時空の神さんはカワイイデスヨ
ベタな異世界転移ってのを一度書いてみたかった。
オレは井海 楽太郎、17歳、普通の高校生だった。
だった、というのは、オレが今普通ではない状況にあるということだ。
今朝、いつものように目覚めて、夏の暑い日差しの下学校に向かっていた時のこと。
オレは、視界の悪い曲がり角で猛スピードで飛ばしていた車を避けるために後ろに1歩下がった。
その時に、オレの足は踏むところを見失ったのだ。
落とし穴だった。
それも、非常に深い。
オレの体はあっという間にその穴の中へ吸い込まれていった。
気が付くとオレは、真っ白でどこまでも広がっている空間にいた。
それが、今のこの異常な状況ということだ。
オレは夢でも見ているのだろうか?
「おめでとう!キミは1人目の来訪者だ!」
「……は?」
突如空間に響いた声に、オレは無礼に聞き返した。
声の主はそれに腹を立てるでもなく、自己紹介を始めた。
「おおっとすまないね、まずはボクのことを話そう!
ボクは時空の神!名前はまだない!」
しかし、頭がそれほどいいわけではないオレには、声の主の言っていることが理解できなかった。
オレが返事もせずにぼうっとしていると、時空の神と名乗ったそれが突如としてオレの目の前に姿を現した。
「そして、これがボクの姿だ!」
女の子だった。
青くて長めの髪、ぱっちりとした大きな緑の目、そしてアイドルなんかが着るようなフワフワした服を着た、幼い女の子。
「……え、と……」
「おっと!ウブな高校生男子に女神の姿は刺激が強かったかな!?」
「……お嬢ちゃん、迷子か?」
オレは多分今、考えうる限り最大級に失礼なことを言った。
時空の神と名乗った女の子の柔らかな笑顔が、ピクリと微かに歪んだ。
「……んー、あのね、どっちかっていうと迷子はそっちなんだよ?落太郎くん」
「ん?いや、オレは楽太郎だ……」
なぜ彼女がオレの名前を知っているのかは知らないが、間違えているので訂正した。
すると、目の前の女の子はフワフワと浮かびながらオレに近づき、ニッと笑って言った。
「いいや、ボクの落とし穴に落ちたんだから、落太郎でいいんだよーだ」
オレは、一理あると思った。
しかし、あの落とし穴はこの女の子が作ったものだったのか。
「随分深い落とし穴を掘ったんだな。
悪趣味だぞ」
「うーん、まあ、掘ったとは違うかな〜。
正確には、あそこに置いてたんだよ、時空の落とし穴をね」
時空の落とし穴、なんだか壮大な感じだ。
待てよ?
それじゃあ、その時空の落とし穴とやらの通じる先、つまりここは一体どこなんだ?
「ここがどこか聞きたいって感じだね」
まるで心を見透かしているかのように、彼女はオレの考えていることを当ててみせた。
だが、なぜだかそんなに悪くはない気分だ。
「教えてあげよう!
ここは世界の狭間と勝手に名付けたボクの家だ!」
「……キミの家?こんなだだっ広い……空間が?」
こんな何も無い空間でこの子は暮らしているというのだろうか。
「おっと!勘違いしないでくれよ?
ボクの家といっても、ここに落ち着いて暮らしてるわけじゃあないよ。
言うなれば、ボクの実家ってだけで、ボクは住むところを一つに定めてはいないんだ」
「……オレの考えてることがわかるのか?」
まあ、今更聞くのもなんだけど。
「ん?そうだよ?こんなナリでも神だからね〜。
人の心を読むことなんてカンタンカンタン!」
はっきり言って、オレは信心深い方じゃあない。
神様を信じる時は、大抵腹痛の時か、テストの時くらいだ。
だが、そんなオレでもこれほど超人的なことを見せつけられると、流石に信じざるを得ない。
「すごいな……神様なのか、キミ……いや、あなたは……」
時空の神は、オレの顔の前で人差し指を左右に振った。
「そんなにかしこまらなくっていいよ。
どーせボクちっちゃいし」
「す、すまん……その、さっきは失礼なことを言った……」
時空の神のニヤリと笑った。
「本当にすまないと思ってる?」
「あ、ああ……」
「よし、それじゃあキミには『異世界』に行ってもらうよ!」
「ああ……ああ?」
ついうっかり返事をしてしまったが、聞きなれない単語が出てきたぞ?
「ちょ、ちょっと待った!今のは無し!」
「もう遅いよ〜ん」
今度は、オレの頭上に穴が開いた。
ダイ〇ンもビックリの吸引力でオレの体を引っ張る。
「うわぁぁあ!?」
「それじゃ、いってらっしゃ〜い!
記念すべき1人目だし、特典も付けてあげるから!
がんばって〜落太郎く〜ん!」
かくして、オレは異世界に転移させられたのだった。
神様にしても強引過ぎる時空の神のせいで、女性恐怖症になるかもしれない……。
登校途中だった楽太郎は疲れからか不幸にも時空の神が丹精込めて作った落とし穴に落っこちてしまう。
辿り着いた異世界で時空の神から楽太郎に突きつけられた帰還の条件とは……?
次回『別に何もしなくていいから』
つづく!