「殺し屋たちの宿」
~~~フルカワ・ヒロ~~~
その宿は、旧街道が本街道に合流する、わずか手前に建っていた。
本街道からは奥まったところにあり、言われなければ見落としてしまいそうな、絶妙な位置にあった。
外観はいたって普通だ。
井戸があり、小屋があり、家畜用の囲いのついた納屋がある。
母屋は横に長い二階建てで、入り口に宿屋兼酒場の職業票である『ベッドと酒樽』の看板がぶら下がっている。
入り口のドアからはいかにも暖かそうな灯りが漏れていて、雨に濡れた体がすぐにも入りたいと騒ぎ立てた。
でも、なぜだろう。
そこはかとなく不気味な雰囲気が漂っているというか、誰かに見られている感覚があるというか……。
「へえー、意外としっかりした宿じゃんっ」
馬を降りたレインは、外套を脱ぎながらいかにも嬉しそうな声を出した。
「良かったね、勇者様っ。このまま濡れネズミじゃあんまりだもんねっ」
「ああ、そうなんだけど……なんか、なんだろうな……この感じ」
説明の難しい嫌な予感のことを口にすると、レインは呆れたような顔をした。
「何を言ってんのさ。追手を恐がるあまり、目に映るものすべてが怖くなっちゃったの? 子供みたいっ」
「いやあ、それはあるかもしんないんだけど、それだけでもなくてさ……」
「それでいいのだ、勇者殿の感覚で正しい」
外套についた水を払いながら、アールが満足げに言った。
「この宿はな、ただの宿ではないのだ。かつてこの地一帯を震撼させた殺人鬼、ローチ姉妹の殺人宿なのだ」
……。
…………。
………………は?
「え、今なんて……」
驚きの余り二の句も告げずにいると、宿の扉がぎいと開いた。
姿を現したのは、ふたりの女性だ。
年の頃なら二十歳ぐらいだろうか。
赤毛のセミロングで、頬にはそばかすがある。
背丈も服装もよく似ていて、姉妹というより双子のように見える。
「アール様、長旅お疲れ様でございます」
「お連れの方々もお待ちしておりました。外は寒かったでしょう。さ、どうぞ中でお温まりください」
いかにも客商売の人らしい柔らかな笑みを見せながら、ふたりは俺たちを中へと招き入れた。
内装はいたって普通だ。
カウンターとテーブル席が3つ、他には暖炉と、二階へ続く階段がある。
バックヤードみたいなものだろうか、部屋自体は分厚いカーテンのようなもので二分割にされている。
「さ、こちらにお座りください」
「ああ、どうも……」
カウンターに近いテーブル席には、すでに食事の用意がされていた。
「ええと、ありがとうございます。俺はヒロで、こっちはレインで。その、あなたたちは……」
俺の問いに、ふたりは並んで居ずまいを正した。
「わたしがベラ」
「わたしがドナ」
「わたしたちはこの地で長い事客商売をいたしております」
「今まで何十人もの人を殺め、金品を強奪してもおります」
『えぇー……』
ものすごいストレートな告白に、俺とレインは硬直した。
一方アールは泰然としたもので、のんびりエールなどを口にしている。
「ですがご安心ください。あなたたちに危害を加えることは決してございません」
「わたしたちの敵は七星。そしてトーコ様に危害を加えたあらゆる人間たちです」
聞けば、彼女たち姉妹はかつてトーコさんとアールを襲ったところを返り討ちに遭ったのだとか。
トーコさんの真心に触れる内に改心し、今はこうしてアールと共同戦線を組んでいるのだとか。
「う……ううーむ……、なんだか複雑な気分だなあ……」
自身も元七星だったレインは、眉を八の字にして腕組みしている。
「レイン様に関しては問題ありません。その当時の七星のメンバーではありませんし、アール様の隷騎士でもありますし」
「もしそうでなかったとしたら、あちらの席に座っていただくところでした」
ニコニコと微笑みながら、ふたりはカーテンに近いテーブル席を指差した。
「えっと……そこに座るとどうなるのかな……?」
「食事もたけなわというタイミングで、わたしどもがカーテンの向こうから襲い掛かります」
「両サイドから、これこのように鎌で。これを躱せた者は、今までにアール様とトーコ様のふたりのみでございます」
「わ、わあー……そうなんだー……」
ふたりが取り出したのは、柄の長い大型の鎌だ。
まるで伝説の中の魔女が振るいそうな獲物の異様さに、レインはぞぞぞと背筋を震わせた。
しかし、七星に対抗するためとはいえ、筋金入りの殺人鬼と組むのはさすがに気が引けるなあ。
などと思い口をもにょらせていると……。
「勇者様、ご心配なく、わたしどもはすでに改心しております」
「トーコ様の仇打ちが終わり次第出頭し、法の裁きを受けたいと思います」
「……マジすか」
正確に何十人殺したかは知らないが、もし出頭したら死刑は免れないだろうに。
よっぽどトーコさんという人が凄かったんだなあと感心していると……。
「勇者殿、レイン。七星の到着までにはおそらくまだ時間がある。それまで部屋で寛いでいるがよい」
二杯目のエールに取り掛かったアールが、気持ちよさそうな顔で言った。




