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勇者のハラワタは美味いらしい  作者: 呑竜
「第二章:残るは四人」
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「カーラは」

 ~~~七星セプテム~~~




 ヒロたちが逃亡を始めた日の翌朝、まだ陽の昇りきらぬ頃だ。

『オールドドラゴン・イン』三階の一室に、武装した四人の男女が集った。

 いずれも年若く見た目も麗しいのだが、それは棘のあるバラがそれ故にこそ美しいのにも似ていた。


 さもあろう、四人は七星セプテムの一員である。

 リディア王国全軍団総数三十万兵の中より選出された、化け物中の化け物である。

 弓に鎖鎌、杖に長剣。

 各分野を極めし達人四人が、触れれば切れるような恐るべき気配を漂わせながら、互いの出方を窺っていた。



 そんな中、ひとりの女が口火くちびを切った──



「レインの裏切りよ、間違いないわ」


 部屋の中央。

 笹穂ささほのように尖った耳が特徴のハイエルフの美少女──実年齢はともかくとして──『神弓しんきゅうのシャルロット』がガタンと音を立てて立ち上がり、確信に満ちた声で言った。


「だって、おかしいじゃない。こんな時刻になるまでなんの連絡もなくいきなり東門を抜けるだなんて、尋常じゃないでしょう? それとも本当に、幼いふたりのロマンスだと思ってるの? 冗談じゃないわ。レインは抜け駆けしたの。ヒロをどこぞのお貴族様か、あるいは他勢力に売り、ついでにご馳走に(・ ・ ・ ・)預かろう( ・ ・ ・ ・)って寸法よ。意地汚い丸耳族の娘が、いよいよ本性を表したのよ」


 皆が鉄頭巾コイフ付きの鎖帷子チェインメイル、『剣を噛む獅子』の紋章が刺繍された軍衣サーコートを着ている中、彼女だけがハイエルフらしく草木染めの短衣チュニックを着ている。

 手には白木の長弓ロングボウ、背には矢筒クィヴァーを背負い、今にも駆けだして行きそうな構えだ。


「今すぐに追いましょう。追って、仕留めるの。大丈夫、レインひとりが敵に回ったところで、わたしの矢は止められない。1000メル(メートル)先にいようと必ず追尾し、射抜いてみせるわ」


 誇り高きハイエルフは、仲間の裏切りを決して許さない。

 シャルロットはたけり、さあ討伐に出かけようと皆を煽った。





「……まあ、そう結論を急がないほうがいいですよ。シャルロットさん」


 肘掛け椅子に座り愛用の鎖鎌の刃を撫でているのは『縛鎖ばくさのパヴァリア』だ。

 由緒正しき貴族の血を引く二十歳の青年は、いかにも優男然やさおとこぜんとした顔を怪訝けげんそうに歪めている。

 胸にあるのは当然、今回の騒動のことだ。


「どうもおかしいんですよね。レインの性格についてはあなたより詳しいつもりですが……ほら、僕も一応(・ ・ ・ ・)丸耳族なのでね?」


 先ほどのシャルロットの差別発言に釘を刺しつつ、パヴァリアはゆっくりと話を進める。


「その上で思うんです。あまりに唐突に過ぎるんじゃないかと。ヒロの肉体はそりゃあ魅力的でしょうが、だからと言って僕らを裏切るほどですかね? どこぞの貴族、あるいは他国へ売り渡して報奨を得るにしても、このタイミングですることですかね?」


「……どういう意味よ」


「逃亡するにしても、潜伏にしても、相手は僕ら七星だってことですよ。僕らの追撃を振り切るほどの算段があるのかということですよ。はっきり言いますが、僕らは強い。レインに一個軍団が味方した程度じゃ話にならない。そんなことはレインだって承知しているはずなんです。にも関わらずこのタイミングで仕掛けて来た。それがどういう意味を持つのか……」


「何よ、臆病風に吹かれたならはっきりそう言いなさいよ」


 シャルロットは、パヴァリアの慎重さを鼻で笑った。


「違う、そうじゃない。僕はただ……」


「違わないわよ。老柳(オールド・ウィロウ)幽霊ゴーストと見間違える子供とまったく同じだわ」


 パヴァリアはムキになって言い返すが、精神的に優位に立ったシャルロットは意にも介さない。



  


「お黙りなさい、ふたりとも。団長カーラの前よ」


 ふたりの言い争いをピシャリと遮ったのは、古の森の黒木(エルダーウッド)魔杖まじょうたずさえた『不死(死なず)のミト』だ。

 歳は二十半ば。どんな過酷な戦場からでも絶対無傷で帰還するという伝説を持つ黒髪褐色のエキゾチックな美女は、カーラの昔からの側近そっきんでもある。


「意見は意見として聞きましょう。でも勘違いしないで。七星は七芒星ではない。カーラを中心とした六芒星なの。わたしも含めたあなたがたは、いくらでも替えの効くただの属星。わたしの言いたいこと、わかるかしら? つまりは己の分をわきまえて話しなさいってこと」


『…………っ?』


 あんまりな物言いに一瞬顔色の変わるふたり──しかし、正面切って反論しようとはしなかった。


 なぜならば、ミトの後ろに誰がいるかを知っているからだ。

 そいつがどんな力を持つ者であるかを知っているからだ。


 ふたりが反論しないことで機嫌を良くしたのだろう、ミトはにっこにこな笑顔になった。


「さ、カーラ。わたしたちにお言葉を頂戴な。弱く哀れな属星に、あなたの麗しき輝きを分け与えて頂戴な」


 カーラを見つめるその目が熱くうるんでいるのは、紛れもない。

 彼女がカーラを愛しているからだ。

 女性として、女性を。





 ──今すぐ討伐すべしと鼻息の荒いシャルロット。

 ──背後関係に注意すべきだと主張するパヴァリア。

 ──すべてをゆだねる姿勢でいるミト。

 

 三者三様の意見を聞いたカーラは、その冷徹な戦いぶりから『皆殺みなごろしのカーラ』と呼ばれる青髪短髪の美女は、重々しく口を開いた。

 

「……理由は、知らぬ。思惑も、知らぬ。そもそもが、どうでもよいのだ」


 ゆっくりと、氷のように冷たい言葉を吐き出した。


「ただ我らは、遂行するのみだ。王命おうめい受諾じゅだくし、実行するのみだ。ヒロが逃げるならば追い、捕らえる。レインが幇助ほうじょするならばこれを討ち、即座に殺す。それ以外の有象無象うぞうむぞうがいるならば、全員殺す。それだけだ」


 討ち漏らすかもしれないとか。

 被害が出るかもしれないとか。

 カーラはそんなことを考えない。

 自分がこの世の誰より強いと確信しているからだ。


『…………っ』


 恐ろしいほどの自信に、その身から発散される覇気に、三人は思わず息を呑み込んだ。


「ジャカとベックリンガーが物見ものみより戻り次第、出撃する。粛々(しゅくしゅく)下知げちを待て」


『……はっ』


 異論も意見も認めない。

 団長としてのカーラの言葉に、皆は一斉にひざまずいた。


 実際、その判断は正しいように思えた。

 正規の方法(エイドスカードを提示する)で東門を抜け、近くの森へ散歩しに行くと門番に告げたヒロとレインの思惑と背後関係は、現時点では測りかねる。

 傭兵出身で長年斥候(スカウト)を務めてきたジャカと、六頭立ての戦車を駆るベックリンガー、情報収集能力と機動力を兼ね備えたふたりにまずは追わせ、適宜行動を開始する。それが最適解であると誰もが思った。


 計算外なのは、アールの存在であった。

 勇者を救うために張り巡らせた彼女の策謀の数と深度を、この時点では誰一人として、想像していなかったのである……。

 

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