「絶望の到来」
~~~アール~~~
「はっはっはーっ、よくやってくれたぞ! ベラ! レイン!」
ベラとレインの成し遂げた偉業を、アールは満面に笑みを浮かべて歓迎した。
とはいえ、それですべてが解決したわけではない。
厳然として敵は目の前に残っている。
この超重量級の怪物を倒すことが出来るのはアールだけ。
何をおいてもそれを成し遂げないことには、話が始まらない。
「『魔女の強打』!」
アールはその場でくるりと体を回転させると、勢いのついた戦鎚を振るった。
「む……お……っ?」
強烈な一撃を横腹に受けたベックリンガーは、一瞬動きを止めた。
亡霊騎士である以上、痛みによるものではないだろう。
純粋に衝撃によるものだが、いずれにしても隙ではある。
アールはそこへすかさず畳みかけた。
「『爆ぜろ』!」
力ある言葉を唱えると、戦鎚の柄頭の後部のハンマー部分から「キュドッ」と猛烈な勢いで炎が噴き出した。
「『魔女の大騒ぎ』!」
ロケットのような推進力を得た戦鎚で、アールはベックリンガーの全身を猛然と殴りつけた。
左踵、右膝、左臀部、右脇腹、左首筋──竜巻のような連打、連打、連打。
「ぐ……が……あ……っ?」
アールの猛攻に、ベックリンガーの体は左へ右へ大きく揺れた。
鉄棍と大盾こそかろうじて保持しているものの、ほとんど無抵抗状態。
──……だが、とどめを刺すまでには至らぬか。
この連打を最後まで決めても、倒すことは出来ないだろう。
死に体ではあっても、完全に無力化は出来ない。
──空恐ろしいほどの生命力だが、それならそれでやりようはある……!
右側頭部をガツンと叩いた後、アールはくるりと体を回転させた。
火を噴いたままの戦鎚を大きく振り回すと、両足を踏ん張り、大盾の中心を思い切り叩いた。
「『魔女の強打』!』」
最大級の衝撃を受けたベックリンガーは、堪らず後退した。
よろめき、黒く濁った沼に尻もちをついた──瞬間、全身が腰まで水に沈んだ。
「…………っ!?」
ぎょっと目を見開いたベックリンガーは、鉄棍と大盾放り出して脱出しようと試みた。
しかし底無し沼の深遠は、彼を捕らえて離さない。
むしろ暴れれば暴れるほどに強く絡みつき──そしてとうとう、全身を呑み込んだ。
「筋力も生命力も役に立たぬ絶望を思い知るがいい」
そう言い捨てると、アールは額に浮いた汗を拭った。
──「もう、アール。ダメでしょ? 泡立つ水面の下には高確率で底無し沼があるって教えたじゃない」──
かつて底無し沼にハマって死にかけた自分を救ってくれたトーコの言葉を思い出しながら、「んふ」と笑った。
「なんでも覚えておくものだな」と。
懐かしさに頬を緩めながら、戦鎚を肩に担いで走り出した。
目指すはジャカ。
ヒロを脅かしているのを横合いから殴りつけるのだ。
そして──
そうして──
この戦闘を、終わらせるのだ──
希望に満ちたアールの瞳は、しかし直後に曇ることとなる。
彼女は気づいた。
泥を跳ね上げこちらに向かって来る二頭の馬の存在に。
その上に紛れもない、カーラとミトの姿があることに。




