「一発ぐらいは防げるな」
~~~ジャカ・グラニト~~~
「本当にここでいいのか? おい、適当ぶっこいてんじゃねえだろうなあ」
「いいええ、滅相も無い。ここ以外にゃ考えられませんて」
ジャカが念押しすると、道案内を依頼した狩人の男は慌てて何度もうなずいた。
「ここは森の中の袋小路みたいなとこなんです。この岩山を登ったって、その向こうには崖があるだけ。近くにゃ村や町もねえし、脇道だってありゃしねえ。ここまで来てすれ違わねえってんなら、あの三人は洞窟に向かったはずだ。間違いねえ」
「ふうん……洞窟ねえ~……?」
ジャカは馬から降りると、しゃがみこんで地面に顔を近づけた。
斥候の技能を持つ彼は、人馬の足跡を追跡することが出来るのだが……。
(つい最近、馬が二頭通ってるな……。蹄の間隔と深さからいって……重めのが一頭とそうでないのが一頭……。一方がレインとヒロの乗っているものだとして、もう一頭は誰だ? レインが渡りをつけた勢力の使いの者か?)
顔を上げると、狩人は草汁で汚れた胴衣のあちこちを摘まみながら、きょろきょろと落ち着かなげにしている。
年齢は四十後半といったところだろうか。
追跡中に見かけたのを強引に引き止め訊ねたところ、怪しげな一行とすれ違ったと言い出したので連れて来たのだが……。
(武装は山刀に弓……。持ち物は背嚢のみ……。中身は飯に水筒ってとこか……? いずれにしても、訓練された動きじゃねえな。……だが、変に落ち着かねえな。ベックリンガーの威圧感のせいか? 七星だって脅しが効いたのか? それとも……)
「あのぉ~……それで旦那ぁ……。約束の金の方は……」
ジャカが怪しんでいると、やがて狩人は揉み手をしながら訊ねてきた。
(ああー……なるほどな。そういうことか)
ようやく納得がいった。
狩人は単純に金が欲しかっただけなのだ。
だが七星の異名、そしてベックリンガーの威圧感のせいで怖くなったのだろう。
本当にこのまま金だけもらって帰してもらえるのかどうかと、怯えていたのだろう。
「くっくっくっ……」
「だ、旦那……?」
「どうした? ジャカ」
どうやら難しく考えすぎたようだなと、ジャカがひとり笑んでいると……。
「くっくっくっ……ああ?」
不意に、ぴぃんと、脳裏を何かがよぎった。
斥候特有の技能である『危険感知』に触れたそれは、間違いなく『警報』によるものだ。
『警報』は、ある一定区間に設置しておく不可視の線のようなもので、物理的に切れば発報し、設置者へと連絡がくる仕組みになっている。
通常はダンジョンや城、商館など、特定警備施設に設置しておくものだが……。
(誰が切った……? 俺ではない、ベックリンガーはそもそもその場から動いてない。ということは……)
残りはひとり──狩人だけだ。
後ろへよろけた拍子に切ったのだろう。
あるいは故意にそう思わせたか。
(……ま、どっちにしてもやることは同じだわな)
ジャカは頬の刀傷を歪めるように笑いながら、狩人へと歩み寄った。
「え、え……旦那?」
「まあまあ、そんなに怯えるない」
何かを察したのだろう。
逃げようと身を翻した後ろの腕をジャカは捕らえた。
「金は払うさ。言った通りのな。だがまあ、それにはまずおまえが約束を果たさなきゃ、な?」
「や、約束だったら今まさに……」
「ああー? まだだろ、全然まだだ。案内ってのはやっぱ、現地までしてもらって初めて完遂ってもんじゃねえか。なあーおい?」
ごちゃごちゃと騒ぐ狩人を押すようにしながら、ジャカは歩き出した。
行き先はもちろん、件の洞窟。
(ずいぶんと準備のいい連中のようだから、この先なんの障害も無いとは考えにくい。飛んでくるのは矢弾か魔法か……まあー、とりあえず)
狩人を肉の盾にしながら、ジャカは笑った。
「一発ぐらいは防げるな」




