8 リアの説得
リアの部屋の前に到着。
「リア、入るよ。」
「・・・」
ドアの前に立ち、シルバーがリアに声をかけるが反応がない。交渉は厳しそうにみえるが、シルバーは挫けず再度アプローチする。
「リアーおーい。聞いてますかー?」
「・・・」
「入るよ。入っちゃうからね?」
シルバーは埒があかないと思ったのか強引な突入を決意する。変なハプニングが起きてもいけないので、十分に時間をとってから、えいっとドアを開ける。
「リア・・・」
気合いを入れてドアを開けたシルバーを待っていたのは、ベッドの上で足を抱えて座るリアであった。シルバーの心の中ではうわーと声が漏れるが、できるかぎり平静を保ちながら、もう一度声をかける。
「リア、大丈夫?」
「・・・」
「リアさん? おーい?」
「・・・」
「はぁ・・・」
現在進行形で無視されるシルバーが思わずため息をつく。一旦声かけをやめて、リアのことをじっと見る。
「泣いてるの?」
「・・・泣いてない。」
泣いているのは明らかだったが、そう思われるのは嫌なのか、リアは自分の涙をなかったことにしようとする。シルバーもそれを否定せず、ごめんねと口にしながら、涙を拭くためのハンカチをリアへ渡す。
「大丈夫?」
「ありがとう。大丈夫。さっきも言ったとおり、必ず帰って来てくれると約束してくれれば、私は待ってます。」
「リア・・・」
「つい最近話したばかりよね。私を守ってくれるんでしょ? そのためには強くなってもらわないと。」
「リアは強いね。」
「そんな事ない。」
「そんな事あるよ。」
「とにかく私は大丈夫。だから気にしないで。」
強がりではあるだろうが、リアは傍目には平静を取り戻しているように見える。シルバーがじっと見つめても、その心の中にどのような思いが渦巻いているかは読み取れない。
「そんなに私のほうを見つめてどうしたの? 好きになった? でも、ダメよ。いくら義理とは言え、私たちは姉弟だから。」
「こっちは真面目に心配してるんだから、茶化さないでよ。」
「私だって真面目に心配しているの。言うことを聞いてくれないのはシルバーじゃない。」
「ぐっ・・・それはそうだけど。」
「言うことを聞いてくれるなら優しくしてあげるよ? まだ間に合うわ。男に二言はないなんて言うけれど、無理だと思ったら引き返すのは大事なことよ。」
「それはそうだけど・・・」
「ね? だから・・・」
「でも、ダメだ。師匠はこの任務に参加することが必要だって言ってた。正直ランクS任務で僕にできることがあるとは思わないけど・・・それでもこの機会は逃すべきじゃないと思う。」
「シルバー・・・わかったわ。というか、わかっていたわ。お父さまがシルバーに参加を命じた時から、結局、こうなるんだろうなと思ってた。理由はわからないけど、必要なんでしょう? それがわかっていて、駄々をこねていただけ。」
そう言ってリアは抱えている膝に顔をうずめる。
「だから、さっきも言ったけど、必ず全員で帰ってきてね。」
「もちろん。約束するよ。けれど、その・・・」
「なに?」
「どうしてそこまで? って聞いてもいい?」
シルバーが恐る恐るリアに質問する。リアは黙ってシルバーを見ていたが、少しして口を開く。
「んー。シルバーは私がここに来た経緯は知らない?」
「うん・・・」
「そか。知られるのが嫌ってわけじゃないけど。お父さまとの約束もあるしなぁ・・・」
「約束?」
「そう。約束。まぁ、とりあえず、私には血の繋がった家族はもうこの世にいないってこと。」
「リア・・・ごめん。」
「いいの。それに血の繋がりなんて関係ないわ。お父さまやシルバーがいるもの。雪さんやエルさんだって良くしてくれるし。というか、シルバーもそうじゃないの?」
「あー、まぁ、うん。正確にはいるかいないかも良くわからない。」
「そっか・・・」
お互いに似たような環境であることを理解したシルバーとリアであるが、それ以上踏み込む必要はないと判断したのか、沈黙がおりる。
「まぁ、そういうことだから絶対無事に帰ってきてね?」
「了解。」
シルバーの返事を聞いたリアは控えめにではあるが、笑顔を見せた。
「ありがとう。シルバーのおかげで落ち着きました。」
「どういたしまして。それじゃ、おやすみ。リア。」
「おやすみなさい。シルバー。」
リアの説得を何とか終えたシルバーは、部屋を後にする。そして、そのまま階段を降りていく。シルバーの部屋もリアと同じく二階にあるが、シュバルツ達がシルバーを待っている可能性があるため、一度顔を見せておく必要があると考えたからだ。
そして、シルバーが部屋に戻る。食事を食べていた机には誰もおらず、食器なども片付けられている。シルバーは一瞬、みんなもう寝てしまったのかと思ったが、机の横のソファに目を向けると、シュバルツが座っていた。
「お疲れ。シルバー。」
「いえ、師匠こそ。って、おぉ・・・」
シュバルツからのねぎらいに答えたシルバーであるが、視界にあるものが入り、動きが止まる。
「どうした?」
「いえ。何も。」
シルバーの目にはシュバルツの膝の上に頭を置いて寝ている雪が見えているのだが、シュバルツが全く気にしていないようなので、シルバーも流した。
「リアはどうだった?」
「あ、はい。泣いていたようですが、最終的には理解してくれました。」
「そうか・・・さすがシルバーだな。」
「いや、そんなことは・・・僕が行った時にはもうほとんど収まってましたし。リアは強いですね。」
「まぁ、そうだな。あの娘は強い。」
「はい。そういえば、師匠。僕ってどうやってここに来たんですか?」
シルバーの質問にシュバルツが目を細める。
「どうやってとは?」
「その、師匠に拾ってもらう前のことがほとんど思い出せないので・・・少し気になってしまって。」
「なるほど。その辺で倒れているのを拾った感じだ。申し訳ないが、倒れる前のことはわからんな。」
「そうなんですか・・・」
「もしかして、リアから昔の話を聞いたか?」
シュバルツからの質問にシルバーは少し答えるのを躊躇する素振りを見せたが、少しして口を開いた。
「あ、えっと・・・すいません。質問はしたんですが、教えてくれなかったです。師匠との約束があるって。」
「あー、そうか。シルバー、それじゃあ、追加で約束だ。お前からはリアの過去のことを聞くな。」
「え、はい・・・その、師匠の言うことであれば、もちろん守るんですが、理由を聞いてもいいですか。」
「ダメだ。というと少し冷たく聞こえてしまうか。まぁ、一つアドバイスをすると、リアの方から話してくれるように仲を深めることだな。」
「でも、リアにも約束が。」
「リアが約束を破ってもいいと思うくらいの関係になれという意味だ。そういう話であれば、俺も止めはしない。まぁ、他人が簡単に踏み込んでいい話ではないし、簡単に他人に話していいことでもないから、俺が雑な蓋をしているだけだ。」
「よくわからないですけど、わかりました。」
「まぁ、わからなくてもいい。明日も早いし、そろそろ寝よう。」
「はい。雪さん、起こさないんですか?」
シルバーが指摘すると、シュバルツは少し考え込む素振りを見せる。膝の上では雪が寝ており、気持ち良さそうにしている。
「さて、どうするかな・・・まぁ、とりあえず、お前は寝てこい。」
シュバルツは困っている素振りを見せつつ、しかし、すぐに雪を起こすつもりはないようで、シルバーに睡眠をとるように促す。
「はーい。それじゃあ、師匠、おやすみなさい。雪さんも。」
「あぁ、おやすみ。」
まだ雪を起こすのか迷っているのか、その場から動かないシュバルツを置いて、シルバーは部屋を出る。そして、もう一度階段を登り、自分の部屋に戻った。
エルとの修行、予想外のランクS任務参加の要請、リアの説得とイベント続きで心身ともに疲れ果てたシルバーは、部屋に戻って、すぐに眠りについた。