11 仄暗い部屋の中で
二つの寝息が静かに聞こえる部屋で、その一つがピタリと止まる。
暗いながらも月明りが差し込むそこで、少女の頭上にある耳がピクリと動く。
「……といれ」
生きる者として当然の生理現象である排泄。
それが今まさに少女を襲い、深い眠りから目覚めさせたのである。
少女は眠気眼を擦りながらベッドを出て立ち上がる。
しかし、そこで少女のその可愛らしい顔は絶望の色に染まる。
何故ならば……
(ど、どこでしたらいいの……?)
今まで暮らしていた家なら、もしくは昼間にいた島ならば、こんなことにならなかっただろう。
しかしここは自分を救ってくれた人の、師と崇める人の部屋。
粗相をすることが出来ようか。
いや、出来るわけがない。
少女は思考する。
どこで用を足すのが正解か。
静寂に包まれた部屋に時を知らせる針の音が一定のリズムを響かせる。
どれ程その音が鳴っただろうか、そこで少女へ諦めたような笑みを浮かべ、首を振る。
(シロはここに来たばかりだからわからないのは仕方ないです。正解を探すのではなく、ここに来てからを思い出して最善の行動を取りましょう)
少女はそう考え、答えを二つに絞った。
(台所でするか、お風呂でするか。台所は……ダメ、綺麗な食器が汚れてしまう。お風呂は、うん。こっちならすぐに流すことも出来る。むしろここではこれが当たり前の生活。師匠はそんなこと言うまでもないと思って言わなかったに違いないです。これが正解ですし! シロは何も間違ってないですし!)
先ほどの絶望など忘れ、少女は足取り軽やかに風呂場へと向かう。
が、その細い足首をもう一人の大きな住人によって捕まれてしまう。
(師匠!? や、やはりお風呂が正解ではなかった!?)
「すぅ……すぅ……」
幸か不幸か、その住人が少女の足を掴んだのは無意識下だった。
しっかりと掴んでいるにも関わらず、その男の意識が覚醒することはなさそうだ。
(ここここのままだとダメ。も、漏れちゃう……)
今の少女は魔力も使うことが出来ず、その見かけに見合っただけの力しかない。
男の手を振り払えないままただただ時間だけが過ぎる。
その顔に焦りの色が見え始めた時ふと、少女は気づいてしまった。
男が眠っている場所に。
それに気づいた時、少女の顔は誰が見てもわかるほどに赤くなり、その場にへたり込み、両手で自身の顔を覆う。
恥ずかしい。
何故救ってもらった自分が、主人である師より高い場所で寝ていたのか。
どうしてこの主人はこんなにも優しいのか。
恐らくご飯を食べてすぐに眠ってしまった自分を気遣ってあちらで寝かせてくれたのだろう。
少女はそう結論付け、衝動に任せたまま男の頭を抱きかかえるように横になった。
足首を掴まれた少女とその男の位置は、ちょうど頭一個分ほど少女の方が上に来ていた。
「ししょお、どうしてそんなに優しいんですか? シロは……自分のダメさが恥ずかしいです……」
少女の目に涙が浮かぶ。
危険域に迫っている尿意からか、自身の行いを嘆いての涙かは不明だが、おそらく後者であると思われる。
少女の声は静かな部屋に小さく鳴り渡るが、男からの返事は無い。
少し余談ではあるが、白狼族は本能的に行為を寄せている人以外に体に触れられることをひどく嫌う種族である。
外敵から身を守るのに大きく役立つ耳を触られるなど言語道断。
自身の気持ちを表す、言うなれば銀狼の心とも言える尻尾も同じで、生涯を添い遂げる相手にしか触れさせることは無いとまで言われている。
「ししょおだったら、またシロの尻尾をさわっていいんですよ?」
「ん……シロ? う~ん、何やってんだ?」
「え゛……」
予想だにしていなかった声に少女は固まる。
男は目を擦りながら立ち上がり、ドアへと向かう。
少女はというとそのままの態勢で男を見上げて口をパクパクとさせているが、言葉が出てこないようだ。
部屋から出ようとする男の背中見送るが、その胸中は穏やかではなかった。
(あんな恥ずかしいことを聞かれてしまった……き、嫌われてないかな? やだ、行かないで……)
やっとの思いで声を振り絞り、男に行先を尋ねる。
「トイレだ」
「私も一緒に行きます!!」
「いやいやいや」
順番にトイレを済ませた二人は部屋へと戻る。
「師匠があっちで寝てください」
「いや、シロが使っていいよ。俺は下でもかまわないから」
「じ、じゃあシロも下でいいです!」
「いやいや……じゃあ二人であっちで寝るか?」
「は、はい!」
「ははは、ん? そういやさっきなんでシロが横で寝てたんだ?」
「ししし師匠の隣が良かっただけですし! トイレの場所がわからなかったからとかじゃないですしッ!!」
「そうか? 尻尾がどうとかも……」
「あああああ忘れてください! なんでもないですし! なんでもないですしッ!!」
翌朝、そこには仲良よさそうにベッドで眠る大きな男と小さな少女の姿があったとか。
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