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勇者のハラワタは美味いらしい  作者: 呑竜
「第四章:勇者一人前」
33/51

「仕組まれた逃避行」

 ~~~フルカワ・ヒロ~~~




 ロンヴァー砦までの距離、おおよそ二日を。

 俺たちは全速力で駆けた。 

 休む間も惜しみ、寝る間も惜しんで馬を走らせた。

 夜間は鬼火(ウィル・オ・ウィスプ)で暗闇を照らしながら、眠気や疲労が蓄積して来た時は、手首を切って絞り出した俺の血を皆に(馬にまで)わけながら。


 さてそうなると、問題はベラさんだ。

 アールやレインはそもそも抵抗がないというかむしろ嬉しそうにしているからいいとして、この人は……。


「申し訳ありません、勇者様。それでは失礼いたします」


 今後の行程を考えた結果やむを得ないと判断したのだろう、木のコップに注いだ俺の血を、ベラさんはグイとひと息に飲み干した。


「……だ、大丈夫すか?」


 吐かれでもしたら嫌だなと思って見ていたが特にそんなことはないようで、ベラさんはニッコリと微笑んで見せた。


「ええ、大変美味しゅうございますよ?」


「や、そう言われるとそれはそれで微妙な気分になるんだけど……。や、まずいと言われるよりはマシなんですけど……」


 凄まじい速度で再生する手首の傷を擦りながら口元をもにょらせると、皆はどっと笑った。


 いやいや、だってさ。さすがに気になるじゃん。

 ドロドロしてなかったかなとか、生臭くなかったかなとか。

 最初は飲まないと決めていた人だけに、なおさらさ。 


「おかげさまで、内から力が湧いてきました。カッと燃え盛るような熱が、全身にみなぎっています」


「そ、そう? それならいいんだけど……」


「よし、準備が出来たら出発するぞ。なぁに、ここまで来れば大丈夫だ。この辺りの道は裏道まで完全に把握している。万が一を想定しての潜伏場所も用意してあるからな」


 アールは腕組みすると、グッと誇らしげに胸を反らした。


「さすがはアール様」


 ベラさんは手を叩いて褒め称え──


「潜伏場所って、ゴルドーの時みたいな? すげえなアール」


 俺も素直に驚いたが──


「ああ……なるほどね。やっぱり(・ ・ ・ ・)そうなんだ( ・ ・ ・ ・ ・)


 レインが何か、確信めいた表情でつぶやいた。





「……なあ、さっきのなんだよ? レイン」


 どうしても気になったので、アールに聞こえないところまで引っ張っていってつぶやきの意味を聞いてみると……。


「……勇者様、怒らない?」


 レインがチラとアールの方を窺ってから聞いてきた。


「怒るって何をだよ?」


「……ホントにホントに怒らない?」


「だから、何をだよって言ってるだろ?」


 はてなと首を傾げる俺に、レインはとんでもないことを言い出した。


「しかたないから言うけどさ。今回のことは、すべて仕組まれてたんだ。今回のことってのはつまり、この逃避行の自体。そうせざるを得なかった発端ほったんまで含めてすべて」


「……は? 仕組まれてた? これが(・ ・ ・)全部(・ ・)?」


 さすがに面食らう俺。


「ねえ、考えてもみてよ。ゴルドーの宿、『オールドドラゴン・イン』でのこと。勇者様がどうして七星のことを疑い出したか、勇者喰いの秘密に思い至ったか。その……ボクがしたことは抜きにして」


「あれはええと……。夜、眠れなくてうろついてた時に聞いたんだよ。酒場でくだを巻いてるおっさん冒険者の一団がさ、たまたま噂話してて……」


 ほらそれ、そこそこ、とばかりにレインが人差し指を立てた。


「ねえ、考えてみてよ。それっておかしくない? 国家機密である勇者喰いを、どうしてただの冒険者の集団が知ってるのさ。かつてアールが気づけたのは、それぐらいトーコさんの身近にいたからだけど、ただの冒険者の集団はどこでどうして知ることが出来たの? 人の口には戸が立てられないにしても、限度があるだろ。さすがにそのレベルの人たちの耳に入るようなことじゃない。しかもそれを、当の本人がたまたま耳にするだなんてことがあり得る?」


「おいおい……じゃあさ、つまりおまえの言いたいのは……」


「そう、それがそもそもの仕込みだったんだ。勇者様に聞かせるためだけに、彼らはそこに配置されたのさ」


 レインはきっぱりと言った。


「…………マジで?」


 え、つまりあの人らは役者というかサクラというか、そういう感じの人たちだったわけ?

 俺に聞かせるためだけにあそこにいたの?


 さすがに驚きだが、たしかにそう考えればすべての辻褄つじつまが合う。

 逃避行の無駄の無さ、そして方々(ほうぼう)に配置された罠の数々……。


「アールは最初から七星と戦う気だったんだ。勇者様を救いたいというのは本心に違いないけど、そもそもが殺る気(・ ・ ・)だったんだ。そのためのベストな位置がゴルドーで、タイミングがあの夜だったんだよ」


「…………全部、トーコさんの無念を晴らすために?」


 レインはこくりとうなずいた。


「…………」 


 俺はしばらく黙っていた。

 

 ──この世には、殺さねばならぬ奴らがいる。


 あの夜、ジャカとベックリンガーを倒した直後のキャンプの夜。

 焚き火越しにボソリとつぶやいた、アールのあの表情を思い出した。

 瞳の中でゆらゆらと燃え盛るあの炎を。あの熱さを。


「…………うん、やっぱり怒らねえよ」


 考えたけど、やっぱり俺に怒る理由は無かった。


「たしかにびっくりはしたけど、ムカついたりはしねえよ。そもそもが、放って置かれたら終わる人生だったんだ。貴族どもの食卓に上げられて、永遠に舌鼓を打たれまくって、そんな地獄が待ってるだけだったんだ。それに比べたらこの状況は、全然マシさ。どうあれ七星の手からは逃れられてるし、進めば進むほどに自由に近づく。そりゃあ多少痛い思いはしたし、危険な目には遭ったけどさ、それもまあWinWinっつうか……」


「……」


 超絶美少女であるレインにマジマジと見つめられるのが急に照れ臭くなって、俺はボリボリと頭をかいた。


「俺ってさ、今までの人生で誰かの役に立てたことが無いんだ。本気で、生まれた瞬間からさ。心臓が弱くて、病院から出ることすら出来なくて。両親としちゃあお金もかかるだろうし、色々手間もあるだろうし、世間体とかもあってさ。ああ、迷惑なんだろうなって思ったよ。俺がいなくなればみんな肩の荷が下りるんだろうなって、楽になれるんだろうなって。だったらいっそ死んじまおうかって……それはずっと……ホントにずっと、そう思ってた」


「勇者様……」


「もちろん今はそんな気ないぜ? 心臓も治ったし、おまけに再生なんて超最高のおまけ付き。ハッピーラッピーごきげんよう、てなもんさ」


 気づかわしげに目を細めるレインに、俺はVサインをしてみせた。


「まあもちろん、そのせいで色々面倒なことになったりしてるのはあるけどさ。全体としてはいい方向に向かってると思う。あとあれだな。これは変な話なんだけど、俺って今、すごく充実してるんだ。だって、形はどうあれ誰かの役に立ててるわけじゃん。復讐のためっていうのはあれだけど……でも、何もないよりはマシじゃんか。いてもいなくてもいいよりはさ。いてくれ、生きてくれって思われてるのが嬉しいよ。ホント、変な話なんだけど……」


 我ながらおかしな理屈だとは思うが、事実俺はそう思っていた。

 昔よりはマシだ。そしてこれから先、マシはどんどん積み重なっていく。

 俺が諦めさえしなければ、それはずっと続いていく。


「怒らない理由はもうひとつあるんだよ。レイン、おまえがこの話を出来たこと自体がそれだ」


「ん? ボクが?」


 首を傾げるレインに、俺は言った。


「なあ、それこそおかしいと思わないか? 隷騎士サーヴァントであるおまえがこのことを疑問に思い、気を使いながらも俺に話してくれた。なあ、そんなの言うなって口封じしたほうが楽じゃんか。俺のメンタルを乱さないよう、あるいは他の勢力につけ込まれぬよう、あらゆる接点を封じるのが基本じゃんか。たとえばそのことを絶対口にしないようにとかさ、出来るんだろ? アールには」


「あ……」


 そこまでは考えが回らなかったのだろう、レインは思わずといったように口に手を当てた。


「でもアールはそうしなかった。たぶんだけど、気づいて欲しいと思ってたんじゃないかな」


 俺が首を動かすと、アールとバチリと目が合った。


 俺たちが何をしていたか察したのだろう、アールはほんのりと口元に笑みを浮かべた。

 ふっとどこかへ消えてしまいそうな、寂しそうな笑みを。


「……」


 どこかで見たことがあるなと思ったら、それはかつてよく見た笑みに似ていた。

 病院で知り合い、そして俺より先に亡くなった子供たちが浮かべていた笑みに。


「あいつって、魔族の割にはすげえ誠意のある奴じゃん。情もあってさ、いい奴じゃん。ベラさんたちに対する態度だけ見てもそれはわかるし、それに……」


「………………勇者様ってさ、もしかして、アールのこと好き?」


「????????」

 

 突然のぶっこみに、俺は思わず噴き出した。


「はあっ!? はあっ!? はあああああーっ!? ととととと突然何言ってんのおまえは!?」


「だ、だってなんか……アールのこと話す時、勇者様すごくいい顔するし……普段聞かないような優しい声出すし……」


 顔を赤らめ、指を絡み合わせて、もじもじとレイン。


「違う! 違うバカ! これはそうゆー恥ずかしいのでは断じてない! あくまで俺の人としての優しさとか品格が表れたものであってだなあー……!」


「ホントにぃ~……?」


 レインはジト目でこちらを窺ってくる。


「ホント! ホントにホントだから! っとああああー! それより早く出発しようぜ! なあ! もう休養十分だろ!? さっと急いで、さっと砦を突破しよう! ようーっし! 忙しくなってきたぞおおおおーっ!」


 もやもやした空気を吹き飛ばすように大声を出すと、俺はアールに出発を促した。

 アールは目をぱちくりさせながらうなずき、レインは「ふーん……? ふうううーん……?」とふんふん星人になりながら俺のことを見つめてきた。

 突如振られた恋バナにドギマギしながら、俺は馬上の人となった。


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