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勇者のハラワタは美味いらしい  作者: 呑竜
「第三章:殺し屋たちの宿」
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「血の匂い」

 ~~~シャルロット・フラウ~~~




「あら、いらっしゃい旅の方。まあまあそんなに濡れて、さぞや寒かったことでしょう。さあどうぞ、暖炉の傍の席にお座りください」


「お召し物はこちらで、暖炉の火で乾かして差し上げます」


 シャルロットたちを迎えたのは、それぞれベラとドナと名乗るふたりの女性だ。

 

 年の頃なら二十歳ぐらいだろうか。

 赤毛のセミロングで、頬にはそばかすがある。

 背丈も服装もよく似ているが、双子なのだろうか。


(……あら珍しい。双子というのもだけど、周りに集落どころか人家も無いこんなところで女ふたりで宿を? 娼館を兼ねているにしても、男の姿が無いのは……)


 内心そう思ったが、口には出さなかった。

 代わりに、油断なく店内を見渡した。


 内装はいたって普通だ。

 カウンターとテーブル席が3つ、赤々と火が燃える暖炉と、二階へ続く階段がある。

 バックヤードだろうか、部屋自体は分厚いカーテンのようなもので二つに分割されている。


「……ら、らっせ」


 カウンターの後ろの扉が開き、ローブを着た小柄な男が顔を出した。


『──っ!?』


 シャルロットとパヴァリアは、同時に身構えた。

 といって、殺意を向けられたというわけではない。男が武装していたわけでもない。問題はその身なりだ。

 室内だというのにフードを深く被り、さらに顔を布で覆っている。


「おきゃ、さん、よ、こそ」


 しかも首を絞められたようなひどいどもり(・ ・ ・)で、何を言っているのかよくわからない。


「こら、キース。こっちに来るんじゃないの。後ろにいなさいって言ったでしょ」


「今夜のお客様は騎士様だからね。あんたなんかすぐに斬り捨てられちゃうんだから」


「あ、あう……ねえさ、ごめ」


 口々に姉に怒られたキースは、ふらふらと覚束ない足取りで裏へと消えて行った。


(……あれは西方辺境域の風土病? 顔中に発疹が出来て喉がやられて……だから顔を隠しているし、上手く喋ることが出来ないのかしら。とするとこの家族は西から来たのね。病気にかかった弟をひと目にはさらせないから、ここで宿を営むしかなかったと。風土病の原因は……たしか現地の水だったかしら。まあ問題にはならなそうね)


 ひとり納得すると、シャルロットはベルトに吊るしているナイフの柄から手を離し、外套を脱いでベラに手渡した。

 同じくパヴァリアも、外套をドナに渡している。


「騎士様。そちらの荷物もお預かりいたしましょう」


「これはいいの。わたしの体の一部みたいなものだから」


「はあ、でも……」


「いいでしょ。他に客がいるわけじゃないんだし」


 白木の長弓と矢筒を渡して武装解除するよう言われたが、断固として断った。

 神樹を切り出して作った神聖な弓だ。人間如きに預けていいようなものではない。   


「では、せめてお腰のものを……」


 次にベラが示したのは、ベルトに吊るしているナイフだ。

 

「──ちょっと、しつこいわよあなた」


 シャルロットがにらみつけると、ベラは「ひっ……?」と怯えたようにして後ずさった。

 顔を青ざめさせ、膝を震わせ……その様子があまりにも哀れで、シャルロットは思わずため息をついた。


「……わかったわよ。これでいいんでしょう?」


 七星セプテムが弱い者いじめをするわけにもいくまい。

 しかたなく、シャルロットは鞘ごとナイフをベラに渡した。


(ま、何かあったとしてもこのふたりにあの弟ぐらいなら素手でも片付けられるだろうしね)


 パヴァリアはすでに示された席に座り、赤ワインを口に運んでいる。

 向こうもナイフは渡しているが、主武器である鎖鎌は隣の椅子、すぐに手に取れる位置に置いている。

 

「ではお席の方へ……」


 ベラはシャルロットをパヴァリアの対面に座らせようとするが……。


「いいわ、わたしはこちらで」


 シャルロットはカウンター席に斜めに腰掛けた。

 キースが消えたカウンター奥の扉、そして宿屋の出入り口がすべて視界に入る位置取りをしたのは、希少種であるハイエルフの女、そして元冒険者の本能と言っていい。 

 

「ええと……お客様、別々のお席でよろしいんですか?」


 おずおずと切り出して来るベラに……。


「いいのよ。あいつと一緒にお酒を呑んだって、美味しくもなんともないから」


「そ、そうですか……」 


 そう断られてはどうしようもない。

 双子は顔を見合わせて困惑したが、大人しく席替えを受け入れた。





 双子の提供する料理は美味かった。

 地場野菜を使った滋味豊かなスープ、香辛料をたっぷりきかせた兎の丸焼きはもちもちとしていながらジューシーで、香り高いホットワインと共にシャルロットの空腹を満たしてくれた。


「ここ、いい店ね。気に入ったわ。今回の任務が終わったらまた来ようかしら」


「あら、嬉しいことを言ってくださいますね、騎士様」


「あ、あー……りが、と。きしさま」


 忙しく立ち働く双子の目を盗んで店内に入って来ていたキースが、ひょこりとカウンターの上に顔を出して礼を述べた。

 目をにっと細めて顔を左右に揺すって、いかにもご機嫌といった様子だ。


「こらっ、キースっ」


 ベラが怒ると、キースは「ひっ」と怯えて頭を抱えた。


「ごめんなさいねえ、お客様。このコ、旅の人のお話を聞くのが好きで……。でもこんな顔に声でしょう。騎士様を不愉快にさせるわけにはいかないからと、後ろに引っ込んでるように言ったんですが……」

 

「いいわよ別に。話ぐらいならいくらでも」


 むしろこっちも聞きたいことがあったしと、心の中で付け足しながらシャルロット。


「あら、すみませんねえ。それじゃあえーと……あ、もうワインが無いんですね。……そうだっ」


 ベラは良いことを思いついたという風にカウンターの下に潜ると、緑色の酒瓶と陶器製のぐい呑みを取り出した。


「騎士様のために、今夜は秘蔵の薬草酒をお出ししましょう」


「……薬草酒?」


「ええ、主成分はニガヨモギ。あとはシナモンの皮にカッシア桂皮に……ちょっと癖はありますし度数も高いですけど、独特の風味があって美味しいお酒ですよ」


「へえ~……?」

 

 酒には目の無いシャルロット。これには俄然がぜん興味を引かれた。


「あ、でも……これって西方辺境域のお酒よね?」


 蒸留過程で悪い菌は死滅しているだろうが、あまり気持ちのいいものではない。

 キースの手前悪いとは思うが……。


「風土病のことでしたらご心配なく、製法はそのままに、水はこちらのものを使っていますから」


 ベラは気にした様子もなく、さらりと教えてくれた。


「あらそう。なら……」


「あ、いいなあー。こちらにも同じのくださいよー」


 空のジョッキを振り、声を上げるパヴァリア。

 

「あら人気ね、だったら裏から取って来ないと……」


「姉さん、じゃあわたしが」


「ふふん、これはわたしのですからね。あなたは大人しく待ってなさいな」


 パヴァリアの方を振り返りながら煽ったシャルロットは、その時わずかな違和感を覚えた。

 ニコニコ笑顔でジョッキを掲げるパヴァリアの、目だけが笑っていないことに。

 パチリと、何かのサインのようにウインクしてきたことに。

 

(何……? わたしに何かを訴えている……?)


 シャルロットは一気に酔いが醒めた気分になった。

 疑り深く神経質なパヴァリアのことは虫唾が走るほどに嫌いだが、その博識と、そして危機察知能力だけは認めている。


(ということは、この店に何か仕掛けがある……っ?)


 シャルロットが考えを巡らせている間にも、周囲の状況は動いている。


 ドナが小走りになってパヴァリアの脇を通り過ぎようとし──

 ベラは酒瓶をカウンターの上に置き──

 キースはニコニコと笑いながらシャルロットの隣に── 


「おおーっと、手が滑ったぁー」


 パヴァリアが、木のジョッキを手放した。

 放物線の描く先は、よもやのドナの顔面──!


「──っ!?」


 ハッとしたドナは、しかし凄まじい反射神経でジョッキを叩き落とした。

 頑丈な木のジョッキは床に叩きつけられ、木目に添ってバシャリと縦に割れた。


「わあー、お姉さん。すごい反射神経ですねえ」


 パヴァリアは立ち上がってパチパチ手を叩くと、ドナの偉業を讃えた。

 

「いきなり顔面に物が飛んできたら、普通はけるか手でかばうかするもんですけど……お姉さんは叩き落(・ ・ ・)とせる人( ・ ・ ・ ・)なんですねえー」


「……くっ」


「ドナ!」


 青ざめた顔で立ち尽くしているドナに、ベラは慌てて声をかけた。


「今すぐジョッキを片付けて、床を拭いて! 騎士様に謝らないと!」


「あ、もういいですよ。そういうの(・ ・ ・ ・ ・)


 パヴァリアはニヤリと口元を歪めた。


「やー、なかなかいい小芝居でしたよ。木を隠すには森の中とでも言ったらいいのか、ワケ有りの姉弟を装うことで逆に僕らの警戒心を満足させた。人間、一度疑いを晴らすと二度目は緩くなるもんですからね。他の疑念が目立たなくなる」


「騎士様、何を言って……?」


「暖かい暖炉の傍に誘導して、本当はこのカーテンの後ろから奇襲でもするつもりだったんでしょう? だけどシャルロットがわがままを言ったことで席が離れ、難しくなった」


「騎士様、どうか……」


「次の手は料理と酒だ。ふんだんに香辛料をきかせた料理と酒でこちらの鼻を狂わせたところへ、ニガヨモギを使った郷土の酒。知ってますよ。幻覚や神経麻痺、錯乱などを引き起こすため、多量に呑むのは禁止されているやつですよね、それ。味も独特の苦味があって、毒を混ぜて(・ ・ ・ ・ ・)殺すには持( ・ ・ ・ ・ ・)って来い( ・ ・ ・ ・)の、暗殺者御用達の酒だ」 

 

『……っ!?』


 パヴァリアの言葉に、双子はびくりと肩を震わせた。

 

「図星って感じですかね。ま、わざわざこんな推理をせずとも、僕には最初からわかっていたんですけどね。ねえ、お姉さんたち、覚えておいたほうがいいですよ。長年かけて体に染みついた血の匂いってのはね、いくら洗ったって落ちないもんなんです」


 パヴァリアは肩を竦めると、傍らにあった鎖鎌を手に取った。

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