第百二話 オプジーボ
中部ペンクラブ会員の多くが老齢化し、疾患に関する小説が目立つようになった。だからオレだけでもやめておこうと考えていたが、記録として残しておくのも一考なので書くことにする。(きっと、皆さんそうなのだろう)
奇しくも、山中幸盛が前立腺ガンの宣告を受けた十月一日の夜に、本庶佑氏が「がん細胞による免疫抑制を解除する、全く新しいがん治療法を発見した」との理由でノーベル医学生理学賞を受賞したとの決定報道が流れた。あまりのタイミングの良さに、当然のことながら翌朝の新聞記事に目を通し、ネットでも調べてみる。
その『オプジーボ』という奇跡の薬品は、仮に体重六十㎏の肺ガンの人は一回の投与で百八十㎎が必要で、二週間に一度、一年間の治療を受け続けた場合、ワンボトル百㎎が七十三万円もするから、薬価は約三千三百八十万円にも及ぶ、とのネット情報もあった。
小野薬品工業が「オプジーボの適正使用について」との文書をネットで公表しているので、ほんの一部を抜粋すると。
オプジーボ(以下、本剤)の効能・効果は「根治切除不能な悪性黒色腫」及び「切除不能な進行・再発の非小細胞肺癌」であり、本剤の単独投与で行われた臨床試験の成績に基づいて承認されています。 本剤の添付文書の「重大な副作用」の項には、間質性肺疾患、甲状腺機能障害、1型糖尿病、大腸炎、重症筋無力症等の副作用が記載されており、承認された効能・効果及び用法・用量に基づいた使用であっても、過度の免疫反応による副作用を含めた様々な副作用が発現するおそれがあります。 本剤は承認された効能・効果及び用法・用量の範囲で使用いただくものです。(以下省略)
山中幸盛が住民票を置く蟹江町から、集団ガン検診の案内状が届いたので、インターネットを通して希望する受診日を選択して申し込んだ。検診日は七月十三日で、場所は蟹江町保健センター。胃ガン、肺ガン、大腸ガン、前立腺ガン、肝炎ウイルスの五つで五千円ちょうどの投資だ。
結果は別々に五冊の封書で送られてきて、四つは異常なしだったが、前立腺ガンについては、PSA検査の値が4・8なので『精密検査を要する』ときたもんだ。
さっそく八月八日の午前九時過ぎにK総合病院に出向いて総合受付嬢の案内で診察券を作り、それを自動受付機に差し込んでから泌尿器科の受付に行き、指示に従い尿を採ってから泌尿器科に戻るが、この日は長時間待たされ、やっと診察室に呼ばれた時刻は十二時半頃だった。
今後主治医になる松本医師いわく、ガンがあるかどうかを調べるには一泊の検査入院をして、肛門から管を差し込んで細胞を採取して調べるしかない、と宣告されるが、この日はまだ心の準備ができていなかったので、とりあえずMRI検査等を受けて茶を濁すことにする。
九月五日に血液と尿を採取してMRI撮影をしてから松本医師の顔を見に行くと、結果はPSAの値は5・04に上昇しているし、画像を指差して「この状態は怪しい」との説明を受けた。この日はもう肛門から管をぶっ込む覚悟ができていたので、予約を入れてすごすごと引き下がる。
九月二十一日の午前十時半過ぎに四人部屋に入院し、病室で検査着に着替えて点滴を開始。そして処置室に連れて行かれ、股を開いて肛門から触診されたあげくに管をぶっ込まれ、十二回針を刺して前立腺の細胞を採取する際は痛いというか苦しいというか二度と受けたくないと心中で叫んでいた。
その途中で「大きく息を吸って下さい」と言われたので大きくハーハーやっていたら、今度は「それでは過呼吸になってしまいますから小さく」と言われて苦笑する。その検査が終わってからも点滴を続け、KN3号輸液を3袋身体に注入してから、翌二十二日の午前十時頃に退院した。
十月一日にその結果を聞きに行くと、ガン細胞が見つかってしまったが、前立腺ガンは致死率が低く、幸盛の周囲の男たちがオレもやったと、多数名乗り出たことから、さほど深刻には受け止められなかった。しかし、前立腺ガンは骨に転移し易いらしいので、それを確かめることになった。
その翌々日の十月三日に『出勤』してアイソトープ注射を打ち、三時間後に受けるアイソトープ検査までの間にCTを撮り、一階の広いロビーに並べてあるテーブルの一つにノートパソコンを置いて小説原稿を書いて時間を潰した。
その検査結果を聞くために十月九日に『出勤』して松本医師と今後の治療法を相談する。幸いなことに骨には転移していなかった。手術すれば二週間の入院を要し、しかも頻尿や血尿などで紙オムツが一年間要るかもしれないと聞いて絶対にイヤだと主張したので、ホルモン療法を二年間やった後に、放射線(IMRT)を当てることに決まった。
その翌日の朝から食後に男性ホルモンを抑える薬を一錠二年間飲み続け、同時に一カ月後に男性ホルモンを抑える注射を打ち、やがては三カ月に一度打つそうだから、幸盛はみるみる女性化していって、やがてはバイアグラの力をもってしても勃起しなくなり、性欲は海の藻屑と消え去ることだろう。あら、いやだわ、女になっちゃう、ばかん。
幸盛の彼女は、レズビアンを受け入れてくれるだろうか。