表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者のハラワタは美味いらしい  作者: 呑竜
「第三章:殺し屋たちの宿」
23/51

「殺し屋たちの宿」

 ~~~フルカワ・ヒロ~~~




 その宿は、旧街道が本街道に合流する、わずか手前に建っていた。

 本街道からは奥まったところにあり、言われなければ見落としてしまいそうな、絶妙な位置にあった。


 外観はいたって普通だ。

 井戸があり、小屋があり、家畜用の囲いのついた納屋がある。

 母屋は横に長い二階建てで、入り口に宿屋兼酒場の職業票である『ベッドと酒樽』の看板がぶら下がっている。

 入り口のドアからはいかにも暖かそうな灯りが漏れていて、雨に濡れた体がすぐにも入りたいと騒ぎ立てた。


 でも、なぜだろう。

 そこはかとなく不気味な雰囲気が漂っているというか、誰かに見られている感覚があるというか……。


「へえー、意外としっかりした宿じゃんっ」


 馬を降りたレインは、外套を脱ぎながらいかにも嬉しそうな声を出した。


「良かったね、勇者様っ。このまま濡れネズミじゃあんまりだもんねっ」


「ああ、そうなんだけど……なんか、なんだろうな……この感じ」


 説明の難しい嫌な予感のことを口にすると、レインは呆れたような顔をした。


「何を言ってんのさ。追手を恐がるあまり、目に映るものすべてが怖くなっちゃったの? 子供みたいっ」


「いやあ、それはあるかもしんないんだけど、それだけでもなくてさ……」


「それでいいのだ、勇者殿の感覚で正しい」


 外套についた水を払いながら、アールが満足げに言った。


「この宿はな、ただの宿ではないのだ。かつてこの地一帯を震撼させた殺人鬼、ローチ姉妹の殺人宿なのだ」


 ……。

 …………。

 ………………は?


「え、今なんて……」


 驚きの余り二の句も告げずにいると、宿の扉がぎいと開いた。


 姿を現したのは、ふたりの女性だ。

 年の頃なら二十歳ぐらいだろうか。

 赤毛のセミロングで、頬にはそばかすがある。

 背丈も服装もよく似ていて、姉妹というより双子のように見える。 


「アール様、長旅お疲れ様でございます」


「お連れの方々もお待ちしておりました。外は寒かったでしょう。さ、どうぞ中でお温まりください」


 いかにも客商売の人らしい柔らかな笑みを見せながら、ふたりは俺たちを中へと招き入れた。


 内装はいたって普通だ。

 カウンターとテーブル席が3つ、他には暖炉と、二階へ続く階段がある。

 バックヤードみたいなものだろうか、部屋自体は分厚いカーテンのようなもので二分割にされている。


「さ、こちらにお座りください」


「ああ、どうも……」


 カウンターに近いテーブル席には、すでに食事の用意がされていた。


「ええと、ありがとうございます。俺はヒロで、こっちはレインで。その、あなたたちは……」


 俺の問いに、ふたりは並んで居ずまいを正した。

  

「わたしがベラ」


「わたしがドナ」


「わたしたちはこの地で長い事客商売をいたしております」


「今まで何十人もの人を殺め、金品を強奪してもおります」


『えぇー……』


 ものすごいストレートな告白に、俺とレインは硬直した。

 一方アールは泰然としたもので、のんびりエールなどを口にしている。


「ですがご安心ください。あなたたちに危害を加えることは決してございません」


「わたしたちの敵は七星セプテム。そしてトーコ様に危害を加えたあらゆる人間たちです」


 聞けば、彼女たち姉妹はかつてトーコさんとアールを襲ったところを返り討ちに遭ったのだとか。

 トーコさんの真心に触れる内に改心し、今はこうしてアールと共同戦線を組んでいるのだとか。


「う……ううーむ……、なんだか複雑な気分だなあ……」


 自身も元七星だったレインは、眉を八の字にして腕組みしている。


「レイン様に関しては問題ありません。その当時の七星のメンバーではありませんし、アール様の隷騎士サーヴァントでもありますし」


「もしそうでなかったとしたら、あちらの席に座っていただくところでした」


 ニコニコと微笑みながら、ふたりはカーテンに近いテーブル席を指差した。


「えっと……そこに座るとどうなるのかな……?」


「食事もたけなわというタイミングで、わたしどもがカーテンの向こうから襲い掛かります」


「両サイドから、これこのように鎌で。これを躱せた者は、今までにアール様とトーコ様のふたりのみでございます」


「わ、わあー……そうなんだー……」


 ふたりが取り出したのは、柄の長い大型の鎌だ。

 まるで伝説の中の魔女が振るいそうな獲物の異様さに、レインはぞぞぞと背筋を震わせた。


 しかし、七星に対抗するためとはいえ、筋金入りの殺人鬼と組むのはさすがに気が引けるなあ。 

 などと思い口をもにょらせていると……。


「勇者様、ご心配なく、わたしどもはすでに改心しております」


「トーコ様の仇打ちが終わり次第出頭し、法の裁きを受けたいと思います」


「……マジすか」


 正確に何十人殺したかは知らないが、もし出頭したら死刑は免れないだろうに。

 よっぽどトーコさんという人が凄かったんだなあと感心していると……。


「勇者殿、レイン。七星の到着までにはおそらくまだ時間がある。それまで部屋で寛いでいるがよい」


 二杯目のエールに取り掛かったアールが、気持ちよさそうな顔で言った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ