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勇者のハラワタは美味いらしい  作者: 呑竜
「第四章:勇者一人前」
41/51

「レインの1分」

 ~~~レイン・アスタード~~~




 ──傷の回復まで、あと60秒。


 

 勇者様とジャカの戦いは、すでに佳境に入っている。

 勇者様の集中力が乱れ始め、一方でジャカの攻撃はどんとんと鋭さを増していく。 

 曲走ベンドによる移動攻撃も見切られ始め、勇者様の体につく傷の量が明らかに増えてきた。

 再生スキルによる超回復のおかげで即座に治癒しているけど、強烈な攻撃を貰い動きを止められてしまえば、たぶんおしまい。

 容易たやすくジャカの槍の穂先にかけられ、とららえられてしまうだろう。


「……ちくしょう! ベラさんが助けてくれたのに俺ってやつは!」 


 勇者様が怒っているのは、敵であるジャカに対してじゃない。

 きっと、不甲斐ない自分に対して怒ってる。

 

「たったひとりを相手に子供みたいにチクチク刺して、満足なダメージを与えることも出来なくて! ったく情けねえ!」



 ──あと50秒。 



「こんなことならもっと剣術スキル上げとけばよかったか!? レインの言った通りに!? あーあーあー、でも! 走力が無きゃそもそもここまで粘れなっただろうし、ってことは結果オーライか!? まだ結果出てねえけど!」


 怖いのをごまかすためだろう、勇者様は勝手にひとりで喋りながら、ジャカの攻撃を躱し続ける。

 疾走スプリント曲走ベンド跳躍ジャンプ

 三種のスキルを組み合わせ、ギリギリの激闘を続けている。



 ──あと40秒。


 

 勇者様は、攻撃することをもう諦めているようだ。

 専守防衛というのか、実際正しい判断だと思う。

 相手は怪我を恐れない亡霊騎士(アンデッド・ナイト)だし、いくら再生スキルがあるとはいえ勇者様は人間。

 攻撃に気を取られるあまりダメージを受けてしまうのは、本末転倒だ。



 ──あと30秒。


 

 パヴァリアと一対一で戦っているベラさんも、かなりの劣勢にある。

 もともとのレベル差もあるけど、暗殺者のスキルは基本的に相手の不意を突く前提で成り立っている。

 相手の隙を突いて致命的な一撃(クリティカル)を出す戦い方が基本で、正面からバチバチやり合うだなんて状況を、そもそもが想定していない。

 大鎌のリーチ差を活かし、なるべくパヴァリアを近づけないよう頑張っているようだけど、体中はすでに傷だらけ。

 勇者様の加護を得た上でも、相当に厳しいのがわかる。



 ──あと25秒。



「……ベラさん!?」

 

 勇者様が切羽詰せっぱつまったような声で叫んだ。

 

 見れば、パヴァリアがベラさんの大鎌に鎖分銅を絡みつかせ、力任せに奪い取ろうとしている。

 ベラさんは両足を踏ん張って耐えているけど、奪われるのは時間の問題だろう。


「ちくしょう! どけよ!」


 勇者様はなんとかベラさんを救いに行こうとしているようだけど、もちろんジャカがそんなことさせてくれるわけがない。

 槍を縦横に振るい、勇者様をその場に釘付けにしている。



 ──あと20秒。



「……あーもうっ、しかたないなあ」


 ボクは毒づきながら立ち上がった。

 

 戦場において、死は避けられないもの。

 なんて言ったって、勇者様は納得しないだろう。


 ベラさんが挑んでいるのはリディア王国第一軍団の精鋭のさらに上澄みの七星セプテムの一角で、わずかな間でももたせられたことがすでに奇跡。

 なんて言ったって、構わず助けに行こうとするはずだ。


 その結果、自分がどれだけピンチに陥るか。

 最悪そのせいで死ぬことになるかもしれなくても、たぶん特攻するはずだ。


 知ってる。

 ボクが好きになったのは、そういう人なんだって。


「勇者様はそこにいて!」


 左肩の傷はまだ治っていない、もう少し安静にして骨の結着を待つべき。

 そんなことは百も承知だ。


 でもたぶん──


 もたもたしてたら勇者様がさらに無茶をしちゃう。

 下手をしたらそれで死んじゃう。


 それぐらいなら──

 

「ボクが行く!」


 ボクは叫びながら走り出した。

 ふた振りある風啼剣シルバスのうちひと振りだけを右に腰だめに構え、左手を添えると──

 

「『閃光フラッシュ』!」


 力ある言葉(コマンドワード)を口にした。 



 ──あと15秒。



 次の瞬間、グンと強烈な力がボクを押し出した。

 周囲の風景が後ろへと吹っ飛ぶような、猛烈な加速だ。


 戦況は──パヴァリアがとうとうベラさんから大鎌をぶんったところだ。


 そこへボクは、風啼剣シルバスを腰だめにして突撃した。

 逃げずに真っすぐ、体ごと突き込む。

 今の自分に出来る、それが最も効果的な攻撃手段だからだ。

  

 だけど──


 さすがはパヴァリア。

 亡霊騎士(アンデッド・ナイト)になっても持ち前の鋭敏な感覚を失わず、ボクの接近に気づいた。


「でもね──」


 ベラさんの大鎌を取り上げるために、パヴァリアは両足を開いた格好になっていた。

 剣術でいうところの「足が居着いた」状態で、回避行動はおそらくとれない。

 鎖分銅を投じるための予備動作も取れないし、攻撃によってボクを排除することも不可能。


「──もう遅いんだよ!」


 勝ちを確信して迫るボク──しかしパヴァリアは驚きの行動に出た。

 ベラさんから奪った大鎌を、そのままこちらへ倒すようにして来たのだ。


「なっ……!?」


 大鎌は大人の背丈ほどもある巨大なもので、重さも切れ味も相当なものだ。

 ただ倒しただけでも自重に落下速度が加わり、直撃すればただでは済まない。


 ここでボクにはいくつかの選択肢があった。

 大鎌を風啼剣で受ける。

 同じく風啼剣で反らす。

 曲走(ベンド)で急制動をかけて無理やり避ける。

 跳躍(ジャンプ)で跳び越えて無理やり避ける。 

 

 避けないのは論外として、左手が使えない状況で風啼剣で受け止めたり反らしたりするのは難しいだろう。

 閃光フラッシュからのスキル移動は体に、特に脚に相当な負担を強いることになる。シャルロット戦の時はあらかじめ想定していたから負担を少なくまとめられたけど、こんな土壇場で使うのは無理がある。首尾よく避けられたとしても、その後の攻防に深刻な影響をもたらしかねない。


 1秒にも満たない短い時間の中で、ボクが出した答えは──


「『跳躍(ジャンプ)!』」


 発声とともに、ボクは跳躍した。

 閃光フラッシュの勢いを保ったまま、パヴァリアよりも上へ。


「……っ!」


 あまりにも無茶な機動に、足の腱がぶちぶちと切れる感覚があった。

 このままパヴァリアの後方へ着地したとしても、その後の展開は絶望的。

 

 だからこそ──

 今、ここで仕留めるしかない──


「『風よけ』!」


 力ある言葉(コマンドワード)に応えた風の精霊(シルフ)が、ドバっと強烈な風の精霊力を吐き出した。

 上から下へ──ボクの体を激しく前へと回転させた。

 急激な方向転換にさらされた体が、ミシミシと悲鳴を上げる。


「くっらえええええええ──」


 縦に回転するコマのような猛烈な機動の中、風啼剣にしがみつくようにしながらボクは叫んだ。


「──えええええええええ!」


 ガツンと、凄まじい衝撃があった。

 風啼剣の先端から、根元に至るまで。

 ビィィィンと、痺れるような感覚があった。


「とっ、おっ、わあああっ!?」


 ボクは地面の上をゴロゴロと転がるようにして、なんとか受け身を取った。  

 

「やった……よねっ!?」


 振り向いて確認すると、はたしてパヴァリアの頭は真っ二つに割れていた。

 防ごうとしたのだろうか、鎖鎌の鎖ごと綺麗に断ち切れていた。


「っしゃあああ……って痛てててっ?」


 跳び上がって喜ぼうとしたけど、足の痛みのせいで無様に転んだ。

 見ると、両足の踵から白い蒸気が上がっている。


「ま、まあいいか、これぐらいなら勇者様パワーですぐ治りそうだし」


 肩の傷はすでに完治しているようだし、これで足が治ればもう万全。

 

「はあー、良かった」


 ベラさんが大鎌を拾って油断なくパヴァリアにとどめを刺している傍らで、ボクは足を投げ出して座った。


「さ、あとはジャカだけだね」


 勇者様の元へ援護に向かっているアールを眺めながら、つぶやいた。

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