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銀の軌跡  作者: sanstar
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82 ジャッジメント

《ジャッジメント》は、雪の魔力を込めた矢を一定本数以上、地面に突き刺したうえで、特定の言葉をキーにして起動する雪の固有魔法である。


「では・・・ 迷える子羊達よ。貴方達の罪を教えなさい」


起動後の挙動は、大きく3つの工程に分割されている。第一の工程では、《ジャッジメント》の効果範囲の決定と、その効果範囲を覆うように結界が展開される。


効果範囲は、事前に突き刺しておいた雪の矢により決定する。結界の強度は、規模と矢の数のバランスで変わるが、結界の規模が大きくなるほど弱くなり、事前に突き刺した矢の数が多いほど強くなるため、攻撃する相手の強さ、位置関係などを踏まえ、適切に設定する必要がある。


今回は、この場にいる全ての王国軍と亜人を範囲に入れる必要があったことから、雪の人生でも最大の効果範囲となる。アミヤ達のいる診療所の付近は効果範囲から外すためにドーナツ型のような結界にしたものの、圧倒的な規模の大きさに結界を発動した瞬間、雪は意識を持っていかれそうになった。


(危なかった・・・気絶したら、魔法がとけてしまうところだったわ。でも、エルは上手くやってくれたみたいね)


《ジャッジメント》に利用する矢には、雪の魔力を込める必要があるが、事前に準備しておけば、雪自身が地面に打ち込む必要はなかった。そのため、雪が話を繋いでいる間にエルに頼まれた鳥人族の亜人が空から矢を落として回ってもらっていた。


第二の工程は、《ジャッジメント》の魔力を充填する工程である。魔力が溜まるにつれて、第一の工程で生み出した結界の上空が徐々に白くなっていく。


実は、第二の工程では、雪がやることは何もない。魔力の供給は必要だが、全て自動で行われ、手持ちぶさたになるため、雪はいつも話をすることにしていた。


「もう一度言いましょう。貴方達の罪を教えなさい」


「つ、罪だと!? ふざけるな!!」


「そうだ! 何様のつもりだ!!」


雪は、王国軍と亜人の両方から詰られる。


「はぁ・・・本当にどうしようもない人達。よろしい。私が貴方達の罪を教えてさしあげます」


雪は、大きなため息をついて説教を再開する。


「王国軍の皆さま、貴方達の罪は、嫉妬と強欲と傲慢です。嫉妬に焼かれ、少しでも高い地位を得たいという欲に支配され、ひっそりと暮らそうとしている亜人達を踏みにじる傲慢さは一線を超えています」


「ふざけるな!」


「そうだ! 我々は王国民のために・・・」


「既に判決は下されています」


雪は感情の読めない顔で、淡々と話し続ける。


「そして、亜人の皆さま。実のところ、貴方達は、そんなに悪くありません。世から離れ、静かに暮らしていた生活を壊されようとしているのに抗っただけ」


「そうだ!」


「だったら早くここから出せ! なんなんだこの結界は!?」


亜人達からは雪への同意と悲鳴が届く。段々と白い光が強くなる空に、自分達に何が起きるのかを悟ったのか、結界からの突破を試みるが誰一人として外に出られない。


「強いて挙げるとすれば、先日一緒に食事をした人まで私を責めたてるのはひどくないでしょうか。私は少し悲しいです」


「ふざけるな!」


「横暴すぎる!」


「鬼! 悪魔!!」


悪魔という単語が出た瞬間、これまで無表情で話していた雪の顔が怒気に染まり、声のした方へグルリと顔を向ける。


「今・・・いまなんと言いましたか?」


「ヒッ・・・!」


雪は、《白い悪魔》という2つ名を嫌っている。自分には全く合っていないし、何より気に入らないのは、妹の優奈には《黒い天使》という2つ名がついていることだった。あの腹黒い妹が天使と呼ばれ、自分が悪魔と呼ばれることなど、到底受け入れることができない。


と、雪は思っているが、先ほど悪魔と呼んだのは雪のことを知らない亜人であり、すなわち、名と体が合っていることに他ならない。


「本当に本当に忌々しい。それもこれも優奈が・・・まぁ、いいです。聞かなかったことにしましょう。そろそろ時間です」


王国軍と亜人は揃って結界の外に出ようとしていたが、雪の言葉を聞いて、空を仰いだ。


「あぁ・・・」


結界の上空は、今や眩いまでに光り輝いていた。


「安心してください。死にはしません」


雪はニッコリと笑った。ハンターの中でも強く美しい者に与えられる《七姫》の1人、《白姫》の笑顔は見る者全てを魅了するはずの笑顔だったが、誰も彼も身に迫る危機に精一杯で雪の顔を見ていなかった。


魔法を発動するため、雪はゆっくりと右手を上に挙げていく。そして、頭の真上まで持ち上げたところで手を大きく開く。


「貴方達の罪は深く、そして、重い。神が貴方達をお許しになっても、私が貴方達を許しません。裁きを受けなさい! 《ジャッジメント》!!」


雪が手を勢い良く振りおろすと、次の瞬間、空が爆発したように輝き、結界の中を白い柱が埋め尽くす。


ズガアァァァァァン!!


《ジャッジメント》による攻撃は一瞬である。1秒と経たずに消えた光の下では、王国軍も亜人も全員が倒れていた。


「全員気絶したかしら? 《黒檻》は・・・健在ね。もう解除して大丈夫よ」


雪の言葉を合図に、これまで診療所の周りをグルリと取り囲んでいた炎の壁が消失する。


雪から見えるようになったエルは、炎の壁を維持するために相当無理をしていたのか、膝から崩れ落ちて手をついた。


「あー・・・死ぬかと思った」


「お疲れさま。ギリギリ間に合ったかしら。アミヤとノイエも・・・手を出さないでいてくれてありがとう」


「あぁ・・・」


エルの近くまで歩いてきた雪がアミヤ達に礼を伝える。アミヤ達の表情は複雑そうであったが、エルから共有された《黒檻》の回収方法に気を取られているいるのか、反応が鈍い。


「エル、貴方なら《黒檻》を壊せるかしら」


「わからん。ただ、俺の技だと中にいる亜人を怪我させてしまうかもしれないから無理だな」


「そうよね。《竜殺し》でもいれば・・・」


「あいつの剣は切るというよりは、叩いて潰す方が得意だからなぁ。てか、近くにいないじゃねぇか。《紫姫》ならいけそうだけどな」


「あの女、本当に何でもできるのよね・・・まぁ、どうせいないわね。少し休んだら王国軍の兵士を離れたところに移動させましょう。縛るかどうか悩むわね」


「俺が見張っておけば大丈夫だろ」


雪とエルは無駄な話も交えながら、今後の方針を相談し始めた。




一方、その頃、司令部は混乱状態にあった。


「どういうことだ! なぜ、どの部隊とも連絡がつかん!!」


司令部の実務を統括するロン大尉が怒鳴る。


最初に連絡が取れなくなったのは、獅子王族の戦闘を監視していた第4小隊だったが、作戦の本筋からは外れた部隊であったため、大きな影響はなかった。


しかし、先ほど連絡が途切れたのは第4小隊以外の全ての部隊である。


「わかりません! しかし、通信が途切れる直前に集落最強の亜人が襲来したと報告があったため、おそらくは・・・」


「獅子王族の登場、ハンターの介入に続いて、一体何だというんだ!!


ロンは頭を掻きむしる。作戦通りにいかないこと自体は良くある話だが、事前に想定していたリスクをぶっちぎるほどの問題が複数発生することはなかった。


「《黒檻》の強制回収を発動するべきか? しかし、まだ亜人の確保が続いていたら・・・国王直轄の任務でどうしてこんなことに・・・」


ブツブツと独りで呟くロンであったが、頭の中では、この場の最上位者であるノール大佐に対する進言内容をどうすべきかという問題で一杯だった。


司令部による《黒檻》の強制回収は、作戦の終了を意味する。ロンが本作戦の実務面を統括しているとはいえ、ノール大佐が同じ場所にいる状況でロンだけで意思決定することはあり得ない。


一方、丸投げは無能のやることである。部下としては、このタイミングで強制回収を実施するか否か、意見をまとめたうえで提案すべきだが、正解がわからない。さらに、今は可及的速やかに決断をするべき状況であり、無駄な引き伸ばしも無能の証である。


(大佐から声をかけてくれれば楽なんだが・・・どっちが正解だ)


ロンがノール大佐の様子を見ようと、チラリと目を向けると、ノール大佐が目を大きく開き、ロンを睨んでいたため、慌てて目を逸らした。


恐怖と驚きで目を逸らしたロンは、一拍置いてから自身の不自然な行動に後悔する。


(今のは印象が悪い! これでは、私の評価が・・・出世が!! ・・・落ち着け、まだ巻き返せる)


「ノ、ノール大佐!! ご相談が!!」


本作戦は、国王の直接の指示に基づくもので、極めて重要性が高い。作戦の総指揮にザムザ大将が抜擢され、ノール大佐とともにロン大尉が派遣された作戦であり、絶対に失敗は許されない。


《黒檻》の回収は作戦の終了と等しい。極めて重要な判断であり、ロン大尉にとっては勝負どころとなる。しかし、ノール大佐に睨まれ、慌てて説明を始めることになってしまったため、ロンの頭の中は真っ白だった。


「《黒檻》の司令部による回収を進言します!」


「・・・理由は?」


ノールは、重苦しい声で答える。少し間があったのは、自分でも同じことを考えていたからか。


実際、ノール大佐は優秀な軍人である。パワハラ気質であるし、理不尽なところばかりまが、重要なところでは情報を集め、正しく判断しようとする姿勢を持っていた。


「前線からの報告が途絶えました。また、既に亜人確保の報告は数十件来ており、戦果は十分です」


「ふむ・・・」


(ニブイチを引いた!!)


ノール大佐の性格的に大外れを引いた瞬間、一喝されて終わる。話が終わってないということは、正解を引いたか、ノール自身答えを決められていないかのどちらかだ。


ここまでくれば一定の評価は得られる。ロン大尉の頭は、潤滑油を差した後の歯車のようにスムーズに回り始める。


「戦力は亜人のほうが上ですし、長期戦は得策ではありません。万が一、亜人側に《黒檻》を破壊できる戦力があった場合、時間が経過するほど状況は悪化します」


「状況は見えているようだな。賛成だ。この程度であれば、ザムザ大将へのお伺いも不要だろう。《黒檻》の回収を許可する」


「承知しました!!」


ロンは、心の底から安堵したような表情で返事して、すぐに《黒檻》回収の指示を出す。


《黒檻》の回収には、専用の魔道具(当然ながら、これも箱)の利用が必要になる。起動には、この場の最上位決裁者であるノール大佐の魔力が必要になるが、特別な手順は必要ない。


ロン大尉は、作戦の成功と自身の出世を確信した。

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