「勇者半人前」
~~~フルカワ・ヒロ~~~
全速力全体重をかけて弾丸のように突き込んだレインの双剣──風啼剣が、シャルロットの心臓と首筋を深々と抉った。
首の骨を断たれ心臓を貫かれては、さすがの亡霊騎士も仮初めの命を保ちきれなかったのだろう、全身を赤黒い血肉の塊のように変質させ、ぐずぐずと崩れ落ちた。
「っしゃあ! 完璧!」
腹に矢を受け血を吐きながらも俺は、ガッツポーズをとって喜んだ。
いやホント、泣くほど痛いけど、喜びのほうがそれを上回った。
「ふっふーん! どおおおうだあーっ!」
先ほどの俺のしぐさを見て覚えたのだろう、レインも満面の笑みでVサインをしてきた。
スピードスターふたりによる、まさに最強コンビの完成?
なんて調子に乗っているところへ──俺たちは突然奇襲を受けた。
──ジャラアアアアアアッ!
連結した金属の奏でる音──真横から飛んできた鎖分銅が、強かにレインの左肩を打ち据えた。
「くっ……あっ……!?」
レインは堪らず吹っ飛ばされ、地面に転がった。
「……レイン!」
慌ててレインの元へ駆け寄った俺は、思わず息を呑んだ。
あの気丈なレインが、左肩を押さえてうずくまっている。
顔面は蒼白で、痛みを堪えるように歯を食い縛っている。
「レイン……骨かっ?」
俺の問いに、レインは──
「……ごめんね、勇者様。やっちゃった」
突然の謝罪に、俺は硬直した。
「調子に乗っちゃった。勝ってる時こそ気を引き締めろって、これ以上ないほど当然なことなのに」
「……」
言葉が出なかった。
どうしてって、レインが謝ってきたことに。
だって本来は、こいつが謝る必要なんてないはずなのに。
たしかに一時は俺を食べようとしていたけれど、その後のこいつの頑張りは、誰もが認めるところなのに。
たとえ隷騎士だったとしても、それでもなお。
──おまえが謝る必要なんか、どこにあるよ。
「そーゆーのいいから。ほら、食え、レイン」
俺は躊躇なく左肩の肉をナイフで抉ると、手の平に乗せてレインに差し出した。
より強い再生能力を分け与えるには、体の中で比重の重い部分を与えればいい。
この比重というのは、それだけ命の形に近いという意味だ。
体液より血、血より肉、肉より内臓の順で効果が高くなる。
レインたちとの様々な体験でそれを知った俺は、迷うことなくそれを実行した。
内臓を失ってはさすがに戦闘が続行出来ないので、次点の肉をわけ与えた。
もちろん痛い。
のたうち回り、泣き叫びたくなるような痛みが襲って来る。
だけどそれじゃあ、レインも食べづらいだろうから。
俺は必死で、笑顔を作った。
「勇者様……」
俺の行為に、レインは一瞬絶句し──
「……ごめん、ホントにごめん」
心の底からというように、謝罪してきた。
不意打ちを受けたことに関してのものか。それとも俺の肉を口にすることに対してのものなのかはわからない。
いずれにしろ、泣きそうな顔でレインは謝り、俺の肉を咀嚼し、嚥下した。
さて、普通の怪我ならこれですぐに治るだろうが、肩の骨の、おそらくは粉砕骨折だ。
まともに動かせるようになるまでどの程度の時間が必要なのか、そもそも戦列に復帰できるものなのか、まるで想像がつかない。
つかないけれど──俺がすべきことはたったひとつだ。
「……追い着いたのは、パヴァリアとジャカだけか」
ぶつぶつとつぶやきながら、俺は立ち上がった。
状況を確認しながらゆっくりと、レインを背後に隠すように動いた。
「……見たとこ後ろにカーラとミトの姿は無い、と。奇襲をかけようって柄じゃないだろうし、他のとこを探してるんだろう。いずれにしても、合流にはまだ間がある、と」
宿でベラさんが殺したはずのパヴァリアと、洞窟教会で俺とレインが殺したはずのジャカ。
そのふたりが亡霊馬から飛び降り、それぞれの得物を構えている。
パヴァリアが鎖鎌で、ジャカが黒塗りの素槍。
形相開示で確かめるが、レベルは共に76でHPは7000超え。
俺が仕留めるには、それこそ致命的な一撃を何度も決めるしかないぐらいのとんでもない数値だ。
「まあそもそも、俺如きが倒そうとか考えることそれ自体がおこがましいってか?」
俺は自嘲するように笑った。
ちなみに現時点での俺のステータスはこうだ。
名前:フルカワ・ヒロ
性別:男
年齢:16
職業:勇者半人前
レベル:33
HP:3030
MP:580
筋力:83
体力:982
器用:72
敏捷:980
精神:96
知力:74
一般スキル:疾走(大)、曲走(大)、跳躍(大)、白魔法(中級)、黒魔法(中級)、剣術(中級)
特殊スキル:他言語理解、形相開示、再生(超)
スピード関係、タフネス関係、そして再生能力が大幅に上昇しているが、攻撃力はさほどない。
というより明らかに非力で、真っ向勝負を挑んでも勝ち目はない。
以前レインが悲観していたように、むしろその時以上にバランスが崩れている。
「……お願い。3分もたせて、勇者様」
しゃがみこんだまま、左肩を押さえながらレインは言う。
「3分経ったら戻るから、お願い」
これ以上ない、真剣な表情で。
「3分ねえ、そんなカップ麺が作れる程度の時間で大丈夫か? もっと大幅に稼いだほうがいいんじゃないのか?」
俺が肩を竦めておどけてみせると、レインは「カップメン? 何それ、意味わかんないよ」と、気丈に笑った。
「正直、時間をかけすぎるのもリスクだし、それぐらいが限界でしょ。だからホントにそれだけでいい。……ね、頼めるかな? 勇者様」
「はっはっは、俺を誰だと思ってるんだいレイン君」
悲壮感漂うレインをリラックスさせようと、俺はことさら陽気に笑った。
笑って見せた。
「半人前とは言え、勇者だぞ? それぐらいのことが出来なくてどうするよ」
自らの退路を断つようにそう宣言すると、くるりと向き直った。
正面に、今にもこちらに襲いかかって来ようとしている、強大な敵に。
なけなしの勇気を鼓して。
怖くないわけじゃない。
正直言うならば、今すぐダッシュで逃げたい。
でも出来ない。
たぶんそれは──それだけは。
「庶民は大人しく、守護られてなさい」
喉の震えを悟られないようにそう告げると、俺は穴だらけになった盾を捨てた。
代わりに、背に負っていた小剣を抜いて構えた。




