1 始まりは突然
「こんな明るい時間に会社を出れるなんて、奇跡だ……」
俺こと佐々木アキラは目に涙を浮かべながら天を仰いだ。
昨日の早朝からの勤務を終え、現在の時刻は昼の12時。
普段であればもう半日仕事を行い終電で帰宅、翌朝には出社という地獄のルーチンワークなわけだが
「最後にとった休日が昨日だったかいつだったかわからない。曜日感覚がわからないんじゃない、曜日感覚という言葉の意味がわからなくなってきている。体力有り余ってる系男子を自負してましたが今後二度と名乗りませんから許して下さいお願いします」
と上司に泣きながら訴えかけた結果
「わかった。お前みたいなゴリ……男にそこまで泣かれたら敵わん。辛かったんだな……今日はもう帰ってゆっくりしろ。今日の仕事は心配するな。明日からまた頑張ろうな!」
という有難いお言葉を頂いた次第だ。
「仕事辞めてぇ。それか超絶ホワイトで楽な仕事をしたい」
はぁ、と深く溜息を着きながら駅に向かい歩を進める。
昔から体力はあったし、幸いにも恵まれた体格で、色んな運動部からの頼まれごともやった。
お人よしと言われたらそれまでだが、就職してからもその癖は直らなかった。
上司に手伝ってくれと言われたら手伝い、欠員が出た所の補助員として仕事に出たり、間に合わない仕事を会社に残って処理したり。
ここ何年か完全に会社がまわらなくなって悲惨な状態だが、それまでは割と普通だったんだがな……。
しかし、俺のような高卒で持ってる資格は車と原付の運転免許のみな三十路手前男を雇ってくれる会社があるだろうか、いや無い。
そんなことを考えていると、交差点でビルのヴィジョンに映る妙な広告に気が付いた。
「君! そう、そこの君じゃ! 仕事辛いんだろ!? 転職したいんだろ!? 『S・A・F』で仕事をしよう! っていうかそっちに行くから待ってるのじゃ!!」
映像はそこで途切れた。
「なんだありゃ……」
周りの人間を見ても誰一人として見ちゃいないし、よくある放送なんだろうか、明るい時間にここを通ることがないのでイマイチよくわからない。
しかし『S・A・F』と言えば様々な分野において世界的にトップクラスの業績を誇る超一流企業。この世界の全てを裏で牛耳っているとまで噂されるあの『S・A・F』なのだろうか。
「さっきのはよくわからんかったが、そんなとこに就職出来ればなんだってするわ」
「ならうちで働いてくれ!」
「ふぁっ!?」
いきなり声を掛けられ驚きながら振り向くと、そこには先ほどビルに映っていた人がいた。
「ふふふ、君は今『就職出来ればなんだってする』そう言ったな? 安心しろ。君の思っている『S・A・F』じゃ。各分野において世界的超一流企業。10年連続就職したいランキングぶっちぎり1位のあの『S・A・F』じゃ! む、その目はなんだ? まだ疑っているのか? あ、名刺あるから渡しておくぞ!」
そう言って渡された名刺を見る。
『S・A・F アリス』
うん、なんて言ったらいいのかな。
奇跡的に仕事から解放されたと思ったらイタイ子に絡まれましたみたいな?
アリスを名乗る人物を見るが、身長は150cmほどだろうか。
昼間に眩しく反射する金髪ツインテールは胸元あたりまで伸びている。
赤いシャツに白のベスト、黒のスカートに黒のロングブーツ。
肩には白のカーディガンのような物を羽織っている。
暑くないのかとも思ったがそうか、もう夏は終わって秋だったか……。
にしてもこの子、いってても10代の半ぐらいかとは思うが……可哀そうに。
ごっこ遊びがまだ卒業出来ないんだな。
いや、連勤疲れのせいか夢でも見ているのかもしれない。
とりあえずここを離れよう。
「はは、俺急いでるんで……」
「逃がさんぞ! ここで話をしていてもなんだから事務所に行くのじゃ!」
「え、ちょっ」
いきなり胸倉を掴まれたかと思った瞬間俺は、知らない事務所に連れ込まれていた。
◆
……何が起こった?
たった今まで外にいたはずだ。こいつ、何をした?
未だ俺の胸倉を掴んで離さない目の前の女を恐る恐る見る。
「ふふん、どうかな? 話を聞く気になったかな?」
ニヤリと笑いながらドヤ顔を決め、事務所の奥に向かっていく。
「おーいカナちゃーん、頼んでおいたお茶とお菓子の用意出来てるー? 後輩君を連れてきたのじゃー!」
「お茶はありましたけど、お菓子はアリスさんが昨日全部食べましたよ……」
「そうじゃったか? あ、君はとりあえずそこの応接間にあるソファに座っておくとよいぞ」
一度も話を聞くとは言ってないんだがな。
いきなりここに連れてこられてしまった以上、何をされるかわからんからとりあえず従うしかないか。
ソファに腰を下ろしどうやって逃げ出すか考えていると、ちびっ子とカナと呼ばれていた子がお茶を持ってやってきた。
「さて、改めて自己紹介をしようか。私はアリス。そしてこっちはぴちぴち女子高生で特別勤務してもらってる中尾カナちゃん。上から読んでも下から読んでも中尾カナちゃんなのじゃ!」
「……その紹介の仕方やめて下さい。それとこの人困ってるじゃないですか。ちゃんと説明してきたんですか?」
「名刺は渡したぞ!」
「もういいです」
笑顔で答えるアリスさんをゴミを見るような冷ややかな目でぴしゃりと制し、カナちゃんと呼ばれた女性はこちらを向く。
「名前、教えてもらっていいですか? ここに連れてこられてしまった意味はわかってます? あ、私の呼び方はカナでいいですよ」
凄い、顔からものっ凄いめんどくさいという感情が伝わってくる。
見た目は隣のちびっ子が可愛い系としたらこちらは綺麗目な感じか。
肩にあたるかあたらないかあたりで揃えられた黒髪で、体系はスレンダーだが出るとこは出ている。
何がとは言わないが正直かなりの大きさだ。
そしてこの子特別勤務だと紹介されていたが、なんと制服である。
どこかで見たことある制服な気もするが、まぁ気のせいだろう。
そんな黒髪女子高生に早く終わらせたいんですけどというオーラ全開で睨みつけられる。
よほどの変態さんならご褒美なんだろうが、俺にそんな趣味はない。
「佐々木アキラだ。この名刺をもらってそこのお嬢さんに胸倉掴まれたと思ったらここに来ていた。正直、何が何やらって感じだ」
「佐々木、アキラ……よっしゃ今日から君はアッキーだ! よろしくなのじゃアッキー!」
「アリスさん黙っててくれます?」
「……はい」
コホンと咳払いし、カナは一気に話し出した。
「この人は『S・A・F』のトップのアリスさん。
そしてここは魔力を持つ人間を集め、その人たちが魔力を使って活躍出来る場所へ派遣する【異世界派遣所】よ。
あなたは魔力を持っている。それをこのアリスさんに運悪く見つかってしまったというわけ」
おぅ……こいつもか。
隣でエッヘンみたいにふんぞり返ってんじゃねーよのじゃっ子チビスケ。
魔力? 馬鹿なのか? いやでもさっきの移動のこと考えると……ていうか俺に魔力?
「半信半疑なご様子ですが、事実です。そしてこれが私達の仕事内容が書かれた用紙なので目を通して考えてみて下さい。……まぁほぼアリスさんに見つかった時点でほぼ強制なんですけど」
最後の方が若干聞こえにくかったが、渡された用紙に目を通す。
そこには書いてある内容はこうだ。
異世界で弱い種族の手助けや、それを滅ぼそうとする魔族や魔獣などの凶悪なモンスターを討伐する。
その他にもその時々により異世界にて業務にあたる。
仕事中以外はどっちの世界にいても構わない。
大まかに言うとこんな感じだったが、俺は用紙の下の端に小さく、とても小さく書かれている文を見逃さなかった。
『敵が強すぎたりで死ぬかもだけど、そんな時もあるのじゃ! 普通の仕事でも命の危険があったりするからの! テヘッ』
「ささっ、細かいことはいいからちゃちゃっと契約するのじゃ!」
「待てぇい!!」
こののじゃチビいきなり人の指掴んで何しようとしやがった!?
はっ、あそこにあるのは朱肉!?
てかこの紙、死んでも知らんぞみたいなことサラッと書いてるんですけど!
「無理無理無理お願いします家に返して下さい。俺はちょっと体がデカイだけで普通の人間なんです。ごっこ遊びは今度やってあげるから。五体満足で息が吸えて生きていられる今の仕事で満足なんですお願いします」
「なぜじゃ!? 魔獣とか一体倒せば50万円ぐらい出すし! 龍とかだったら100万ぐらい出してやるそ!? 何故やらないホワイッ!?」
「え……100万……?」
「お二人ともひとまず落ち着いてください」
……龍1匹100万とかマジで言ってんのか?
胡散臭すぎるし、そもそも魔力うんぬんが全く信用ならない。
さっき俺を連れてきたのだって何かしらの仕掛けがあった可能性の方がよっぽど高い。
「アリスさん、従業員が二人しかいないからって魔力持ちをなんとしてでも勧誘したい気持ちはわかりますが、何もかもが急すぎますよ」
「し、しかしじゃなぁ、こいつの魔力はなかなかすごいぞ! 私の魔力察知レーダーもビンビンじゃ!」
なんだよそのレーダー。
「そ、そうだ職場体験! カナちゃんに行ってもらいたい仕事があったからその仕事にアッキーを連れていくのじゃ! 向こうの世界を味わえばきっと喜んでうちに入ってくれるぞ! いいか、これは決定じゃからな!」
え、マジで?
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