「肩のひとつも抱けないくせに」
~~~フルカワ・ヒロ~~~
翌日はあいにくの雨だった。
たらいをひっくり返したような超強烈な土砂降りの中、俺たちは二頭の馬をひた走らせていた。
人通りの無い旧街道は、恐ろしく路面状況が悪い。
整備されていない石畳はその多くが欠けている。
苔がみっしりと生え、一部が藪に呑み込まれている。
所によっては陥没箇所もあったりして、乗り心地は最悪の悪。
互いの会話も聞こえづらく、そのため俺は同じ馬に乗っているレインと話すのにすら大声を出さなければならなかった。
「ふうーん! そんなことがあったんだー!」
先行するアールの後を必死に追いながらのことだった。
昨夜の話を聞いたレインは、ひどくたんぱくな感想を述べた。
「ふうーんって、おまえさー! もっと驚いたりしない!? アッと驚き、びっくり仰天! みたいなリアクションとれないの!?」
「べっつにー!? 知ったところでどうってことないし!? ボクはボクのお役目をするだけだし!? というかそもそもさ、それぐらいのこと想定出来てなかったの!? 魔族のアールが自ら陣頭に立ってるんだ! それなりに特別の理由があって然るべきじゃないか!」
「そりゃそうだけど……っ」
ムッとしたけど、実際その通りだった。
あのアールが自らの命を、一生そのものすらも懸ける理由なんだ。
それぐらいのものでなければ、釣り合うわけがない。
「そうだけどさ……」
有効な反論が出来ずにいる俺に、レインは重ねて聞いてきた。
「ねえー、それでさ!? それからどうなったの!?」
「どうって……何が!?」
「だってさあー、決まってるじゃん! 古今東西英雄譚の決まり事! 英雄とヒロインの睦言とか! 夜の褥のあれやこれやとかはなかったの!?」
「む……むつごととかよるのしとねとか! おまえいったい何言ってんの!? それが何をどうすることなのかそもそも知ってるの!?」
「し……知ってるよそれぐらい!」
するとレインは、聞き捨てならないとばかりに振り返った。
可愛らしい顔を、驚くほどに真っ赤に染めながら。
「あれだろ!? こう……抱き合ったりとか……! むぎゅうーってしたりとか……! そうするとほら……そのうち神様に祝福された大鳥が赤ちゃんを運んで来ちゃうみたいな……!」
「ああー……はいはいはい! そういうレベルのあれね!」
「な、ななななななんだよ! そういうレベルのあれって! バカにしたみたいに!」
「いやいやいいんだよ! いいんだ! 無理すんな! ただ俺はわかったってだけだから! 今後おまえのそういう煽りの一切が俺には効かないってことをさ!」
「はあああー!? わけわかんないし! わけわかんないし! ちょっとキミ何言ってんの本気で!?」
心外、とでもいうようにレインが繰り返すが、俺にはまったく通じない。
赤ちゃんはコウノトリが運んで来るレベルの性知識しかないレインちゃん可哀想、としか思えない。
「ホントにもう! ホントにもう! ホントにもう!」
よほど悔しかったのだろう、レインは一気に速度を上げた。
「ちょおま……さすがにこれは早すぎ……!」
「うるさいよ! 勇者様のバカ! 意地悪ばっかり言って!」
「わかった! 悪かった! 俺が悪かったからちょっと速度を……!」
「そーいうことにさも詳しいみたいな雰囲気醸し出してるけど自分なんか超絶ヘタレのくせに! アールとそんな感じになっておきながら肩のひとつも抱けないくせに!」
「そうだけどさ! たしかにそうなんだけど! 映画なんかだとカッコいい俳優がそんなことするんだけど! 俺はだってこんな俺だし!? んなことしたら通報案件というかただしイケメンに限るというかマジ引くわーというか……って危なっ! 今一瞬マジで落ちかけたんだけど!? ちょっとレインさん操縦荒すぎません!? レインさーん!?」
「落ちたって再生するんだから平気でしょ!? っていうか一回落ちて頭粉々になったほうが今より良くなるんじゃない!?」
「いやいや頭潰されたらさすがに死ぬからというかねえさすがにひどくない!? 俺、そこまでおまえを怒らせるようなことしたか!?」
「してるよ! ずっとしてる! 気づかないのは勇者様が鈍感だからなだけだもん!」
顔を真っ赤にしたままぶんむくれるレイン。
「はあああーっ!? 意味わかんねえし! つうかおまえマジで理不尽な奴だな! さすがの俺もキレちまったわ! ようし、そっちがその気なら……こうだ!」
「ちょ──!?」
レインの態度にキレた俺は、その体にぎゅっとしがみついた。
「さらにこうして……こうだ! 絶対に振り落とされないようにしてやる!」
「ちょちょちょま──!?」
レインの細腰に下腹部を押し付け、脇の下から差し入れるように両腕を通し、ささやかな胸の膨らみの下でがっちりホールド、さらにうなじの辺りに顔を埋めた。
鎖帷子越しなので楽しめるような感触は一切無いが、アイドルみたいに可愛い女の子の汗と体臭の入り混じった蠱惑的な香りを鼻から嗅ぎ取った俺は、えらく滾ってしまい……。
「あ……これヤバい……ヤバいやつだ……。超興奮する……どうしよう……」
「ヤバいのはキミだよ!? ……ってやだもう、もぞもぞしないでよ! このエッチ! スケベ変態!」
動揺するレインだが、路面状況最悪の旧街道で、しかも全力で走る馬の上で、さらに後ろからだいしゅきホールドをかまされてはさすがに身動きがとれない。
「いやあ……もうそういうのいいわ! エッチでもスケベでも変態でも構わんわ! 今! 俺は! この感触が楽しめればそれでいい!」
「ちょっとなに開き直ってるの……ってひゃあぁぁん!? 耳っ……! 耳はダメだよおおおおっ!?」
「……何をやっておるのだ。そなたらは……」
騒ぎまくっている俺たちの横にいつの間にか、呆れ顔のアールが並走していた。
「あ」
「あ」
「あ、じゃあるか」
アールは瞑目すると、ふるふるとかぶりを振った。
「ともかく、目的地に着いたぞ。あれが我らの今夜の宿。そして──奴らを殺すための罠だ」
そう言って指差した先にあるのは、旧街道と本街道の合流点の手前にポツンと建つ、なんの変哲も無い宿屋だった。




