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勇者のハラワタは美味いらしい  作者: 呑竜
「第四章:勇者一人前」
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「エピローグ」

 ~~~フルカワ・ヒロ~~~




 カーラを倒し七星セプテムを全滅させたことで、俺は晴れて自由の身となった。

 いやもちろん、これからも追手はかかるんだろうけどさ。

 少なくとも七星以上に強いのってのはなかなかいないだろうし、ひとまずは安全って感じでいいんじゃないかな?

 あとは馬を走らせて、ひたすら西へと進むだけ── 




「……なあ、勇者殿。ホントに向こうに帰らなくてよいのか?」


 遠くにロンヴァー砦を望む川辺に到達したところで、俺たちは荷物を積み直しがてらの小休憩をとった。

 川で汲んだ水に俺の血を混ぜたものを馬に飲ませていると、アールが変にソワソワしながら聞いてきた。


 この場合の「向こう」ってのは、俺が元いた世界のことだ。

 話によれば、戻る方法自体はあるんだそうだが……。


「帰らねえよ。以前にも言ったろ、俺が向こうでどんな生活を送ってたか」


 病院のベッドの上で、時間を持てますだけの日々。

 ただただ健常者をうらやむだけの毎日。

 あんなの囚人と同じだ。


「こっちにいたら、たしかに危険はあるかもしれねえよ。だけどそれには、なんとか抵抗することが出来る。死に物狂いであらがうことが出来る。だけど向こうでは、それすら出来ねえんだ」


 全部本音だ。

 向こうに戻ったって、勇者の力が無ければ意味が無い。

 そもそも誰も、俺のことなんか待ってないしな……ちぇっ。


「そ、そうか。それは良かった……」


 アールは明らかにホッとしたような声を出し、胸を撫で下ろした。

 この場合の、何が良かったのかはわからないが……。


「まあ、アールにゃ迷惑かけるけどさ……」


 勇者って、どう考えても魔族側の存在じゃないしな。

 それを助けたあげくかくまったりしたら、それこそどんな言われ方をするか。

 逆に俺が心配していると……。


「そ、そんなことはないぞっ? 迷惑だなんてとんでもないっ」


 アールはなぜか慌てたようにまくし立ててきた。

 顔を赤らめ、握った拳をぶんぶん振って。なんだよ可愛いなおい。


「なんだったら我が領地にずっといてくれてもいいしっ、住み着いてくれてもいいしっ、望みとあらば、家のひとつやふたつやみっつやよっつ……はううっ?」


 しまったとばかりに口に手を当てたアールに、レインが顔をくっつけんばかりにして詰め寄った。


「おやおやアールさん? たしかに戦いが終わったらとは言ったけど、いきなりメス顔しすぎなんじゃないのかな? これにはさすがのボクもドン引きなんだけど……」

 

「め、め、め、メス顔とは何か! 我は今後の話をしているだけだし!? 勇者殿の身の振り方とゆーか人生設計とゆーか、そうゆー人として大事な部分をフォローしてあげているだけだしっ!? つまりは純然たる善意で、底意なんぞ欠片もないのだし!?」


 お目々をぐるぐるにするアール。

 ……ホント、戦いの前と後とで、アールに関しては百八十度ぐらいイメージが変わったな。


 って、もちろん悪い意味じゃないぜ?

 年頃の女の子が年頃の女の子らしくなれた、それは喜ぶべきことだ。


 アールはもう、気分のままに笑うことが出来る。気分のままに怒り、泣くことだって出来る。

 おそらくはトーコさんが、ベラさんが、ドナさんがそう望んだように。

 本当の、ありのままの彼女でいられるんだ。


「……」


「ちょっと……」


「……」


「ちょっと、勇者様っ?」


 ほっこりした気分で微笑んでいる俺を、レインがそうはさせじとつついてきた。


「なんだよレイン」


「はあ? なんだよじゃないでしょ? ボクのことも、ちゃんと考えてくれてる?」


「レインのこと……?」


 はて、どういうことだろうと俺が首を傾げると、レインはハアとこれ見よがしにため息をついた。


「い~い? 勇者様に出会ったせいで、ボクの人生は物凄い勢いで変わっちゃったんだからね? 七星としての栄達も、いずれ手に入るかもしれなかった領地や黄金も、全部無しになっちゃったんだから。それどころかリディア王国内では指名手配で、もう二度と、故郷に帰ることすら出来ないんだからね?」


「うっ……?」


 そこを突かれると、さすがに弱い。


 そうだ。状況はどうあれ、レインは俺のせいですべてを失ったんだ。


「悪いな、レイン……」


「ちょ、ちょっと、何本気で謝ってるのさ」


 俺の殊勝しゅしょうな態度に、逆にレインは慌てた。


「それ自体はいいんだよ。実家にはもう誰もいないし、うちってけっこう放蕩ほうとう一家だし、それ自体はいいんだけど。ボクが言いたかったのはさ……」


 もごもごと恥ずかしそうに、レインは囁いた。


「どこにも行き場がないから、その分勇者様に責任とって幸せにしてもらわないとって……そう言いたかったんだ」


 わお。強烈な一言。


「せ、責任かあー……」


 レインはいいコだし可愛いし、そりゃあ責任をとるのにやぶさかではないけどさ……。


「前提条件が重すぎるんだよなあー……。領地と黄金に吊り合うほどの幸せって難しくないか? 俺はいったい何者になればいいわけ?」


 さてどうしようと首をひねっていると、不意に、バチリとアールと目が合った。

 先ほどまでの動揺ぶりはどこへやら、目だけが笑っていないニコニコ笑顔を向けて来た。


「……今、なんの話をしていたのだ?」


 ゴゴゴゴゴゴ……と背後にどす黒いオーラの見えそうな、凄まじい表情。


「え、え? ええっと今のは俺とゆーか、むしろ話の主体になっていたのはレインであって……ってレインさん!? 俺を残してどこ行くの!? ヘルプ! ヘルプミー!」


 助けを求めようとしたが、レインは口笛を吹きながら俺から離れ、我関せずを決め込んでいる。 


「……責任とか幸せとか聞こえたようだが? それは誰と誰のことを言っておるのかな?」


「や、その……あのぉぉ~……?」


 俺が冷や汗をだらだら流しながら硬直していると、やがて痺れを切らしたのだろうアールは、ターゲットをレインに変えた。

 

「人にあれだけ言っておいて、抜け駆けするのは卑怯だぞっ」とか「ふふーん、勝てばよかろうなのだーっ」とか、ふたりの子供っぽい台詞の応酬を見ているうちに、俺の口元は自然と緩んできた。

 なぜだろう、この状況が笑えて笑えて、しかたがなかった。


「あっはっはっはっは……」


 俺が笑っているのに気づいたふたりが、血相を変えて詰め寄って来た。


「ちょっと、何笑ってるの勇者様っ! 他人事みたいに!」


「そうだぞ!? 元はと言えば勇者殿が態度をハッキリしないから……っ!」


「ごめんごめん、なんかツボっちゃって……」


 ふたりの勢いがまた面白くて、俺はその場にうずくまった。

 腹を抱え、ひいひいと呻くように笑った。


「はっはっ……あっははは……っ」


「ぷっ……ホント、なんで笑ってるのさ」


 俺につられたのだろう、やがてレインも笑い出し、


「くっくっくっ……ふたりとも、おかしいだろうが」


 それはアールにも伝染した。 


 青い青い空の下。

 肌を撫でる微かな風を感じながら、豊饒な土の香りを嗅ぎながら、俺たちは笑った。 


 全員十代半ば、二十歳なんてまだまだ先の自分たちがやったことを思って。

 そのために払った犠牲と、対価を思って。 

 それらが二度と戻らないことを知りながら……いや、だからこそ。


「なあ、ふたりともっ。人生これからだからなっ、どんどん楽しんで行こうぜっ」

 

「当たり前じゃんっ。この先もっといいことがあるからねっ。目を光らせて、見逃さないよーにしないとねっ」


「そうだ、その通りっ。我らの行く手に壁は無いっ。どこまでも開けた、自由の平野が広がるのみっ」


 突き出した俺の拳に、ふたりは即座に自分の拳を合わせてきた。

 顔を見合わせ、前向きな言葉を述べ合った。

 何かの呪文のように、儀式のように。

 それをしばらく繰り返した。


 繰り返して──笑って。

 繰り返して──笑って。

 笑い過ぎて──最後にちょっぴり、涙が出たりした。






                    



                    ~~~Fin~~~

ここまでお読みいただきありがとうございました(=゜ω゜)ノ

「勇者のハラワタは美味いらしい」これにて完結でございます!

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― 新着の感想 ―
[一言] 最初から最後までヒロが不憫でツライ。
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