くなるの全然嬉しくないんですけど~!!」
零善の言う通り、この高校での体育大会はあまり派手には行われない。学校側としては『怪我のない程度で楽しく運動する』のが目的らしいので、どうしても大きな演目をプログラムに組み込めないようだ。体育に生き、体育と共にある運動部側の人間であれば地の涙を出す所なのだろうが、運動が得意ではない自分からすれば結構有難かったりする。ただまぁ、少なからず自分と反対意見を持っている人間がいる以上、この話をわざわざする事も無い。
「ま、アタシ的にはやるならちゃっちゃとやって欲しいけどね」
「私は……やらなくて良いならやりたくない、かな……」
「あー、彩良は苦手だもんね、運動」
「うん……よくコケるし、走りたく無いなぁ」
誰にも届く事の無い悲痛な声を漏らす星条に、その場にいた皆が思わず笑ってしまう。去年の彼女は確か……借り物競争だったっけ。まぁ極論借りる相手さえすぐに見つかれば、そう走る事の無い競技である事は確かである。
その後も六人で、今日がテスト最終日であることなど忘れて今年の体育大会について色々思いを馳せるのだった。
不定期更新です。
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