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勇者のハラワタは美味いらしい  作者: 呑竜
「第四章:勇者一人前」
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「勇者一人前」

 ~~~フルカワ・ヒロ~~~




「ちいぃっ……!」


 カーラの表情が険しくなった。

 舌打ちしながら長剣を鞘に納めたかと思うと、二度、三度と地面を強く踏みしめた。

 足場を固めている?

 己を鼓舞している?


 違う──動揺だ。


 あのカーラが。

 リディア王国のみならず、東方世界において最強と目される剣士が、今まさに動揺している。


 理由は明白だ。 

 今までのレインとアールの活躍が、不完全(・ ・ ・)な状態でありながら行われたものだということに気づいたからだ。

 不完全でありながらここまで粘った──ということはつまり、完全であったならば、自分をすら凌駕するポテンシャルを秘めているのかもしれないと、そう思ったのだ。

 

「はっはっはっ……!」


 俺は思い切り笑った。

 骨ごと斬られた左足を拾い切断面にくっつけながら、カーラのことを全力で嘲笑った。

  

「なんだよ珍しく動揺なんかしちゃって! あんたらしくもない!」


 もちろん、単純な煽りじゃない。

 カーラを怒らせ、正常な判断が出来なくなるようにするための行動だ。

 たぶんこの人には、そうゆー単純なのが効くだろうから。


 バックステップを踏みながら、俺はレインとアールに囁いた。

 ふたりとすれ違う一瞬に、風のように。


「頼む、十秒だけ稼いでくれ。そしたら俺が、すべてを終わらせてやるから」って。


 信じてくれたかどうかはわからない。

 でもたぶん、大丈だろうと俺は思った。


 愛情がどうとか、そんなことは知らない。

 誰が誰を好きとか、そんなことも。

 でもたぶん、大丈夫だろうと俺は思った。


 思って、そして──

 それに賭けた──


「あっははは! 勇者殿の言う通りだな! 焦りおって! 七星の団長が聞いて呆れるわ!」


「ぷーくすくす! みっともないの!」


 果たしてそれは、正解だった。

 俺の意図を正確に見抜いたふたりは、俺の行動を隠すためにカーラの前に立ちはだかった。


「へっへっへ……助かるぜ」


 内心で快哉かいさいを上げていると、不意にピンポンピンポンと、チャイムみたいな音が鳴った。

 反射で『形相開示(ステータスオープン)』を発動させると、その理由はすぐにわかった。


 七星を連続で倒したのが効いたのだろう、ふたりのレベルは共に83と、88のカーラに肉薄している。

 一方、レベルアップの恩恵は俺にもあり……。

 

 名前:フルカワ・ヒロ

 性別:男

 年齢:16

 職業:勇者一人前

 レベル:50

 HP:4330

 MP:880

 筋力:108

 体力:1152

 器用:102 

 敏捷:1280 

 精神:106

 知力:94 

 一般スキル:疾走スプリント(神)、曲走ベンド(神)、跳躍ジャンプ(超)、白魔法ホワイトマジック(上級)、黒魔法ブラックマジック(中級)、剣術ソードスキル(上級)

 特殊スキル:他言語理解ハイパーグロット形相開示ステータスオープン再生リジェネレート(神)


 超はともかく、なんだよ神って、エイドス神様(しんさま)よう。

 などとツッコミどころは満載だが、それよりもすげえ笑いどころがひとつあった。


勇者一人前(・ ・ ・ ・ ・)……」


 自分という人間の分際を知っている。

 アールに助けてもらって、レインに支えてもらって、ドナさんやベラさん、その他多くの勇者信仰者の人たちの犠牲の上で、ようやくここに立てていることも。

 その上で、この現状をして、どこが一人前だって?

 

「……何それ、笑かすじゃん」


 ニヤリと口元を歪めながら、俺はその場にしゃがみ込んだ。


「この俺が、こんな俺が一人前? マジでそれ、なんの冗談だよ……」

 

 すぐ傍にあるのは、ミトの死骸。

 太古のなんとかの王様の呪いがかかったままの、危険なむくろ

 

「………………でも、やんなきゃな。みんなのために、俺自身のために。俺は……一人前にならなくちゃ」


 何度もつぶやき迷いを断ち切ると、俺は自らの左手をそれにつけた。

 ピタリと密着させ、すぐに元に戻した。

 元の──自分の左腕にくっつけた。


「う……が……っ?」


 瞬間、凄まじいばかりの痛みが走った。

 アールの言った通り、触れたところに焼けつくような衝撃が走り、端から腐り落ちていく。 

 そのつど再生スキルがフル稼働して組織を復活させるので損害としてはイーブンだが、なるほどこれは、俺以外の人間では耐えられないだろう。

 

「ふっふっふっ……」


 歯を食い縛り、額に脂汗を浮かべて凄絶に笑いながら、俺は顔を上げた。

 

「ふうーふっふっふっ……」


 視線の先ではレイン、アール、カーラの三人が秘術の限りを尽くして戦っている。 

 レインだったら短剣術の、アールだったら戦鎚術の、カーラだったら長剣術の。

 それぞれの分野の頂点を極めた者同士の戦いは激しく、とてもじゃないが俺の入り込む余地はない……普通に考えれば。


 だけど俺は、普通じゃないんだ。

 現世にいた頃の反動で、毎日毎日朝から晩まで走って来た。

 再生スキルに物を言わせ、徹底的に脚力を鍛えて来た。

 戦場においてもそれは同じで、恐るべき七星セプテムの攻撃を、走ってすべてかわして来た。

 走ることなら誰にも負けない──今ならたぶん、レインにさえも。

 

「『嵐空突(ストーム・ピアース)』!」


 風の精霊力を纏った風啼剣(シルバス)を両手に構えたレインが怒涛の如く突きかかり──


「『魔女の大騒ぎウィッチーズ・ライオット』!」


 同じく地獄の炎を纏った戦鎚を構えたアールが嵐のように打ちかかった──


「『天乱流星!』」


 一方のカーラは長剣を縦横に振るい、ふたりの攻撃と真っ向から打ち合った。


「──『疾走スプリント』!」


 おそらくは奥義であろう、雷鳴轟くような三人の大技の間を縫うように、俺は跳び込んだ。

 小剣ショートソードを右手で握り、左手で支えるようにして。

 風よりも、光よりもなお速く、速く走った。


「…………っ!?」

 

 さすがのカーラも、これほどまでの速度による介入は想定していなかったのだろう。

 ふたりを迎撃するために繰り出していた刃のひと振りを、俺へと向けて来た。


 ──キ、キ……!


 長剣が弧を描き、俺の両手の手首から先を、下から斬り上げた。

 小剣を握り(・ ・ ・ ・ ・)しめていた( ・ ・ ・ ・ ・)右手( ・ ・)と、添えていた(・ ・ ・ ・ ・)だけの( ・ ・ ・)左手( ・ ・)が、それぞれに分かれて宙を舞った。


「く、う……っ!?」


 だが──まだ終わりじゃない。

 飛んだ左手に嚙み付くなり、俺は勢いをつけてブンと振った。


「…………っ!?」

 

 小剣を持った右手ならともかく、何も持っていない左手を投げる意味が無い。

 カーラはそう考えたのだろう、あっさりとこれを、利き手(・ ・ ・)の右手で( ・ ・ ・ ・)払いのけた。


「うっ……あ……っ?」


 その直後の、カーラの表情こそ見ものだった。

 顔を青ざめさせ、慌てたように自らの右手を見た。


 ミトの呪いの降りかかった俺の左手が、カーラの右手を侵食し、腐らせ始めていた。

 鎖帷子チェインメイルを瞬く間に溶かし、皮膚を破り、肉、ついには骨にまで達していた。


「ああああああ……っ!?」

 

 歯を食い縛りながらカーラは左手で長剣を振るい、患部を切除した。

 右手の腐食はそれで食い止められたものの……。


「ほう……それでこいつを防げるつもりか?」


 カーラの右肩へ戦鎚ウォーハンマーを振り下ろしたアールと──


「ボクの勇者様を舐めたことが、キミの敗因さ」


 アールの逆側から低く滑り込むようにして風啼剣シルバスを突き込んだレイン──


 対角線を活かしたふたりの攻撃を、カーラはなす術も無くその身で受けた。

 アールの戦鎚によって右の鎖骨を深く砕かれ、レインの風啼剣によって胴体を深く貫かれた。


「……かはっ」


 堪らず口から血を吐き出すと、カーラはその場に膝をついた。


 その手にもう、長剣は握られていない。

 瞳にあるのはただ、無念の色のみ。


「ヒロ……貴様……っ」


 ぐらぐらと揺れる瞳で、カーラは俺を見つめてきた。


「本当に……逃げられるつもりか……っ?」


 そんなことは絶対無理だと、言外ごんがいに含めて。


「王国は諦めない。そして貴様も、このことは公表できない。つまり貴様は、永遠に追われ続けることになる……っ」


「……」


 カーラの言いたいことはよくわかる。


 俺の逃亡を知った王国は、ああそうですかと諦めることはしないだろう。

 多くの間者かんじゃを放ち、いつの日か必ずや、俺の行方を掴むだろう。

 

 だったら俺も秘密を明らかにして大きな勢力の庇護下に入ればいいようなものだが、それは同時に新たな敵をも産むだろう。

 国も個人も、単純な善悪だけで動いているわけではないからだ。

 俺の体に、俺の存在に意味のある限り、追いかけっこは終わらない。


「正論、ありがとよ」


 カーラの忠告を、俺は笑った。


「でもなあ、カーラ。永遠に喰われ続けるのと永遠に逃げるのとでは、どっちがマシだと思う? それにさ……」


 今や完全に復活した左足をパシパシと叩きながら、俺はにこやかに告げた。


「俺、逃げ足にゃあ自信あるんだ」

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