「3人目、4人目」
~~~パヴァリア・ダール~~~
「ベラ! ドナ! 退けい! ここは我が……!」
計略を見抜かれたことを察したのだろう、カーテンの下から小柄な影が滑り出て来た。
まるで弾丸のような勢いで突っ込んで来たそいつは、銀髪の間から山羊の形の角を覗かせ、そして尻には先端の尖った尻尾を生やしている。
「……魔族だと!?」
紛れもない魔族の特徴に驚いているところへ──
「『爆ぜろ』!」
魔族の娘が力ある言葉を叫ぶと、手にしている戦鎚の柄頭の後部、ハンマー部分から「キュドッ」と猛烈な勢いで炎が噴き出した。
火の精霊力の発現だろうか──爆発的にスイングスピードの上がった一撃が、パヴァリアの脇腹に向かって放たれた。
身に着けている鎖帷子どころか、たとえ金属鎧を着ていたとしても胴を両断されかねない勢いだが……。
「そんな大振り──」
この危機に、しかしパヴァリアは慌てず騒がず体をスピンさせた。
「──当たりませんよ!」
回転の勢いを利用して右手に構えた鎌でドナの首を切り裂くと、一方で左手に構えた鎖分銅を魔族の娘の顔面に向かって投じた。
「……くっ?」
このままいけば、先にやられるのは自分のほうだ──そう察したのだろう魔族の娘は勢いのついた戦鎚から手を離すと、必死に身をよじった。
鎖分銅はついさっきまで魔族の娘の顔のあった位置を通り過ぎると、床板をぶち破った。
しかし──
致命的な一撃を躱すことは出来たが、戦鎚は狙いを逸れて暖炉の脇の壁に突き刺さった。
魔族の娘は素早く腰からナイフを抜いたが、鎖鎌とでは勝負にならない。
しかも──
「あ……ぐっ……?」
喉を斜めに切り裂かれドナが、苦悶の呻きを上げながら崩れ落ちた。
「……ドナ!」
「アール……さ、ま……っ」
ゴポリと音がしたかと思うと、ドナの口から血が溢れた。
首を押さえた両手の間からもボタボタと大量にこぼれ、床を朱に染めていく。
「……ドナ!」
アールは慌てて駆け寄ろうとしたが、そのためにはパヴァリアを排除する必要がある。
「順番を間違えないでよ! アール!」
魔族の娘──アールを叱咤したのはレインだ。
カーテンをくぐって走り出て来たレインは二本の短剣『風啼剣』を両手に構えると、そのままパヴァリアに攻撃を仕掛けて来た。
「レイン……やはり寝返っていましたか!」
「こっちにも色々と事情があってね!」
仲間の裏切り──しかしパヴァリアは驚かなかった。
先に倒されたジャカやベックリンガー、勇者信仰者の件もある。
魔族の娘までもが敵についていたのは驚きだが、どうあれ力でねじ伏せればいいだけの話だと開き直った。
──ッギイィイィイィン!
レインの短剣と、パヴァリアの鎖鎌。
使い込まれた愛器同士が激しく火花を散らす。
技量はパヴァリア、スピードでレイン。
互いに自らの得手を活かしての戦いは、なかなか決着がつかない。
しかし──
パヴァリアにとって誤算だったのは、時間をかければかけるほど自分が有利になると思っていたのに、そうはならなかったことだ。
戦場での経験に体力差、そもそもの筋力の違いで押し切れると思っていたのに出来なかったことだ。
問題は地形だ。
宿の中という限定空間、椅子やテーブルという障害物がある中での接近戦では、どうしても短剣使いであるレインに利がある。
しかも、レイン自身がここを戦場として想定していたようで、物の配置を完全に理解した動きをしている。
「考え直せレイン! 今ならまだ許してやれる! もう一度七星に返り咲くことだって出来るんだ!」
壁際に追い込まれたパヴァリアが心理的に揺さぶりをかけようと投降を呼びかけるが……。
「ふん、キミみたいなウソつきの仲間はごめんだね! ボクはね! バカでノロマでも、正直者な勇者様のほうがいい!」
鎌の先端が掠めてついたレインの頬の切り傷が、白い蒸気を上げながらみるみるうちに再生していく。
その光景を見たパヴァリアは、背筋を粟立てさせた。
「ヒロの血肉を口にしたのか……!? くそっ、このままじゃダメだ! シャルロット! こちらに加勢を! シャルロットー!」
レインそのものの技量、戦いづらい地形、そして勇者の再生能力まで持たれていては勝ち目が無い。パヴァリアは目を血走らせながら叫んだ。
~~~シャルロット・フラウ~~~
シャルロットとて、ただ手をこまねいたいたわけではない。
状況を把握すると同時に、手近にあった弓に手を伸ばしたのだが……。
「もっ、らっ、あああーっ!」
横合いから弓をかっさらったのはキースだ。
キースはダダダとすごい勢いでシャルロットから遠ざかると、フードを脱いで顔を覆っていた布も取り外した。
「なっ……ヒロ!? どうして……!?」
シャルロットが驚愕したのも無理はない。
つい今しがたまでキースだと思っていた者が、彼女らが追っていたヒロその人だったからだ。
「はっ、はっ、はっ……!」
首にきつめに巻いていた革のベルトを外すと、目に涙を浮かべながらヒロは言った。
「驚いたかよ! 顔を隠して声を潰して、本気で意識が遠のきながらも頑張って待機してたんだよ! あんたに隙が出来るのを今か今かとさあー! その甲斐あってえええええーっ!」
ヒロはベルトから抜いたナイフで弓の弦を切った。
「あああーっ!?」
「ああーはっはっは! お得意の武器はこれで使えねえだろう! ざあああまああみそっかすうううー!」
小悪党じみた声を上げるヒロは。
「おっ……のっ……れえええーっ!」
その瞬間、シャルロットの精神を束ねる糸がプツンと切れた。
それまで把握していた周囲の状況がすべて脳裏から消し飛び、目の前が真っ白になった。
「全員残らず……ぶち殺す……っ!」
吐き捨てるように言うと、両手を肩の高さまで上げた。
「『最も深き森の一族が娘、シャルロット・フラウが願う! 風の精霊王よ、決ませい──』」
力ある言葉と共に、開いた両手の内に風が生まれた。
パチパチと青い光の明滅を伴うそれは、激しい気流となって室内を荒れ狂った。
シャルロットの金髪がたなびき──椅子が吹き飛び──食器類がなぎ倒され──カーテンがフックから外れて飛んだ。
「『光孕む颶風と共に──』」
突如──ガツンと、シャルロットのこめかみに強い衝撃があった。
「え……? あ……?」
食い縛っていた歯から力が抜け、続いて膝から力が抜けた。
床に崩れ落ちるシャルロットの視界に映ったのは、緑色の酒瓶を手に持ったベラの姿だ。
瓶底からぽたりぽたりと何かがこぼれているが、どうやらそれはシャルロットの血のようだ。
「あ──」
そこでようやく、精霊魔法の詠唱途中を狙われたことに気がついた。
「あ──」
もっと早い魔法にしていれば、そもそも周囲を警戒していればこんなことにならなかったことも。
「シャルロット──」
パヴァリアの救援要請が聞こえるが、どうやらそれは無理そうだ。
今の一撃は、あまりに致命的すぎた。
「あ──」
ベラが再び酒瓶を振り上げるのを見ながら、死ぬのだと思った。
自らも、パヴァリアも。
そこに特別な感慨はなかった。
長命種である彼女にとって死は縁遠いもので、いまいち実感として湧かなかった。
若い娘をさらって殺す趣味を持つパヴァリアが死ぬのはいい気味だなと、ただそれだけを思っていた。
ほどなく聞こえてきたグシャリという音と共に、彼女は意識を失った。




