時空操作はオテノモノデスヨ
魔王様って女の子だったら嬉しいよね。
ワイはすっごく嬉しい。
「ちょ、ちょっと落ち着いて……」
「う、うん……ごめん……」
また涙を流し始めたユウをなだめながら考える。
彼女との出会いについて、オレがこの世界に来た意味について。
もしかして……オレは……彼女を……。
「と、とにかく……その……魔王が生まれてからについて……詳しく聞きたいんだ、オレあんまり知らないから……」
でも、今はダメだ。
まずは聞いて、知らなければいけない。
この選択が正しいとも思えないが、間違っているわけじゃあないはずだ。
「……魔王について、知らないの?」
「あ、あぁ……聞いただけっていうか……」
すると、ユウは涙に濡れ赤くなった目を見開いた。
「……ラクタロウって、世間知らずなんだね」
「……そうかも」
世間知らず、というよりは世界知らずだな。
「ふふっ……変なの」
……形はどうあれ、少しは元気になってくれただろうか。
「えっと……魔王が生まれてから、だよね」
「そ、そうそう。教えてほしいんだ」
「……魔王が生まれるまでの歴史はほとんど残ってない……それは、この世界が平和だった証拠。
でも、魔王が生まれてからはすぐに、戦うためのモノが作られ世界は急速に発展した……歴史が刻まれ始めたの……」
「……歴史が……始まった……」
魔王が生まれる前は……この世界は、まったくの未開の地が広がっていたってのか?
魔王との戦いによって世界が発展してきた……それじゃあ、それ以前は戦いがなかったのか?
「そう、人類は初めて窮地に立たされ、慣れない戦いを始めざるを得なかった。
世界が発展しても人々が求めるのは平穏な暮らし……それは変わらない。
だからそれを取り戻すためにさらに戦いにのめり込んでいった……」
100年間も、魔王と人類は戦い続けている……?
戦争に慣れない種族を滅ぼすことなんて、簡単にできるんじゃあないか?
「人類は、古くより親しんできた魔力を戦いに利用し始めた。
狩りのために用いてきた魔法を軍事に転用したの。
そうすることで魔法はものすごいスピードで発展していった……。
でも、そんな魔法に魔王が目をつけないはずがない。
魔王軍も、魔法を使用するようになって、戦いは泥沼化していった……」
この戦争には、何か違和感がある。
でも、それがよく分からない……。
100年前に魔王が生まれ、未開の人類たちとの生存競争が始まり、未開の人類は発展していった。
なぜ、戦争が続いている?
なぜ、どちらにも戦争を終わらせる力が生まれない?
「人類には、神が味方していた。
魔王誕生以前より信仰されてきた神が、魔王と戦うための力を人類に与えていった。
それが勇者……唯一魔王を殺せる力を持った特別な人間……。
でも、彼らは100年間ずっと、魔王に打ち勝つことが出来なかった……」
神、時空の神ではないのだろう、多分。
なんとなくアイツはそういう神じゃあないことを感じる。
しかし、この世界は、謎だらけだ。
魔王はどこから生まれて、なぜ人類と敵対し、なぜ神も戦いに参加したのか。
複雑すぎてオレの頭じゃあ理解できそうにない。
「そして、私が勇者として選ばれた」
ドキリとした。
彼女の声が、声の芯が強くなったから。
「私は歴代の勇者と違って女だった。
だから……いろいろな苦労があった……。
でも、3人の、頼れる仲間がいたから旅を続けてこれた。
魔王のいる、闇の大地を目指して……」
……聞き返したくなる衝動を何度抑えればいいのだろうか。
闇の大地なんてものがあるのね、なるほど。
無理に納得しないと話が進まない。
「でも、彼らはついてこれなかった」
彼女の声が、少し震える。
崩れそうな心を、ぐっと押さえつけていた。
「勇者は、ほかの人間にはない特殊な力がある、魔物を殺害することでその力を得る。
魔物を殺しながら、時に傭兵まがいの事をし、時に蔑まれ、時に好奇の目で見られ……そんな生活に彼らは疲れ始めていたんだろう……。
神から授かった、聖剣を奪って私を殺そうとした」
淡々と語ろうとはしているが、その目からはまた涙が溢れ出ていた。
いったい、この自分より幼い少女はどんなに過酷な旅を続けてきたのだろう。
守るはずの人類に奇異の目で見られ、倒すべき魔王になかなか近づけず、ただひたすらに魔物との戦いに明け暮れる。
……仲間達は、彼女についていくことを諦めてしまったのだ。
わかりはしたが、納得はできなかった。
「……辛いことを話させてしまって……悪かった。
……しかし、仲間が裏切るなんて……」
「……いや……彼らを悪く言わないで……。
……仲間が辛くなってるのに、見過ごすことはできなかった。
でも、使命のためと諦めようとしていたから……そんな私の態度を見限ったんだろう……。
私が勇者だったから……こんな不甲斐ない私が……」
「ユウ……」
ああ、多分、そうなんだ。
オレがこの世界へ来た意味はきっと——。
「私がもっと……しっかりしていたら……みんな、私を殺してまで……使命から逃げようなんて思わなかったはずだ……。
私が勇者として生まれてしまったから——」
「……ユウ!」
思わず、彼女の肩をガシッと掴む。
「ユウ、オレは……多分——」
「ラクタロウ……?」
涙を流す彼女の顔を見て、決意が固まる。
時空の神、お前は何もしなくていいなんて言ってたけど……こうするもんだろ、こういう時は。
「——君を救うために、ここへ来たんだ」
————————
「……来たか……歪みの元……」
暗い、しかしながら豪華な装飾が施された大広間、きらびやかな家具が並ぶその奥のベッドで、彼女は呟いた。
世界に生まれ100年、いつからか魔王と呼ばれ始めたもの。
銀色にきらめく髪をかきあげ、巨大な赤い角を引っ掻くその女は、美しかった。
虚空を見つめ、その存在を感知し、彼が動き始めたことを知った彼女は、妖しく笑う。
「ヒズミ様、お目覚めでございますか」
ドアを叩いたのは、これまた銀の髪の青年。
彼は魔王に仕える側近にして、魔王軍筆頭幹部——。
「ゾーグか……入れ」
「はっ」
魔王は彼を招き入れ、虚空に映る虚像を見せる。
「これはまさか……」
「……そうだ、彼こそ我らの創造主にして、我々の最大の敵……ラクタロウだ……」
ゾーグと呼ばれた側近は、奥歯を噛み締める。
顔つきが険しくなり、魔力が溢れ出す。
「……この男が……」
「ゾーグよ、彼は今、勇者のそばにいる」
魔王が、ゾーグの方へ目を向ける。
その眼光は鋭く、そして吸い込まれるほどに深い。
「……わかりました」
ゾーグは、その目を見て全てを悟った。
「期待はあまりしていない……だが、よい結果が聞けることを願うぞ……」
「……必ずや、その願いを叶えてみせましょう」
「……行け」
ゾーグは魔王の部屋を出る。
そして、翼を生やし空を飛び、新幹線よりも速く移動を開始した。
「ラクタロウ……世界の……破壊者!!」
空を、ゾーグの暗黒の魔力が包み込んだ。
————————
「ラクタロウ……何を言ってるの?」
何をするべきとか、何のためにとか、そんなことじゃあない。
ただ、目の前の泣いてる女の子を放っておけないから。
「……ユウ、オレは……実は別の——」
「ラクタロウというのは、お前か」
空から禍々しい声が響いた。
ユウが険しい顔つきになり、空を見上げる。
「……ゾーグ!!」
「勇者よ、今はお前には用はない」
空に浮かんでいたのは、翼を生やした青年だった。
どんどん空が黒くなっていく。
……あの男の仕業なのか?
そして、あの男は、オレを知っているのか?
「なぜここへ来た!」
ユウが涙をふき、叫ぶ。
そこにいたのはか弱い少女ではなく、紛れもない使命のため戦う勇者だった。
「勇者、お前に用はないと言ったはずだ。
今私が用があるのは、そこの男……貴様だ!」
やはり、奴はオレを狙っている。
だが、なぜだ?
オレはこの世界に来てからまだ1日しか経っていないし、恨まれる理由はない。
奴は、なぜオレを知っていて、かつオレを狙うんだ?
「……ラクタロウに何の用だ」
青年が降りてくる。
どこか人間とは違った雰囲気を纏っている……もしかして、魔物か?
「……勇者、お前はこいつがなんなのかを知らないのか」
いや、なんでお前はオレを知っているんだ。
「……ゾーグ、お前が彼の何を知っているのかわからないが……ラクタロウは命の恩人だ」
ユウがそう言うと、ゾーグと呼ばれた青年は笑いだした。
「な、何がおかしい!」
「勇者よ……そいつこそが我々魔族を生んだもの……この世界を破滅に追い込む者なのだよ……」
「なっ……」
「で、でたらめを言うな!」
オレは、訳が分からないまま言い返した。
ゾーグはまた大きく笑い声をあげる。
しかし、なんだか周囲がやかましい。
見れば、街の人々は、魔物が街にやってきたからかパニックになっていた。
「そうか、自覚がないのか……自覚なき悪ほど手の施しようがないのだがな」
「オレはこの世界に来てまだ1日しか経っていない!
魔物を生んだなんて、とんだ言いがかりだ!」
勢いで、つい言葉が口をついて出てしまった。
「……ラクタロウ?」
「っ!!い、今のは……」
「フッフッフ……異世界からやって来たのだろう……」
ゾーグが近づいて、オレの顎をつかむ。
「それこそが、この世界に歪みをもたらした原因なんだよ」
「……嘘……」
ユウの顔が青ざめていく。
オレが……世界に歪みをもたらした……?
「ラクタロウは……異世界の人間なの……?」
「そうだ勇者よ……そして、こいつがこの世界に来たせいで我々が生まれ、世界が破滅に近づいているのだ!!」
なんだ、訳が分からない……こいつらは何を言ってるんだ?
オレが異世界に来たせいで、世界が破滅する……?
どういうことなんだ、オレは……オレは……。
「だから、今ここでこいつを殺し!この世界の破滅を止めるのだ!!
そうすれば世界を救えるのだぞ?勇者よ」
「ラクタロウ……嫌だ……そんなのって……」
「……なんだ、できないのか?
できないなら……この私が!!」
やめてくれ——声が……出ない……。
「やれやれ、必ず生き残れって言ったのに死にかけてるじゃないか。
まあ、そんな時のためにボクの力をあげたんだけどね。
次は上手くやりなよ、オチタロウ……ふふっ」
……アイツの声……そうか、オレには……。
力がある。
「戻れ!!」
オレは意識が途絶える前に、力を振り絞って叫んだ。
注意、この物語にはチートが含まれています。
主人公のピンチはあってないようなものなのです。
次回、『君について行きたい』
つづく!