「ベラは馬を走らせた」
~~~ベラ・ローチ~~~
「……アール様」
先を進むアールの隣に、ベラは馬首を揃えた。
「なんだ、ベラ」
「さきほど、農民が噂しているのを聞きました。いつもより巡回騎士の哨戒が多いようだと、まさか戦争でも起きるのではないかと。七星の発した伝令が効いている証拠ではないでしょうか」
「そうか、ご苦労であった」
アールはベラを褒めると、ニヤリ口元を緩めた。
「そういうことであれば、敵の数はそれほどではないな」
「……そういうこと、とは?」
「哨戒が多いで済むようなら、戦時徴兵はかかっておるまいということだ。この辺の軍事拠点と言えば西のロンヴァー砦だが、常備軍が200、うち歩兵が170、騎士が30。騎士の全員を出すわけもないだろうから半数は砦に残すとして、5騎が3隊で巡回をしているといった程度だろう」
「……なるほど、ならばこのまま?」
「うむ。警戒線を突破、ヴィーラ峡谷北端にあるロンヴァー砦の南側を、一気に走り抜けるぞ。もし警戒線に掛かるようなら、そのつど残らず叩きのめす」
ふんすふんすとアールは鼻息が荒い。
「まあまあ」
お尻の尻尾がゆらゆら揺れているのを微笑ましい気持ちで眺めていると──不意に尻尾が、だらんと垂れた。
「……のう、ベラ?」
ふと気が付くと、チラチラと横目で、アールがこちらの様子を窺っている。
「その……そなたは大丈夫か? 勇者殿の言い草ではないが、このまま同行しなくともいいのだぞ? 宿へ戻ることは叶わんだろうが、どこか安全な土地で体を休めていても……」
指を組み合わせながら、アールはもじもじと言葉を重ねる。
「その……ドナのことは残念だった。我の意図したよりも、相手の気付きが早くて……。不明を恥じるしかないといったところだが……」
いつもの颯爽とした様子が影を潜めている。
自らの失敗に恥じ入る様子は年頃の女の子然として可愛くはあるものの……。
「別にわたしは責めてなどいませんよ、アール様」
謝罪しようとしたアールの機先を、ベラは制した。
「ドナ自身も同じはずです。わたしたちは納得づくで命を懸けた。ならばどういう形で失おうとも悔いはありません」
「だが……我がもう少し上手くやれていれば……」
「アール様、お忘れではありませんか? 今回の件が落着した暁にわたしたちがしようとしていたことを」
「う……」
ベラの的確な発言に、アールは言葉を詰まらせた。
そう──
ベラたちは法的機関に出頭しようとしていたのだ。
自らが行った罪を明らかにし、法の裁きに身を委ねようとしていたのだ。
当然だが、禁固程度で許されるものではない。
絞首刑に火刑に八つ裂き、考えられるかぎり最悪の死が待っているはずだ。
「ならばこそです。自分の大切な方のために働き、死ねるならば、喜び、これに勝るものはございません」
胸に手を当て、ベラは断言した。
「うう……た、たしかにそうかもしれぬが……」
「さ、そういうことでございますので。アール様、もう少し足を早めましょうか」
「う、うむうぅ……」
有無を言わさず馬足を速めると、アールはしぶしぶといった調子で着いて来た。
(……)
ベラ個人としては、完全に割り切っている。
相棒の死が悲しくないわけではない。だが、双子だからこその感覚がある。
一方が死んでも一方がいればいいというような、相互補完関係のようなものがある。
(……まあ、その辺の事情をアール様にわかれというのも酷かしらね)
自らに厳しいアールのことだ。
今回の件が解決しても、おそらくは死ぬまで忘れまい。
事あるごとに思い出し、身悶えるようにして苦しむはずだ。
あの時ああすれば良かったとか、こうすれば良かったとか。
先の勇者トーコに対してそうしたように、延々と思い悩むはずだ。
それ自体は決して悪いことではない。
過去の教訓を未来に活かそうというのは、民を率いる者としての素晴らしい姿勢だ。
悪魔貴族ケイロン・イーゴール十二世の娘、アール・イーゴール十三世。
魔族と人間という違いはあれど、彼女はきっと名君になるに違いない。
だが──過剰な自責は自らを苛む毒ともなろう。
身を蝕まれ、心を蝕まれ、いつか倒れてしまうのではないだろうか。
正直このままでは、死んでも死にきれない。
(誰か、その責の一端を担ってくれる者が傍にいてくれればいいのだけど……)
ベラはチラリと、後方を走るヒロとレインを見やった。
何かを叫び、盛り上がっているふたり。
隷騎士と逃亡勇者。
たしか年齢もアールと近かったはずだ。
(あるいは、あのふたりがそうなってくれれば……)
誰にも約束出来ぬ未来に思いを馳せながら、ベラは馬を走らせた。




