2 カナちゃんの簡単魔力講座
「アリスさんの命令なので今回はアキラさんを連れていきます。くれぐれも勝手に行動しないでくださいね」
あれから一度家に帰宅し、夜に事務所に集合となった。
住んでいるアパートの住所を教えたらヒュンって、こうヒュンって一瞬で自室だったよね。うん。
もう、流石に信じるしかない。
あのアリス……いや、アリスさんの力らしいけどなんなんだよあの人。
戻ってきた俺はシャワーを浴びて、色々あったせいでさっきまで爆睡していたのだがアリスさんに叩き起こされ、灰色のスウェットに白のタンクトップ1枚という恰好で碌にヒゲも剃れないまま事務所に再度連れ戻されましたとさ。
「よし、カナちゃんとアッキーはこれを着るんじゃ! あ、汚れても別に気にしなくてよいぞ!」
そういって渡された白いコートと、これは……腕輪か?
「それは『腕輪』じゃ! 向こうに着いたら魔力を制御したり色んな力になってくれるぞ! まぁ今回はただの体験だから機能が制限した状態じゃがな!」
「色々と不安でしかないんだが。それと、体験でその……異世界とやらに行って本当に無事でいられるのか?」
正直、魔力うんぬんに関しては何度も瞬間移動のようなことをされたので信じざるを得ないという状況だ。
だが、俺に魔力があるってことと、この人達と仕事をするかって話になるとやっぱり尻込みしてしまう。
よくわからないまま異世界とやらに行ってドラゴンに殺されましたなんて死んでも死にきれない。
「はははっ、カナちゃんの力は超強いからな! 万一にもやられることは無いぞ! というか向こうに行ったらコートのおかげでアッキーはそうそう傷付くことなんて無いと思うがな!」
フラグにしか聞こえないが、腹を括るしかなさそうだ。
それに、心の奥で異世界とやらに行ってみたいという気持ちになっている自分もいる。
「それじゃあ、頑張ってくるのじゃ!」
そして俺は初めての異世界へと旅立った。
■
「ここが……異世界なのか?」
殺風景な事務所から一転、目の前には無数の星々が空を耀かせていた。
髪を程よく揺らす風が心地よく流れ、山というよりは崖の上にいるらしく、眼下には森と湖が見え、その先に海も広がっている。
周りを見回しても同じような風景で、どうやら小さめな島にいるようだ。
「目標が現れるまで待機しますね」
そう言いながらカナは座ってカバンからお茶を取り出して飲み始めた。
「あなたもどうぞ。それと、時間もまだあるので今回の仕事内容のことと、この世界のことを少し話しておきますね」
どうもと言いながらお茶を受け取り、正面に座る。
「今回の仕事ですが、ヤツマタノオロチという龍を倒します」
「ヤツマタノオロチ? ヤマタノオロチのことか?」
「だいたい同じです。こちらではヤツマタと言われてますね。そのヤツマタですが、アリスさんの魔力予報によるとあそこにある湖に現れるみたいです」
「それを倒すのが仕事ってわけか」
カナはコクリと頷く。
なるほど、しかし本当に大丈夫なんだろうな?
「次にこの世界のことについてですが、ここは『イリス』元々は地球ということだけ言っておきます」
「え、そうなのか!?」
「そうです。ほら、あそこに月があるでしょう?」
空を見上げると確かに、地球で見る月と同じものがそこにはあった。
「それとあなたの魔力についてですが、今は腕輪の力で制御……というより抑制されています。試しに、はい。この画面のボタンを押してみて下さい」
そう言われボタンを押してみると、途端に俺の体の周りから空に向かって青とも緑とも言えない、テレビで見たオーロラのようなものが勢いよく溢れ出した。
「なんだ!? か、体からッ!!?」
その勢いのせいかカナの黒髪がもの凄い勢いでなびいている。
「ッ!? た、確かになかなか凄い魔力ですね。それが魔力です。もう一度ボタンを押してを下さい」
慌ててボタンを押す。
ふぅと息を整えるカナの姿が見えるが、ずっと冷静だったカナのちょっとした焦り顔の可愛さを脳内保管しておこうと思う。
「ア、アリスさんが必死になってあなたを入社させたがった理由がわかりました。魔力を無意識にそこまで放出出来るのはかなりのものですね。……というか、それだけすごいと日常生活でも何か影響とか出なかったんですか?」
「俺の日常生活ねぇ、ここ数年はけっこう働き詰めだったな。仕事がきつくて給料安いって言って同僚が減っていって、上司にお願いされた仕事をやりながら自分の仕事と新規の営業かけたりの毎日。注文された商品の手配だとか会場の設営だとかもやらなきゃだし、クライアントの日程調整とかがもう言われるがままだったからまぁしょうがないんだけど。前の休日がいつだったかわからん程度の生活だったけど割と元気だったかな? まぁ、流石に最近きつくなって今日は上司にお願いして半休貰ってたんだけどな!」
「えぇ……それ、魔力があったからギリギリ体調と精神が助かってたみたいな感じじゃないですか」
ふむ、言われてみればそうかもしれん。
体力お化けだとかお前のメンタルマジプラチナとか逆にキモイとか言われたこともあったようななかったような。
「まぁいいです。で、その魔力ですけど、まずは意識して感じて、自分の力として自由に操れるようになるのが大前提です。筋肉も勝手についてるけどグッてやらないと力入らないでしょ?」
そう言いながらグッとガッツポースをするカナ。
たしかにと納得は出来るが、さっきの自分から出てたものを意識か。
「佐々木さんがしっかり魔力を使えるようになれば戦力にはなってくれそうです」
「そうか。なぁ俺もアキラって名前があるからそっちで呼んでくれよ。それに一応カナの方が先輩なんだからそんなに固い喋り方じゃなくていいぜ。さっき俺の魔力で髪がバサササッてなってる時のテンパり具合はなかなか面白かったし」
「……~ッ! あ、あれはっ! いきなりだったからですっ!!」
はぁ、と右手で頭を抱えるカナ。
からかわれて恥ずかしいのか、まだ顔は赤い。
「じゃあアキラさんと呼んであげますよ特別に。私だけ名前で呼ばれたんじゃ不公平ですからね。ええ。むしろ私が名前で読んであげるんですから感謝してほしいものですね」
この子あれか、最初は冷たい感じだったけど今はすごく柔らかい感じだ。
やっぱり女の子は素直な感じの方がいいよな。
「こほん、じゃあ魔力のことですけど、血が体を廻っているように、魔力も体を廻っています。地球の抵抗力でほとんどの人は魔力要素が消えてしまうんですが、中には私達のように消えずに体内を廻り続けたり、滲み出たりって人もいます」
なるほど、それでアリスさんは俺を見つけて躍起になっているってわけか。
でも、そんなに言うぐらいならなんで今まで見つからなかったのか。
「まぁ魔力の使い方の詳しい話は時間がかかっちゃうんで、その話はうちに入ってからということで。一応その腕輪の機能でアキラさんの魔力を抑制しつつ保護するように体を包んでるんで、安全については大丈夫だと思いますよ」
「そうか、自由に魔力を使ってたかったけど、体験じゃそこまでは出来そうにないか」
正直、さっきの自分の魔力見てから使ってみたい欲がすごい。
だってなんだかんだ魔力だとか魔法だとかってやっぱカッコいいじゃん? 魔力ありますよーってなったら使ってみたいじゃん? クッ……職場体験、恐ろしいやつだ。
でも実際今の職場に比べたら余裕でこっちの方がいいよな。
給料部分はほんとかどうかまだ疑わしいところはあるけど。
こんな可愛い女の子とお喋りしながら働けるとか正直最高すぎる。
それだけで入る価値ありだわ。
「ちなみにその腕輪アリスさんしか外せませんから。あっ、そろそろ来ますね」
うんうんと唸っていると、今サラッととんでもないこと言ったよな?
外そうとしてみるが……マジだ。
うんともすんともしねぇ!
カナが湖の方を見る。
俺もそちらを見ると湖の周りの木々が風で強くなびいている。
俺たちのいる場所の風はそこまで強くないし、あれも魔力ということか?
夜にも関わらず星の光のおかげで十分に明るい為、湖がはっきりと見える。
目を凝らして注視していると、湖の中からそいつは現れた。が……それは俺が想像していたヤツマタノオロチとは違った。
「ヤツマタって……尻尾が9本なのかよ」
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