「死闘の始まり」
~~~アール~~~
アールたちが迎え撃つ覚悟を固めて馬を降りると、ベックリンガーもまた亡霊馬を止めた。
巨大な鉄棍と大盾を構え、のっしのっしと向かって来る。
全身鎧で身を固めたその姿は、さながら人の形をした城塞そのものが近づいて来るようだ。
「レインと勇者殿は、シャルロットのほうを頼むぞ!」
「わかったよ! もう! やるしか無いんでしょ!?」
「うううう……っ、やりたくねえよおー……っ」
戦闘用馬車の上から射撃の構えを見せるシャルロットにはレインとヒロをぶつけることとして、ベックリンガーに対するのは──
「ベラ、敵は硬いぞ。ほとんど鉄の塊だ。狙うべきは左の膝裏、左の脇下、左の首筋……」
「全部左なのはつまり……あれのせいですね?」
「うむ、おそらく奴の左半身はまともに機能していないはず」
吊り天井の罠にかけて殺したベックリンガーは、亡霊騎士となった今も生前の傷を負ったままのはずだ。
全身鎧のせいで見た目にはわかりづらいが、左足を引きずるようにしているところからして、間違いない。
「でもって、わたしが奴の左を攻めるということは……」
大鎌を構えながら、ベラが不安そうな顔をした。
「むろん、主攻は我に任せろということだ」
んふ、と不敵に笑いながら、アールは戦鎚を縦に構えた。
「『赤の魔王アレクモロウよ、悪魔貴族アール・イーゴール十三世が願い奉る。古の盟約に従い、アヴァドンの地獄の底で燃え盛る業火を、この世に顕現させたまえ』」
力ある言葉に従い、アールの戦鎚が炎を帯びた。
全てを焼き尽くす地獄の炎が宿り輝き、辺りをまばゆく照らし出した。
ほぼ同時に、ベックリンガーも力ある言葉を口にした。
「『我が身は鋼、槍も剣も通さぬ、無敵の城塞なり』」
ギシリと音がなったかと思うと、ベックリンガーの体が青黒い光を帯びた。
アールの『獄炎武器化』とベックリンガーの『無敵の城塞』。
共に『魔法付与』系統の最高位魔法だ。
「行くぞ──」
アールは左へ走った。
左からぐるりと回り込み、ベックリンガーの背後をとろうと試みた。
ベックリンガーはぎこちなく左へ体を回転させながら、アールの動きを追うが……。
「む──?」
隙だらけになった後背から、ベラが仕掛けた。
大鎌を思い切り振り下ろし、首筋に斬りつけた。
鎧と『無敵の城塞』の防御により、ダメージを通すこと自体は出来なかったが……。
「いいぞ! ベラ! その調子だ!」
ベラに向きかけたベックリンガーの注意を自分に向けるため、アールは戦鎚で横薙ぎに殴りつけた。
地獄の炎を付与された戦鎚が右の脇腹にぶち当たり、これはわずかにダメージを与えたようで、ベックリンガーが怒ったかのようにアールに向き直り、戦棍を振り上げた。
~~~フルカワ・ヒロ~~~
「おおー、いい感じいい感じ! やるじゃんふたりとも!」
アールたちの優勢に、俺は思わずガッツポーズをした。
『形相開示』で見ても──
アール HP5300→5270
ベラさん HP1800→1800
ベックリンガー HP27000→26650
というHP推移なので、致命的な一撃さえもらわなければ全然勝てる戦いだ。
「感心ばかりしてないで、こっちも行くよ勇者様!」
「わかった! わかったからその背中をグイグイ押すのをやめろ! 一気に行くのは怖いんだから!」
「こんなの一気に行かないでいつ行くんだよ! 思い切りが大事だよ!? 思い切りが!」
「そりゃそうだけどさあー! 俺にも心の準備ってもんがさあー!」
などとやっていると、俺の持つ革の盾のど真ん中に矢が突き刺さった。
「うわあああー!? 来たあああーっ!?」
射手はもちろんシャルロットだ。
戦闘用馬車の上から、物凄い正確さで立て続けに矢を放って来る。
革の盾にドンドンと矢が突き刺さり、針山みたいになっていく。
「怖ええええー! おっかねえええええー!」
「ほらほら行くよ! このままじゃ、デカいの貰ったら盾ごと心臓撃ち抜かれちゃうよ! ねえ、心臓貫かれたら、さすがに勇者様でも死んじゃうんでしょ!?」
「試したことはないけどたぶんな! ちくしょう!」
一撃即死のダメージをてしまえば、再生スキルでも間に合わないはずだ。
「しかたねえ、怖えけど行くかあ……」
覚悟を決めた俺は、ぐっと奥歯を噛みしめた。
こちらが仕掛けるのを察したのだろう、シャルロットが何やら口元を動かした。
「『最も深き森の一族が娘、シャルロット・フラウが願う。風の精霊王よ、我が矢に風の鋭さを、全てを貫く力を与えたまえ』」
力ある言葉に従い、弦につがえた矢を中心に風が生まれた。
風は青白い光を伴い、乱気流となって渦巻いた。
冗談みたいな集中力──
計り知れぬ術の強度──
「勇者様! 行こう!」
答えるより先に俺もまた、力ある言葉を口にした。
「『曲走』!」
急加速した俺の体はシャルロットに向かってS字を描くように疾走し──
「『曲走』!」
──タイミングをずらして同じスキルを発動させたレインが、俺の後ろにぴったりくっつくようにして追走した。
「……っ!?」
スピードスケートの団体選手みたいな俺たちの動きを見たシャルロットの行動に、乱れが生じた。
どちらを狙うべきか──?
そもそもこの場にいてもいいものか──?
生身の人間ではない亡霊騎士ならではの判断の遅さが露骨に出た──そこへ俺たちはつけ込んだ。
「『曲走』!」
「『曲走』!」
スキルを連発して、ふたり同時に後ろをとると──
「『疾走!』」
俺が革の盾を構えて真っすぐに突っこみ──
「『閃光』!」
──少しタイミングをずらしてレインがオリジナルの超加速を発動、さらに──
「『跳躍!』」
──シャルロットの直前になって小ジャンプ。
両手に風啼剣を構えると、全体重に突進の勢いまで込めた強烈な一撃を、上から弾丸のように突き下ろした。




