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1 コンタクト

 

「もうおめーの研究データじゃねえから!」

「いつまで陰キャ眼鏡の相手してんのよ」

「カテキンの新作配信きてんぞ複製魔法チートやってみた。だって」

「パイセン退職金もらえて良かったっすね」


 数年前、信じていた親友は僕の研究データを盗み、新商品の開発プロジェクトのリーダーとなった。

 皆はそれに気づいていて、あえて素知らぬフリをした。

 反対に僕の方がデータを盗んだという汚名を着せられ研究所を追放された。


  このまま日陰で寂しく研究するのか……。日陰に生えた研究材料の毒キノコを採取しながら昨日のことのように怒りと喪失感を思い出す。


「この恨み、はら「ヘイ! そこのコミュ障そうなメガネ!」

「誰がコミュ障か……ごほ、私に何か用ですか、お嬢さん」

「あのね、私ね、そのね」


 薄緑髪の少女は顔を真っ赤にしながらもじもじと指先をツンツンしだす。

 これではどっちがコミュニケーション苦手なのかわからん。


「ミスター・ラネウス。私と結婚して!」

「は?」


 研究所をクビになり、他のラボのアテのも定職もないが結婚など無理に決まっている。……とも言い切れない。

  もしかしてだが、彼女は富豪の娘で僕を養ってくれるんじゃないのか?


「貴方、数年前にクラールの第二研究所をクビになったそうね。再就職先がないなら魔法学園で薬学の講師になってもらえない?」

「突然だな……結婚の話どこいった。地球にでも旅行中か?」

「このまま泣き寝入りなんてイヤじゃないの!? クビにした研究所へ報復をしなくていいの?」


 どこまで事情を知って同情してくれているのかは分からないが……。


「魔法学園なら公放送テレヴィニスタに出ているような有名な科学者になれそうだ。

 奴らのような動画配信ユテウバズばかり見ている宴会浮付奴パーレーペーポーの鼻をへし折れる」


 ■


「どうぞ」

「プリマジェール学園長」

「失礼します」

「おお、講師候補を連れてきてくれたかグリッタ。クラール人なら薬学の講師として安心だね」


 入室と同時に経済力があり、ゆくゆくは僕の研究費用となる給料が安心できる学園の代表者であることがうかがえた。

 薄い紫の髪はプルテノ人ということが確定しており、その色こそ金がある証拠だ。

 プルテノの星民(ほしたみ)は育ったコロニーの影響で肉体が成長するにつれ通貨に使用している鉱物化する。

 全世界の銀行の元締めであるが故にキャッシュレス決済が己の意思一つで可能になっている。


「君はたしか、ゲノムの研究をしていたそうだね」

「はい」


 魔法界(ミーゲンヴェルド)の創世の謎を解き明かすべく集められたチームで、科学者を志すものが初めに調べることと言えば、魔法界と酷似した地球(テラネス)についてだろう。

 我々の髪がカラフルなのに対して、地球は黒か茶色か白、もしくは金しか生まれないという文献がある。

魔法界において原色が元生の種族で混色の髪は遺伝子組み換えにより他の国との間に生まれた人間だ。

 ややこしいことに、魔力が高いほど髪の色素が薄くなる。ただし、銀髪や白髪が最強という意味ではない。

 色がついているのは得意な魔法の属性に関係している為で、完全な漆黒の髪でも大魔導一族はいる。


「誠心誠意、努めます」


 ■


「薬学のリフィーラ王女が公務で忙しくなられるので、代わりの講師をお呼びしました」


 ガルソル教員が生徒たちに僕の紹介をする。軽く会釈して、後は彼に取り仕切っていただく。


「クラールの先公の授業なんて受けてられっか!」


 いかにもクラスの問題児、といった雰囲気の深紅髪(ワインレッド)の男子生徒が席を立ったので、ガルソル氏は鉄で出来た棒をチョークのように壁へ投げつけた。

 いきがっていた生徒は一瞬でおとなしくなり、青ざめた顔で自分の席に着く。


「ハードですね」


 いくら相手がマージルクス人で、こちらと中の悪い種族(せんとうみんぞく)だとしても、大人として声をあらげてはいけない。

 彼等は根本的に考え方が違うから仲良くなんて期待するな。よし、眼鏡を拭いて落ち着こう。


「この程度はいつもの事ですよ」


 彼は涼しい顔で手を叩き、授業を開始すると言う。これが魔法学園の教員の貫禄というものなのだな。


「では皆さん、作りたい薬は?」

「はい!」

「ではランヴァーナさん?」


 サーモンピンク髪の生徒はマージルクスの連合惑星、フィエール人だ。

人生の行動半分が戦場で占められている一族。おそらくは爆弾や鉄砲の火薬を聞いてくるのは予想できる。

 だがしかし、僕の場合は追放されてから兵器の勉強を始めたので、本職の彼女のほうが家庭で細かいことを教わっているだろう。

 よって、ここで聞かれるのは別物のはずだ。


「睡眠薬! ドラゴンが狩れない!」

「初心者にはいいな」


睡眠薬といえば、スリープス人は睡眠魔法が得意で、星では彼等が薬品用の植物を栽培している。

 

「この普通のヨモギとニガヨモギはそれぞれ改良品があり、改良品の場合は栄養素が倍に圧縮されているんだ。」


 緑ばかり見ていたせいで僕を勧誘してきたグリッタの席を無意識に探すと、目が合った。

彼女は手を振っているが、授業中なので無視する。大量の葉っぱが頭上に落ちてきた。

 間違いなく彼女の仕業だろうが、自分の意志で魔法を発動できるほどの実力がある証拠だ。


「悪くないな」


頭上に水を降らせるのは周りに迷惑がかかるので、氷の花を彼女の席に乗せた。

 当然それは解けるので、グリッタは慌ててハンカチでそれを包む。


「ラネウス講師はいじわるね!」

「科学者……いや、僕に優しさを求めることが間違いなんだ」

「そんなことないわ、科学者(あなた)は優しいわよ」


何を根拠に断言できるのか、いかにも単純そうな少女なのに彼女は何を考えているかわからない。

 

「なーにみてるの?」

「君の髪が奇麗だと思ってね」


生徒の髪色でこのクラスの配分を探ると、結構いろんな種族がいる。

 スリープス人のスリーピアは薄い黄緑、彼女(グリッタ)の場合は薄緑なのでグリテアという風に違ったりするのが面白い。


「私のこと好きになってくれたのね!?」

「なぜそうなる?」


一からそう思った経緯を説明してもらいたい。


「だれか助けて! 落としちゃった!」

「大変! 困っている人がいるわ」

「あいつは……」


どこかで見たような気がするのだが、顔が違うのでおそらく知っている奴ではない。

僕には関係ないことなので、近くのカフェから眺めることにしよう。


「大丈夫? 私も手伝います」

「あ、気をつけて!」


パリーン!!


「オーアイ・グラス!」

「ごめんなさい。コンタクト壊しちゃったわ」

「あんた……なにしてんのよ!」


コンタクトレンズをバキバキに砕かれて、女は激怒した。


「やめないか、コンタクトくらいまた買えばいいだろ」


あの男! となれば、あそこにいる女は……。


「このカラコン高かったのよ素材だって……」

「弁償するので、明日この場所に来てください」


女は揉めていたグリッタと話を終えて去った様子だ。


「グリッタ」

「どうかしたの?」

「力を貸してくれ」




「来てやったわよ」

「じゃあついてきてください」


女がグリッタに連れられて廃墟へやってくる。


「久しいな」

「陰キャ眼鏡!」


この反応からして、やはりこいつは裏切りメンバーだったようだ。

一緒にいた男が忌々しい宿敵であったことから、関係者と推測したのは正しかった。


「君は左右で特注のコンタクトだったよなあ……片方だけでは不便だろう?」

「そんな細かいことまで覚えてるとか気持ち悪い! だいたい何なのよ! 

あんたが代わりに弁償すんの? クビになってどこの研究所にも相手にされなかったらしいじゃない!」


こんなやつに高いコンタクト代が出せるのか、疑わしそうな眼を向ける。


「今は魔法学園で講師をしている」

「だから? 自慢のつもり?」

「あなた、どうしてさっきからラネウスにつっかかってるの?」


グリッタは顔をしかめて女をじっと見つめた。


「クソガキつれていい気にならないでよね。陰キャは陰キャらしく陰に隠れてろっての!」


パーン! 女の頬を華麗なフォームで引っぱたくグリッタ。女は呆気にとられ、僕は唖然としながら拍手を送った。


「コンタクトどこ!?」

「ここにあった」


もう一つのコンタクトレンズは僕の目の前に落ちていた。


「返してよ!」

「あったと言っただけで、別にとってはないだろ」

「なんでもいいからはやく!」


「僕は潔癖症ではない。……かといって君のコンタクトレンズを素手で拾いたくないな。

眼鏡も悪くないものだよ。僕はダテ眼鏡なんだがね」


僕は親には恵まれていたからか、物語の極悪人のような突き抜けはできない。

どこかしらで優しさのようなものが復讐を弱めてしまうようなのだ。

つい彼女がよく見えるように用意していた眼鏡を提供してしまった。


「あ、コンタクト見えた……ありが……」


彼女がコンタクトに手を伸ばす。僕はすかさず念入りにすりつぶす。

ザリザリの粉になるまでよく擦ったら、靴底まですり減った。

物に罪はないが『僧侶憎けりゃクロスも砕け』という精神だ。


「足で拾おうとしたが、故意に踏みつけてしまった」



少し腹の虫がおさまったので、女はあの場所に放置して移動した。



「緊張した。……これで僕は優しくないとわかったか」

「殺さないなんて十分優しいじゃない」

「すぐ殺すというのは賢くないぞ。あれで充分なんだ」


あいつには殴られたわけでもない。一番許せなかった点、眼鏡を馬鹿にされたことをやり返せたことで充分だ。


「でも満足ではないんでしょ?」

「そうだな……ひとまず、君がきっかけを作ってくれたことに感謝する」


『ありがとう』そう告げるとグリッタは満面の笑みを向けた。


「さて……明日も授業だったな」










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