「冒険者たちの噂」
~~~フルカワ・ヒロ~~~
産まれた時から心臓が弱かった。
病院暮らしで、外出するには許可が必要だった。
しかし両親の関心は優秀な弟の方にばかり向いていて、申請されること自体ほとんどなかった。
だからというか、他にしょうがなく、俺は毎日病室でひとりで過ごしてた。
窓の外を眺めながら思い浮かべるのは、くだらない妄想ばかり。
いきなり異世界に転移して、魔法的な何かで治ったらどうしよう?
竜が飛び交う空の下を元気に走り回って?
剣を振るったり魔法を唱えたりして?
可愛い女の子と出会って恋に落ちて?
実現するはずもないあれやこれやを頭の中でこねくり回しながら生きていた16歳のある日、俺はなんと、異世界パラブルムに勇者として召喚されたのだ──
「いやあーまさか、妄想が現実になるとはなあー……」
召喚されてからちょうど4か月目の夜、俺は城塞都市『ゴルドー』にいた。
ゴルドーは『リディア王国』首都から西方にひと月ほどの距離にある都市だ。
周辺に点在するダンジョンの攻略拠点として、多くの冒険者が常宿を持っている。
中でも一番人気の宿が、『あくびをする竜』の看板が目印の『オールドドラゴン・イン』だ。
真ん中に吹き抜けを備えたドーナツ状の建物で、1階は倉庫に厩に酒場。2階が雑魚寝用の大部屋、3階が富裕層用の個室となっている。
繁盛店だけに客は多く、層も幅広い。
メインである冒険者はもちろん、大道芸人に娼婦、商人に巡礼者に職人にと、職業は様々。
エルフにドワーフにグラスランナーにピクシーにリザードマンにケット・シーにと、人種も様々。
とにかく多様な人たちの上げた声や立てた音が吹き抜けを通し建物全体に反響し、ウワアアアンという独特の唸りのような音を発生させている。
「しかもかなりの好待遇だし。どこぞの国民的RPGの勇者みたいにわずかなお金だけ渡されてひとり旅させられるわけでなし。きちんとお付きの人たちがいて、VIP待遇で護ってくれて……」
真ん中付近の席でぶどうジュースを飲みながら、俺はしみじみとつぶやいた。
「そして何より、この体だよな」
上手い感じに遺伝子が書き換えられでもしたのだろうか、こっちへ来た瞬間から俺は健康体になっていた。
寝ぐせだらけの黒髪やいつも眠そうな冴えない顔立ちというマイナス要素は変らないけど、心臓の弱さが無くなっていた。
なんと人並みに生活するどころか、全力で走ることすら出来るようになっていたのだ。
しかもこの体にはさらなる利点があって……。
「もおおーっ、勇者様っ! さっきからブツブツ言っちゃってえーっ! 人の話聞いてるのおーっ?」
周囲の喧噪に負けじと声を張り上げたのは、俺の隣に座っていたレインだ。
レイン・アスタード16歳。
黄金みたいに輝く三つ編みと、大きな空色の瞳がチャームポイントの女の子。
アイドルみたいに可愛らしく身体つきも華奢なのだが、鉄頭巾付きの鎖帷子、『剣を噛む獅子』の紋章が刺繍された軍衣、剣帯の両脇に吊るした二本の短剣という総重量にして十キロは下らないだろう装備を平然と着こなす体力オバケだったりもする。
それもそのはず、レインは武を持って鳴るリディア王国の中でも最強とされる特務騎士団『七星』の一員であり、任務として俺の護衛をしてくれているのだ。
「おかしいでしょこの鍛え方っ! こんな数字あり得ないから!」
レインが「ほらこれ! ここここ!」とばかりに見せつけてくるのは、電子マネーのカードぐらいの大きさの銀色の金属板──通称『エイドスカード』だ。
エイドスはこちらの世界の神様で、人間の管理を仕事としている。
筋金入りの分析家で、それぞれの名前や性別、職業年齢はもちろん能力までも数値化して人間に教え示すことに喜びを感じているらしい。
そう、例えばこんな風に──
名前:フルカワ・ヒロ
性別:男
年齢:16
職業:勇者駆け出し
レベル:13
HP:530
MP:280
筋力:43
体力:382
器用:32
敏捷:380
精神:26
知力:24
一般スキル:疾走(中)、曲走(中)、跳躍(中)、白魔法(初級)、黒魔法(初級)、剣術(中級)
特殊スキル:他言語理解、形相開示、再生(大)
「おかしいでしょ! おかしいよねえ!? なんだってこんなに極端なの!? 体力と敏捷以外はどうしちゃったの!? 仲良く川に釣りにでも行ってるの!?」
「ええと……」
特殊スキルのとこにある『他言語理解』はこちらの世界でも不自由なく言葉が扱えることで、『形相開示』は自分以外の人間のステータスをポップアップアイコンみたいにして視認出来ること。
どちらも相当便利な能力なのだが、最後の『再生(大)』には見劣りする。
これ、要は再生能力なんだけど、普通のRPGなんかにおける『徐々にHPが回復する』系のものとは全然違う。傷ついた箇所を即座に修復してくれる上、なんとスタミナまでも回復してくれるのだ。
スタミナってのは体力ってこと。つまりは走っても走っても力尽きることがなく、やる気になればそれこそ一生だって走っていられるわけ。
なんでもめちゃくちゃレアなスキルらしく、俺を召喚した術士の人たちや術を見守ってた王族の人たちも、これには大騒ぎしていた。歴代最高の勇者の誕生だ、なんて大喜びしてた。
ベクトルは違うけど、嬉しいのは俺にとっても同じでさ。
この4か月、冒険をしてる時以外にも朝晩そこら中を走り回っていたんだ。
走る、スタミナ回復、走る、スタミナ回復、走る、スタミナ回復、エンドレス。
結果として体力と敏捷に極振りしたみたいな形になって……。
「……というわけでさ。その分他の数値が上がらないのはまあ、しかたないというか……」
「しかたないじゃないよ! キミは勇者なんだろ!? だったらもっと鍛えるべきところが他にあるだろ!?」
「えっと……剣を振ったりとか?」
「そうそう!」
「魔法を唱えたりとか?」
「そうそう!」
「いやあ、そういうのはちょっと……」
「な・ん・で・だ・よ!?」
うがー、と髪をかきむしって怒るレイン。
「バランスだよバランス! 他の能力ももっとバランス良く鍛えないと! このままでホントに魔王と戦えるつもりなの!? 剣を振るって! 盾で防いで! 白魔法も黒魔法も使えるんだから、そっちも鍛えていかないと!」
「わかるよ? たしかに俺もそういう万能勇者になるのが夢だったし。でもさ、いざ夢が現実になってみると、いくら再生能力があるからって言っても痛いのは痛いわけじゃん。出来ることなら俺はそんな思いをしたくないわけ。魔王と戦うのだって、正面切ってドッカンバッカンじゃなく、こう……目にも止まらぬスピードで一気に仕留める感じでさ……」
「スピードだけじゃなんともならない時があるんだってば! そもそも戦闘なんて思惑通りに運ぶ方が少ないんだから! いざって時に『あ、そっちは鍛えてなかったわ』で済む話じゃないんだから!」
「ぬぬ、グウの音も出ない正論を……っ」
たしかにその通りだ。
基本、俺のレベル上げは七星のみんなに周囲の安全を確保してもらい、じゃっかん手助けまでしてもらった上で行われている。
巻き狩りと呼ばれるその戦い方なら多少格上のモンスターとも戦えるし、何かの間違いで再生が間に合わずに死んでしまうなんてこともない。
だけどそれは今だけの話だ。
この先旅が進み魔王の本拠地に近づいていけば、当然のことながら敵の強さも上がる。局面によっては七星ですら俺をフォロー出来なくなることだってあるだろう。
その時に必要なのはやはり……。
「わかった!? わかったよね!? だったらいいね!? 明日からはきっちりボクが指導してあげるからね!?」
逃がさないからねとでもいうかのように、レインは俺の腕にしがみついてきた。
「勇者様がそんなだと、何よりボクが困るんだから!」
「まあなあー……おまえの任務は俺の直の護衛だからな。万が一の事でもあったらそれこそむっちゃ怒られるんだろうけど……」
俺の隣、すぐ手の届く距離がレインのメインポジションだ。
冒険に行く時はもちろん、こうして食事をしている時だって、レインは常に傍にいる。
直接聞いたわけじゃないけれど、それはおそらくレインに与えられた役割なのだと思う。
気さくで世話焼きで歳も近いレインなら、俺への精神的負担を少なくかつ効率的に護ることが出来るから。
そういう意味で言ったのだが、レインは途端に怒り出した。
「はああーっ!? 護衛だから!? 怒られるから!? 違うよ! ボクはそんなつもりで言ったんじゃない!」
「そんなつもりじゃないって……だったらいったいどういう……」
「そんなの決まってるだろ!? ボクは勇者様のことが──」
何かを口にしかけて、レインはハッとしたような表情になった。
しがみついていた腕を離すと、慌てて立ち上がった。
「い、いやいやいやいやいやなんでもないっ! なんでもないったらなんでもない! お酒のせいで変な気分になっただけ!」
「お酒っておまえ……俺と同じでぶどうジュースしか飲んでないじゃ……」
「違うの! これはこう見えて立派なお酒なの! ボクは勇者様みたいなお子様とは違うんだから! わああー! 呑み過ぎてもう眠くなって来ちゃったなあー! ってことで寝よう! うん! おやすみ!」
レインは顔を真っ赤にすると、『閃光』の二つ名に恥じることのない速度で走り去った。
瞬く間に階段を登りきって3階へと到達すると、飛び込むようにして自室へと消えた。
呑み過ぎて眠くなった人の動きとは思えないが……。
「あ、ああー……ええーと……おやす……み?」
呆気にとられながらも胸の前で手を振ると、同じテーブルを囲んでいた七星のみんながどっと笑い出した。
「え、ちょ、なんで……?」
それぞれが一騎当千の英雄である男女6人が、俺とレインの子供っぽいやり取りを肴に、賑やかに酒を酌み交わし始めた。
「もうっ、なんだよみんなでバカにしてーっ」
口を尖らせながらも俺は、実はそんなに怒っていなかった。
さっきのレインの反応が気になって、それどころじゃなかったんだ。
レインは俺のことをどう思っているんだろうか?
もしかしてひょっとして、男性として意識してくれていたりするんだろうか?
「……っ」
レインと付き合っている自分を想像した俺は、思わず生唾を呑み込んだ。
アドレナリンがドバドバ出て興奮しちゃって、その夜まったく寝付けなくなった。
あの会話を聞いてしまったのは、だからそのせいだ。
夜中にひとり宿内をうろついていた俺は、最後まで酒場に残っていた冒険者の一団が噂話してるのを聞いてしまったんだ。
なあ、信じられるかい?
そいつらはさ、こう言ってたんだ。
──おい、知ってるか? あの勇者とかって奴。あいつは実は、食用として召喚されたんだってよ。
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