「祭壇の下に」
~~~ジャカ・グラニト~~~
「……ちっ、やってくれるぜ」
無数の矢を浴びて絶命した狩人の亡骸を盾にしながら、ジャカは先に進んだ。
鬱蒼と茂る藪をかき分けかき分け、ようやく洞窟の入り口が見えるところまでやって来た。
「おい、ジャカ。本当にこれでいいのか? 一度戻ったほうが……」
「うるせえ! 四の五の言うな!」
戦闘用馬車を降りたせいで鈍重極まりないベックリンガーの警戒の言葉を、ジャカはしかし後ろも振り返らずに否定した。
「ここまで来て、今さら引き返せるかバカ!」
洞窟を目指して進む彼らの道に立ちはだかったのは、骸骨兵士の群れだった。
深い藪のあちこちから立ち上がってきたそれらは、単体ではさほど強い相手ではない。
だが、全身鎧で武装を固めて遠間から延々と矢を射かけられては、さすがのふたりでも手を焼く。
かといって、無視して進むには数が多すぎる。
すべての個体を破壊することは出来たものの、そのために多くの時間が失われた。
そして──
「ちっ……たくようー! マジでふざけんなよ! こいつはこいつで間者かどうかもわからねえうちにとっとと死んじまうしようー!」
ただの重い盾となり果てた狩人の亡骸をいよいよ投げ捨てると、ジャカはベックリンガーを促して洞窟内に踏み込んだ。
そして──結果だけ見るならば、それは最悪手であった。
追跡のためとはいえ、ベックリンガーの足を失ったことと。
冷静さが売りのジャカが頭に血を登らせてしまったことは……。
洞窟内には骸骨兵士の姿こそ無かったが、代わりに多くの罠が張り巡らされていた。
足を引っかけると毒虫が降りかかってくる。
手を壁につけば、そこには毒針。
飛来する矢、突然の落盤……。
「えいくそっ! なんて陰湿な……!」
さすがのジャカも音を上げるほどの罠の数々。
しかも──ジャカは知らないことだが──壁に掛けてあるランタンからは、すでに鬼火の灯りは消えている。
暗い洞窟内を進むため、ジャカは腰に装備していた道具袋から発火石と布、油を取り出し松明を作ったが、そうすると当然ながら片手は塞がる。
炎と煙のせいで視界の一部も塞がり、罠への警戒を怠るわけにもいかず、進みは極めて遅くなる。
さらに苦労しているのがベックリンガーだ。
人並み外れた巨体を誇る上に巨大なタワーシールドまで背負っているベックリンガーは、一歩進むごとに不満を漏らしている。
「狭い……なんでこんなに狭いのだ……」
「てめえはバカみてえに食ってばかりだからそうなるんだよ! 少しは痩せろこのデブ!」
「そうは言うが……」
「ああもう、めんどくせえから鎧もなんもかも脱ぎ捨てちまえ! どうせてめえの体にまともな武器なんぞ通らねえよ!」
「むむむむ……」
唸るベックリンガーは次第に遅れ出し、とうとうその姿が見えなくなってしまった。
「ちっ、あの野郎……! あーあー、わかったよ! ここはオレがひとりでやるからてめえは戻って入り口を押さえてろ! その代わり、一匹たりとも逃がすんじゃねえぞ!?」
腹立ちまぎれに叫ぶと、ジャカは素槍を構え直した。
「……ふん、ひとりだろうと構いやしねえ。どっちみち、敵になるのはレインぐらいだ」
ひとりで全員殺せばいいのだと腹をくくると、洞窟の奥へと歩みを進めた。
数分後。
ジャカは洞窟の最奥にたどり着いた。
「……ずいぶんと広い部屋だな。感じからすると礼拝堂か……んん?」
松明をかかげ部屋を照らした瞬間──ジャカは驚き、硬直した。
なぜならば、礼拝堂の奥、祭壇の下にうずくまる人影があったからだ。
両手足を鎖で縛られた、その人物は……。
「あれは……?」
その人物は、華奢な身体つきながら鎖帷子を身に着けていた。軍衣に刺繍された紋章は『剣を噛む獅子』。
深くかぶった鉄頭巾の脇から、黄金色の三つ編みが覗いていた。
「レイ……ン?」
ジャカが驚いたのは、しかしそこではない。
その人物の胸には、これ以上なく深々と、短剣が突き刺さっていたのだ……。




