「ふたりは忘れない」
~~~ベラ・ローチ~~~
「あらあら、まあまあ」
二階から伝わって来る震動、そして賑やかなやり取りに、食事の後片付けをしていたベラはくすりと笑った。
「今宵はまた激しいこと。アール様、あの少年をずいぶんとお気に入りのご様子ね」
「そうね、姉さん。あんなに楽しそうなアール様の顔を見るのはひさしぶりだわ。本当に、トーコ様がご存命の頃みたい」
雑巾を絞って床を拭いていたドナも、にこにこと嬉しそうだ。
「寝起きの悪いトーコ様をアール様が起こしに行ってドタバタ騒いで……」
「その後、トーコ様を引きずるようにして降りて来てね。『腹が減った、飯を用意せい。こやつの分は少なくていいからな。だいえっと中だから』って。それでトーコ様が涙目になって……」
懐かしい思い出を語り合いながら、ふたりは笑った。
ふたりがトーコやアールと過ごしたのは、日にちにしたらせいぜい一週間程度のものだ。
程度のものだが、ふたりにとっては他の何ものにも代えがたい、貴重なものとなった。
今でもアールがいると、束の間あの頃の気分を味わうことが出来る。
だが……。
「でもね、ドナ。どんなに似ていても、あの頃のアール様の笑顔とは違う」
「そうね、姉さん。あの頃のアール様は、二度と戻って来ない」
ふたりは見つめ合うと、顔を引き締めた。
ふたりは──幼くして盗賊に襲われ、両親を失った。
人買いに売り飛ばされ、様々な飼い主の下で言葉にも出来ぬようなひどい目に遭わされた。
飼い主を返り討ちにして自由を得てからは、あらゆる手段を使って生き延びてきた。
騙し、殺し、奪うことに罪悪感など微塵も無かった。
人間は生まれながらにして愚かで、どこまでも醜悪な存在だから。
だからこそ──トーコの存在は衝撃的だったのだ。
心の底から世界の平和を望み、他者のために尽くすことが出来る。
勇者とは真逆の存在であるはずの魔族の娘までも友とすることが出来る。
この人は、この人たちだけは信頼出来る。
人間として、もう一度愛することが出来る。
そう思っていたのに……。
「……アール様の予測によるならば、あと二刻ほど(二時間ほど)ね」
「ええ、姉さん。勇者様を追跡して来た七星の追い足を最大速度で考えるならば、ここへ到達するのがちょうどそのくらい。情報を収集する意味でも、おそらく一度は立ち寄るはず……」
ふたりはそこで歩み寄ると、両手の指を絡め合いながら、固く誓った。
「ねえ、ドナ。旧街道の殺人鬼、ローチ姉妹の名に懸けて。その時こそ」
「ええ、姉さん。必ず奴らを、仕留めてみせましょう」




