はじめての買い物はタノシイデスヨ
話がだれているのは私の責任だ。
だが私は謝らない。
いつか冒険パートになったらペースがアップすると信じているからだ。
「ごめんなさい……取り乱してしまって……」
「い、いや、大丈夫だよ」
って、何が大丈夫だよ、だ。
オレじゃあちょっと受け止めづらいのが来ちゃった感じだぞ、これは。
う〜む、やっぱりオレが聞くような話じゃあないと思うんだが……。
「命の恩人に対してあんなに無様な姿を見せてしまって……」
なんていうか、彼女はまじめな子なんだな。
オレなんかよりよっぽどだ。
だから勇者という大役を任されたりするのかな。
ん?勇者?……勇者、か。
よく考えたら、彼女の話を聞くことが、オレが元の世界に戻るための手がかりになるのかもしれないな。
「……えっと、ユウちゃんはさ、勇者、なんだよね」
すると、彼女の顔がいかにも困ってます、といった感じになる。
勇者の話題はNGだったか?
さっきまで、多分そのことで大泣きしてた女の子に降る話題ではなかったか。
しかし、帰ってきた彼女の答えは、実に意外なものだった。
「あ、あの……その、ちゃん付けは、やめてほしい……」
ちゃん付け、オレがなんとなくやってしまっていたこと。
しまった、馴れ馴れしすぎたか。
オレは人と話すことに慣れていないが、女の子だったら尚更のことだ。
どうにも距離感が掴みづらくて困る。
「あ、ああ!ごめんごめん。
馴れ馴れしすぎたかな、なんて呼べばいい?」
どうすればいいかわからんが、わからんなりに探っていけばいい。
とりあえずここは素直に聞いておこう。
「……ユウでいい、ユウと呼んで。
……私も、普通に話すから……」
「うん、わかった。ユウだね。
その、それで……ユウのことについて、教えてほしいんだ」
彼女は、困惑した様子で顔をあげる。
「私のこと……を?」
多分、オレのことを怪しんでいるな。
まあ、命の恩人とはいえ、急に自分のことを話せなんて言われたら怪しむだろう。
それは仕方ない……仕方ないのだが、オレも今はこの子に縋るしかない。
しかし、教えてくれるだろうか……。
「う、うん、わかった……外で話そっか」
「えっ、もう動いて大丈夫なのか?」
急に立ち上がって、傷が塞がっているとはいえあんな大怪我だったんだぞ。
さすがにまだ安静にしといたほうがいいんじゃあないか?
「うん、全然平気だよ?」
ぴょんと跳ねてみせるユウ。
いや、元気ってことはわかったが……何で?
そう考えるオレの不思議そうな顔を見てか、彼女は気を利かせて教えてくれた。
「そうか、まだ無い所もあったね。
ここは魔法医がいる魔導療養所なんだよ。
魔法のおかげで傷はすぐに治るんだ」
……魔法療養所、魔法医……なるほど、魔法。
そういえばここは魔法があるっていう世界だったな。
傷を治す魔法があるのだろう。
……しまった、これはちょっとまずかったかもしれん。
魔法を知らないことがわかってしまう。
……ここは、適当にごまかすか。
「ああ〜ここが噂の魔法療養所だったのか〜。
なるほど〜魔法で治療したから早く傷が治ったんだなぁ〜」
わざとらしすぎたかもしれない。
だが、これで変に混乱させることはない。
彼女はきっと、オレが田舎から出てきた旅人だと思うだろう。
そんな田舎者なら、勇者である彼女の話を聞きたがるのも自然なはず。
「えっと……ラクタロウは旅してるんだよね、どこから来たの?」
これまたまずいことになったぞ。
オレはまだ、この世界の地理のことを全く知らない。
どこから来た、と聞かれてもわからないんじゃあこたえようがないじゃあないか。
さて、どう答えたもんだろうか。
「……えーっと……あの、この街の……そんなに離れてない、森から」
嘘は言ってない。
けど、そういうことじゃあないだろうなぁ。
出身地とかを聞きたかったんだろう、多分。
すると、ユウはなんだか驚いた顔をしている。
「森って……向こうにある、あの森から?」
「そ、そうだけど」
「嘘……信じられない……」
そんなこと言われてもしかたないじゃあないか。
だってあの女神のヤロー、森の中に送るんだもんよ。
「そ、そんなに変なことかな」
「だって、あの森は誰も倒せなかった怪物がいるんだよ?
そんなとこから来たなんて……とても……」
誰も倒せなかった怪物?
もしかしてそれって……。
スライム(仮)のことか?
「そ、その怪物って、どんなやつ?」
「えっと……私も話に聞いただけで、その森を避けてたから見たことはないんだけど……。
青くて、透き通ってて、固体でも液体でもない体を持ってて絶対に切れず、魔法への耐性も強い、そんな怪物らしいよ。
出会わなかったの?」
間違いなくスライム(仮)だな、それは。
アイツ、切ることが出来ないのはわかるけど、魔法にも強いのか……。
まあ、アイツの弱点は、紛れもないアイツ自身なんだけど。
「あー、遠くから見た気がする、そんなやつ」
本当は襲われたし、あなたも気づいてないけど襲われてたのよね。
まあ、話がこじれるから言わないけど。
「出会わなくてよかったね……でもそんな森を抜けてくるなんて度胸があるんだね。
……まあ、こんな時代だから、旅人のあなたに度胸があるのなんて当然か」
寂しそうに笑う彼女の声は、とても遠いものに聞こえた。
……こんな時代、というのは、魔王について関係があることだろうな。
おそらく、今この世界には、あのスライム(仮)じゃあないにしても、魔物が蔓延っているのだろう。
街の外に出るのも危険なことなのかもしれない。
「あれ、でもラクタロウは武器とか持ってないけど、どうやって旅をしているの?」
「え、武器なんて必要なのか?」
馬鹿かオレは。
さっき自分で答えを出してたじゃあないか。
外に出ると魔物がいるんだろうが、多分。
「そりゃいるでしょ……そうじゃなきゃどうやって身を守るの?
もしかして……今までずっと逃げてきたとか?」
それだ。
そういうことにしてしまおう。
「あー、そうそう、そうなんだよ。
オレ、逃げ足には自信があるから」
「……命の恩人に対して言うことじゃないけど……あなたはバカなの?」
……想像してみてほしい。
年下のかわいい女の子の命を救いました、その子に呆れた顔で『パカなの?』と言われたと気持ちを。
……辛いです。
ちょっとドキドキしたけど。
「いや、その……なんというか……」
「そうだ、私がラクタロウの武器を選んであげる」
「え?そんなことしてもらっていいの?」
「武器がないと絶対に危ないから、あった方がいいよ。
こっちに武具屋があるから、行こう?」
勇者に自分の武器を選んでもらえるなんて、この世界でもモブに過ぎないオレにとっては考えられない僥倖だろう。
ここはありがたく……待て、オレそういえば金を持ってないぞ?
でも、ここでそんなこと言ったら……たかってると思われる、間違いなく。
彼女にいいカッコをしてみせるわけじゃあないが、なんとかしなければなるまい。
オレは今までにないくらい考えた。
考えて考えて、出した結論は最悪のものだった。
「……わかった、行こう」
そういえば、昔考えたことがあったなぁ。
もしも、時間を止めることができたら何をするかって……。
「——すまん、ちょっと待っててくれ」
人々の話し声、街を包む緩やかな風、空を流れる雲、そしてユウの動きまで——その全てが停止する。
停止した世界の中、たった1人、オレだけが活動を続ける。
……昔、もしも時間を止めることができたら……『オレだったら、億万長者!金ゲットし放題!』……そんなことを言ってたな……。
昔のオレよ、喜べ……お前の願いは不本意な形だが叶えられたぞ……。
罪悪感がすごいけどな。
家々を荒らして、金らしきものを手に入れてくる。
うわあやってしまった。
……泥棒なんて、生まれて初めてだっての、ちくしょう。
生きるため仕方なかった、許してくれ。
「……ただいま——っと」
「ほら、武具屋はこっちだよ」
「ん、わかった」
街、といってもオレの世界と比べると本当に小規模で、5分もしないうちに武具屋に着いた。
街の建物のご多分に漏れず、ここも石造りで、外には鎧が飾ってありいかにもそれっぽい。
「いらっしゃい」
カウンター越しに挨拶する店主の強面のおじさんは、下手をしたら勇者であるユウより強そうに見えてしまう、マッチョだし。
そして、やはり武具屋というだけあって、剣やら盾やら鎧やら、たくさん飾ってあって目が回る。
こういうの見ると、非日常感というか異世界感というか、そんなのを感じる。
「ラクタロウってそんなに強そうじゃないから、この剣くらいなら使いやすいんじゃない?」
オレがキョロキョロ見回していたら、ユウがさっさと剣を持ってきていた。
見たところ洋風な鉄製の剣だな。
銀色に光っていて綺麗だ。
「ありがと、どれどれ……」
すいません、重いです。
「……重くない?」
「えぇ……それでも重い?」
「おいおい兄ちゃん、そんな普通の剣持ってヒイヒイ言ってちゃしょうがねぇな。
もうあとは子供用の剣くらいしかないぜ?」
オレの様子を見かねた店主が小馬鹿にしてくるが、全くその通りだろう。
この剣より小さいのとなると、本当にナイフみたいな短剣くらいしかない。
「う〜む、ちょっと待ってくれ……」
またキョロキョロと店内を見回すと、ちょうど良さそうなのを見つけた。
「これなら持てそうだな」
「お、兄ちゃんお目が高いね。
そいつは魔法武器だ、短剣タイプで女性にも使いやすいぜ」
魔法武器……また、魔法か。
魔法と言われてもオレそんなの使えないしなぁ。
魔法の真似事くらいなら、使いこなせないけどできるがね。
「へ〜、魔法武器か〜。これいくらするんです?」
「おう、ちょっと値は張るが……20万ポンだ」
ポン、この世界の通貨単位ってとこかな。
そして、数字の数え方がオレの世界と同じで良かった。
……待てよ、これすげえ高いんじゃあねえの?
「20万……ちょっとそれは出せないかな」
ユウの反応からして高いらしいなこりゃ。
さっき盗ってきた金で足りるだろうか?
とりあえず、この紙幣を見てみるか。
えーと、いち、じゅう、ひゃく、千ポン——が、百枚くらい。
うん、無理だわ。
「ユウ……お金ある?」
「えっと……5万ポンなら……」
5万、オレと合わせて15万か……。
よし、ここは交渉だ。
ケバブは5個150円のところを5個千円で売っているのだというし。
大阪では『これまけてえな』って感じで値引きしてもらうって聞いたことがあるし。
……オレは大阪に行ったことないけど。
「……オヤジさん、まけてもらえないか?」
「……19万」
の、乗ってきた……。
確か最初は思い切り安く言うんだったな。
「……3万」
「馬鹿言っちゃいけねぇ、18万5千だ」
「……4万」
「……18万」
「5万!」
「17万!」
「6万……5千!」
「15万5千」
も、もうちょっとだ。
あと少し、あと少し……。
「8万!」
「14万5千」
「9万……」
「しょうがねえ!12万だ、ここが限界……」
「10万では?」
「……負けたよ、持ってけ泥棒!10万だ!」
泥棒って言葉はすごく心が痛いです。
とにかく、オレは百枚くらいの千ポン札を取り出す。
ユウに負担を掛けなかったことは褒められていいと思う。
それがどんな金であったとしても。
「……よし、10万ちょうどだな、ほらよ。大切にしてくれよな」
持ち手の金色の装飾には鳥のような模様が掘られていて、刃はキラキラと輝いている。
……正直、その場のテンションとはいえ、包丁までしか持ったことのないオレが持つようなものじゃあない。
とりあえず用事は終わったし外へ出るか。
「すごいね!こんなものを10万で買っちゃうなんて……」
複雑に感情が入り乱れるオレとは裏腹に、ユウはとても嬉しそうに笑っている。
多分この子、今まで値段をまけてもらったことなんてないんだろうなぁ、真面目だから。
「……ところで、これ魔法武器って言ってたけど」
「うん、そうみたいだね」
おや、またなんだか顔色が曇ったような。
ユウってかなり感情が顔に出るタイプだな。
とりあえず適当にお茶を濁しといた方がいいかな。
「これって、どういう魔法がかかってるの?」
「あれ、わからない?魔力を感じないの?」
おおっと、これは悪手だったか。
オレが魔力を感じるなんてできるわけないじゃあないか、と言いたいところだがまた話がこじれるからそれはナシ。
オレが次の言葉に迷っていると、ユウが口を開いた。
「ちょっと見せて?」
「お、おう」
ユウは短剣を手に取り、少し眺める。
そしてすぐに、わかったと言った。
「これは火の魔力がこめられてる。
つまり振るうと熱を発するんだよ」
振っただけで熱が出る……なんか暑そうだな。
しかし、オレに扱えるもんなんだろうか。
「火か〜、なるほど」
「これを10万ポンで……下手をしたら30万はするかもしれないよ、これ」
ユウが目をキラキラさせる。
最初に話した時とは大違いだ、こうして見ると15歳の女の子って感じを受ける。
これが、勇者として己を矯正していない本来の彼女の姿なのだろう。
「えっと……これ、オレの武器ってことでいいんだよな……」
「そうだよ、これから道中身を守るために役に立つから」
「……魔物か」
オレは、単刀直入に言った。
うっかり忘れそうになっていたが、オレは彼女にこの世界のことを聞きたかったのだ。
こうして切りこめば、彼女も答えざるを得ないだろう。
「……うん」
どうやらあってたらしい。
実を言うと、あのスライム(仮)のような化け物共の呼び方自体は知らないのでアテカンだったのだが。
「いったいいつからこうなったんだろうなぁ……」
しみじみ言う感じに……言えてるよな、多分。
小説とかなら、こういう風に言うと勝手に語り出してくれるものなのだが……。
「……100年前……魔王がこの世界に誕生してから……ね」
うん、ありがたい。
まさか思った通りに動いてくれるとは……。
「ユウはさ……勇者なんだよね」
オレは、なるべく最低限の言葉を話す。
こうすることで、向こうから説明を引き出すのだ。
とにかくオレはまだ、この世界について全然何も知らない。
今必要なのは知識だ。
それを得てから帰る糸口を掴むんだ。
「そう、私は勇者……だった」
「え?」
思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。
だった?なぜ過去形?
「でも、今は……勇者の証を失った、ただのヒト……」
なんだか、話がおかしな方向に行きはじめた気がするぞ。
「……ルリ……ケイン……アックス……私はどうしたら……」
……そんなこと言われてもわかんないよ……オレ、別の世界から来たんだもの……。
勇者のユウはとっても苦労してきているのだ。
15歳の女の子にこんなことやらせるくらいだったら国のお偉いさんが行けばいいって思うんだ、オレは。
次回、『勇者として』
つづく!