「この世には、殺さねばならぬ奴らがいる」
~~~フルカワ・ヒロ~~~
「……出会ったのはさ、偶然?」
「うん?」
「や、その……だからさ。トーコさんは転送の罠のせいで遥か南方に飛ばされたわけじゃん。にも関わらず出会えたのはなんでなのかなっていう……や、だってさ、こっちは連絡手段とか全然発達してないわけだろ? 俺のいた世界じゃ携帯やらスマホやら4Gやら5Gやら色々あるわけで……いや、何言ってるかわかんないだろうけど、要は連絡をとろうと思えばすぐとれるわけで……でも、こっちではさ……」
偶然なわけがない。
そんなことはわかっていたが、聞かずにはいられなかった。
それはたぶん、怖かったからだ。
自分より先にこちら側へ来た先達の、自分よりも遥かに上手くやっていたはずの先輩の死にざまを聞くのが怖かったから、何かと理由をつけて先延ばしにしたかったんだ。
「……もちろん、偶然ではなかった」
俺の気持ちを察したのだろう、アールはすっと目を細めた。
優しげな、儚げな笑みを見せた。
「七星と再会したのはな、とある山間の、小さな村だったよ。住民よりも鶏や牛のほうが多いぐらいの、のどかな村だった。家以外に村にあるのは、雑貨屋兼宿屋が一軒だけ……でもそこが、奴らの指定した場所だった」
「指定……」
「七星はな、各都市に早馬を出していたのだ。その土地土地の首長に、有力者に、こう伝えていたのだ。人相書きと共にな。『エイドスカードの検査を厳密にするように。勇者トーコを発見したら、なんとしてでも引き止めるように。もし万が一出来なかったとしても、必ず行方を探れるように紐を付けよ』とな。簡単な話だ。簡単で、しかし確実な話だ」
「……」
そりゃそうだ。
王国の勢力圏内で、しかも国家の一大事だ、それぐらいのことはするだろう。
「そんなことを露とも知らないトーコは、あっさりと網に掛かった。指定の場所に導かれ、そしてあえなく……」
アールはふるふるとかぶりを振った。
「で、でも……最強の勇者だったんだろ? 白銀とか呼ばれる凄腕だったんだろっ? 騙し討ちされたにしても、そんなに簡単にやられるわけが……」
「……」
アールはじっと、静かな瞳で俺を見た。
「最強の勇者であってもな、人間には違いないのだ。そしてトーコには、勇者殿のような『再生』の能力が無かった。ならばいくらでもやり様はあるさ。眠り薬でも痺れ薬でも盛り放題……」
「盛り放題って……」
「我はな、そんなことに気づきもしなかったよ。万が一にも七星の感知スキルに引っかかってはならんと、離れた厩にいた。藁の上に横になってな、空いた天井から空を見ていた」
自嘲気味に、アールは続ける。
「考えていたのはな、他愛もないことばかりだったよ。これで終わりか、とか。この後トーコはどこへ行くのか、とか。ついて行ったらバレるだろうか、とか……」
「……アール?」
アールの様子がおかしいのに、俺は気づいた。
目の焦点が合っていない。
歯をギギギと音を立てて噛み合わせている。
組み合わせた両手の甲に、血が出るほどに深く爪が突き刺さっている。
「楽しかったな、とも思っていたよ。短い間ではあったが、楽しかったなと。一緒にとったあの魚は美味かったなとか、一緒に見たあの大道芸は面白かったなとか、トーコの寝相の悪さには悩まされたなとか。ああそうか、もうそんな思いをすることはないんだなとか──」
「アール……」
「試食会はな、王都から遠く離れた貴族の別荘地で行われたのだ。夏の園遊会の出し物のひとつとしてな。今でも覚えているよ、四肢を拘束され運ばれていくトーコの絶望の表情。我に気づいた時の、あの目……っ」
「アール!」
俺が強く肩を揺すると、アールはビクッと身を震わせた。
目を丸くして俺の顔を見て──浅く呼吸を繰り返して──ゆっくりと時間をかけて──こちら側へと戻って来た。
「……ああ、すまないな勇者殿。昔のことを思い出していたら、ついつい……」
「いや、別にいいけど……」
いつの間にか、手に汗をかいていた。
アールの突然の変貌が恐ろしくて、密かに足を震わせていた。
「その……それだけ大事だったんだもんな、トーコさんのことが。しかたねえよ。怒るのも無理ねえ」
「大事……大事か……」
アールはパチパチと弾ける炎に目をやった。
「……わからんよ。何せあれから5年だ。トーコに関しては、もうわからなくなるぐらい様々のことを思った。だがな、これだけは言える。たったひとつの、これだけは動かしがたいこと──」
そして、ボソリとこう告げた。
「この世には、殺さねばならぬ奴らがいる」
鮮紅色の瞳の中に、消えることなき炎を燃やしながら……。




