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勇者のハラワタは美味いらしい  作者: 呑竜
「第一章:謎の援軍」
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「悪魔の儀式②」

 ~~~フルカワ・ヒロ~~~



 

 首の静脈に俺の血(・ ・ ・)を注射されたレインは、「あああああーっ!?」と大きな声を上げて身悶えた。


「やだやだやだ……っ」


 床を這うようにして逃亡を試みたが、それはアールが許してくれなかった。

 あっさりと捕まり、その場に組み伏せられた。


「……あっ、…………あっ?」


 5秒が過ぎ、10秒が過ぎた頃、レインの様子に変化が起き始めた。

 頬を紅潮させ、大量に汗をかき、左右に身をよじり出した。


「ん……くうぅ……ん、あぁぁぁ……?」


 スンスンと鼻を鳴らすしぐさと相まって、その姿はどこか淫靡いんびに、エロチックに見える。


「ええと……これはもしや……ひょっとして……?」


 俺はゴクリと唾を呑み込んだ。

 つい先ほど放たれたばかりのアールの言葉が、脳裏を駆け巡った。


 ──ひとたび打てば天にも昇るような気持ちよさで、抵抗など万が一にも出来ぬ。しかも中毒性があって容易にはやめられぬ。やがては心までも蝕まれ、聖女ですら悪魔の靴にキスをするようになる──


 あの時は何を言ってるのか本当にわからなかったんだけど、今ならよくわかる。

 

「あううっ、くううぅー……っ」


 レインは石畳の床に盛んに体を擦りつけている。

 息を荒げながら何度も、何度も。

 あれはたぶん自慰行為なんだ。

 自らの中に灯った欲情の火を冷ますために、やむなくそうしているんだ。


「まさか……本当に俺の血のせいで……?」


 自分の血が、人をこんなにも変えるだなんてまるて思っていなかった。

 しかもレインを。

 小さな頃から戦場で生きてきて、男性とつき合ったことどころか好きになったことすらないのだというあのレインを。

 こんな……こんなにも変えてしまうだなんて……。


「はっ……はっ……。……ぁっ、やあああぁんっ?」


 でも、間違いない。

 低くくぐもったような声。

 ぴくぴくと震える体。

 とろりと濡れた瞳。

 レインは今、性的興奮に体を支配されているんだ。


「こ、これはいったいどうしたら……」


 産まれて初めて遭遇したそういう(・ ・ ・ ・)現場( ・ ・)に戸惑っていると……。


「……んふ。どうだ、気持ちが良かろうが」


 トーコさんとの絡みでよほどの恨みがあるのだろう。

 あるいは悪魔だから騎士が嫌いなのか。

 アールが最高潮にニヤニヤしながらレインの頭を手で押さえつけた。

 石畳にぐりぐりと顔面を擦りつけると、楽し気に言った。


「聞けばこいつは、性の絶頂の(・ ・ ・ ・ ・)何倍も良い( ・ ・ ・ ・ ・)のだそうだぞ? お貴族様の一部にはこいつを打ち込んだまま交合まぐわい、狂い死んだ者もいるのだとか」


「……ううぅぅっ?」


「おっと、早とちりするなよ? それはあくまで常人じょうじんの話だ。つねの、普通の勇者殿の話だからな?」


「常の……普通の……あっ? えっ? そ、それってまさか……っ!?」


 アールの言葉の示す自らの運命に、レインは目を見開いた。


「ようやく気づいたか。その通り、この勇者殿は再生スキル持ちだ。接種した者(・ ・ ・ ・ ・)の万病を( ・ ・ ・ ・)快癒する( ・ ・ ・ ・)効果があるその血は、なんと底無し(・ ・ ・)なのだ。その意味するところはすなわち、そなたの喜びもまた、底無しだということなのだよ」


「あ、あ、あ……っ?」


「言っておくが、自死しようとしても無駄だぞ? 多少の傷ならそなたの脈から流し込まれた勇者殿の血が治してしまうからな。しんぞうえぐるか首でも飛ばせば死ぬだろうが……そこはほれ、この鉄枷てつかせと、何よりこのわれがさせはせん」


「ああああああああああ……」


 とどめとばかりのアールのセリフに張り詰めていた緊張の糸が切れたのだろう、レインは長い長いため息をついた。

 同時に最大級の絶頂が来たのだろう、波打つように何度も身を震わせた。

 

「ああああああああああああああーっ!」


 レインは顔を横に振り、恥も外聞もない絶叫を上げ始めた。


「もうやだ! もうやだよお! お願い! お願いだからもうやめて!? 限界なんだよ! このままじゃボク、おかしくなっちゃうよおー!」


 騎士が悪魔へ懇願する。

 それはあってはならない光景だった。

 しかもレインはただの騎士ではない。

 リディア王国の最精鋭、力の象徴そして民衆の希望たる七星の一員である。

 にも関わらず……。


「こんなの初めてなの! 嫌なのに気持ち良くて! それが体の内側からぶわあああーって湧き上がってくるの! 止めようとしても止まらないの! ずっと続いておかしくなりそうなの!」


 涙ぐみながら説明するレインの体のあちこちから、白い水蒸気のようなものが噴き出ている。

 おそらくは一時的に俺の再生スキルが感染し、アールに殴られた時の傷が回復しているのだろう。


「そうかそうか、それは良かったのうー」


「良くないよ! 全然良くないんだよ! わかってるでしょ!? 意地悪しないでよ!」


「おや、再生の勢いが落ちてきているな。血の効力が薄れ始めてきたのかな?」


「違うよ! 違うってば! これはもう傷が治ったからなの! まだまだ血は残ってるから! ってやめろおおおーっ!」 


 アールは手早く俺から血を採取すると、再びレインを押さえつけた。

 

「ほれ、暴れるな。暴れると針が折れてしまうぞ?」


「そんなの折れちゃえばいいんだ! そしたらもう同じようなこと出来なくなるだろ!?」


「ああー、それは困ったのう。そうしたら次からは、経口摂取してもらうしかなくなる。つまり今度は味覚まで刺激されてしまうというわけだ。多くの王族貴族が虜になり、パーティの時期には取り合いまで起きるという至上の美味を繰り返し味わえることになるわけだ。おう、うらやましい羨ましい」


「……っ?」


 レインはヒッと息を呑んだ。

 想像したら怖くなったのだろう、一瞬だが動きを止めた。


「おや、ちょうどよい」


 動きの止まった隙をついて、アールがレインの首に注射を打ち込んだ。


「うあああああーっ!?」


 レインは全身を震わせながらもそれを受け入れざるを得ず……。


「お注射もうヤダ! お注射もうヤダ! 誰か助けてええええー!」


 前の血の効果が抜けきる前に新しいのを打たれたのが苦しいのだろう、より一層暴れ出した。


「あああああああああああああああーっ!?」


 口の端からよだれを垂らし、目は白目を剥いている。

 下半身の辺りに沁みがあるるのは、もしかしたら失禁してしまったのだろうか?


「…………なあ、アール」


 何度かの逡巡の後、俺は一歩を踏み出した。

 アールの肩を掴んで止めさせようとした。


 別にレインを助けようってわけじゃない。

 このまま逃がせば最終的にそれは自分の身を危うくする、そんなことはわかってる。

 わかってるんだけど、何せつい先ほどまでは相棒だった仲だ。

 互いの過去を語り、しょうもないことで笑い合った仲だ。

 いずれは恋人に、そう思っていた女の子ですらあったのだ。

 一度裏切られたとは言え、それが致命的な案件だったとは言え、いきなり全力で突っ放すなんて真似が出来るわけない。


「こう……ちょっとさ、責め手を緩めるというか……」


 レインの女性としての、人間としての尊厳の危機。

 それをなんとか救えないだろうかと考えた。


「もう少し、弱めてやってもいいんじゃないかな?」


「……ほおーう? それはどういった意味の発言だ? お貴族様の一部が言うような、人権主義の発露? もしくは単に、元の鞘に納まりたくなったのか?」


 レインの上に乗っかったまま、アールはこちらにちらりと視線を向けてきた。

 表情はにっこり笑顔なんだけど、ものすごい圧を感じた。


「その……えと……何も逃がせと言ってるわけじゃないんだよ。そんなことしたらどうなるかは、俺が一番良くわかってる。俺自身が今さらみんなのとこへ戻れないのも同様にさ、わかってるよ。でも、でもさ、その……もう勝ち負けはわかってるわけじゃん。だったらせめて温情を与えてもいいんじゃないか? そこまでむごく責め立てなくたっていいんじゃないか?」


 具体的にどうすればいいかなんてことはわからない。

 だけどあまりにレインが可哀想で、俺は必死にアールに訴えた。


「一寸の虫にも五分の魂、みたいな言葉がこっちにもあるのかはわからないけどさ、個人的にはそういう気分であって……」


「……ほおおおおおーう?」


「あうっ……いやその、そんな真面目に受け取らないでもいいんだけどね? でもちょっとその……ねえ? 意見としてはさ、ほら……ってうおっ?」


 ぺちぺちと苛立たし気に地面を叩き出したアールの尻尾の動きにビビる俺。


 そうだった。

 今現在は味方してくれているとはいえ、アールはあくまで悪魔なんだ。

 ちょっとでもご機嫌を損ねれば、その矛先がいつ俺に向かってくるかわからない。

 先代の勇者のトーコさんとかの話は、俺にはいまいちわからないし……。


「ま、まあいったん落ち着こうよ、アール。俺が言いたいのはさ、恩赦というか温情というか、人間としてのあれやこれやみたいなもんであって……」


 膝をガクガク震わせながらアールに対していると……。


「ゆ……勇者様! キミって人は……こんなボクのために……っ! ボクはキミを裏切ったのに……!」


 俺が味方したのがよほど嬉しかったのだろう、レインがアールを上に乗せたまま強引に俺の足元まで這って来た。 

 お目々(めめ)をうるうるさせながらこう告げた。


「そ、そうだ! 今度こそボク、キミの仲間になってあげる! キミがここから逃げるのを手伝って、見逃してあげる! そんでカーラたちには別の方向へ逃げたよーって言ってあげる! なんだったら今後も事あるごとに嘘の情報を流してあげる! それでもダメなら、ええーっと……そうだ! キミの言う事なんでもひとつ聞いてあげる! ねえねえ! 何か無い!? なんでもしてあげるからさ!」


「ほおうー……本当になんでも(・ ・ ・ ・)、か?」


 そう聞いたのは俺じゃない。アールだ。

 うつ伏せになったレインの背に、アールがお尻を乗っけ直した。

 重みでレインは「ぐぇっ」と呻き、助命の嘆願は中断された。


「騎士殿、今、面白いことを言ったな? なんでも(・ ・ ・ ・)ひとつ( ・ ・ ・)? 本当にな( ・ ・ ・ ・)んでもか( ・ ・ ・ ・)?」


「ううう……っ? う、嘘じゃないよっ。なんでも聞くってば」


 アールの質問にひるみながらも、レインはたしかにそう言った。  


「よし、わかった。では命令は一言だ。抵抗レジストするな」


 するとアールは、待ってましたとばかりにレインの体をぐるりと回した。

 うつ伏せになっていたのを仰向けにすると、体を覆っていた鎖帷子を、下に着こんでいた鎧下ごとガバリとめくった。

 レインの白くて綺麗なお腹が目に飛び込んできて、俺は目のやり場に困った。

 

 だけど俺以上に困っているのはレインだろう。

「へ? え? え? 何っ? 何すんのっ?」

 と不安げな顔でアールを見て、恥ずかし気な目で俺を見た。


「大丈夫だ、すぐ終わる」


 一方アールは懐から取り出したインク壺に小指の先を突っ込むと、蛍光緑のスライム状の粘液をすくい上げた。


せんに言ったであろう。魂をいただくと。のう、レイン・アスタード。七星の騎士殿よ。そなたはこれから、我が隷騎士サーヴァントとなるのだ」


 んふ、と心地良さげに肩を揺するアールの笑みは、実に実に悪魔らしいものであった。


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