81 ハンター介入
「アミヤ様! 奴らが来ました!!」
「あぁ。見えてる」
アミヤがグルリと視線を動かすと、360度、あらゆる方向から王国軍が走ってくる姿が見えた。
ノイエによる竜巻の防御を突破されたことで、集落を守るための策は限られている。
1つは、ヴォルフなどが構築する防衛ライン。
もう1つは、アミヤの魔眼である。封印は既に解除されており、アミヤの額にある第3の目を開くだけで発動できる。
「合図をしたら金色の信号弾を放て。それから、気絶などで視線を遮れなくなってしまった者がいたら教えてくれ」
「承知しました」
アミヤの近くに控えていた2人の鳥人族のうち、1人が空に飛び立った。
アミヤの魔眼は、視界に収めた生物を黄金に変えることができる。発動条件は、対象者を一定時間視界に入れ続けるだけである。また、アミヤ自身の意思で視界に入った特定の生物を対象から除くことはできないため、亜人であっても視界に入れ続けると黄金に変わってしまう。
ヴォルフを含め、全ての亜人は自分の全身を隠すことのできるマントを着用している。さらに、防衛に加わっていない非戦闘員は、アミヤの周囲に掘った穴の中に身を潜め、穴自体を大きな布で覆っていた。
亜人達はマントによりアミヤの魔眼の効果範囲に入ることを防ぎつつ、王国軍だけを黄金へと変える。これが、集落側の最後の防衛策だった。
言うまでもなく、この作戦には穴が存在している。いくらアミヤの魔眼が強力でも、王国軍の数が多すぎることや、対策はしているものの発動条件が大雑把すぎて亜人まで黄金に変えてしまうリスクがあった。
「アミヤ様、ヴォルフが捕まりました!」
「厳しいか・・・」
「始めますか?」
「まだだ。善戦しているところがある」
アミヤが魔眼を発動するタイミングを見極めようと集中していると、何かきっかけがあったのか、王国軍の行動パターンが急に変化する。それまでは亜人の防衛ラインを潰しながらジワジワと包囲網を縮めてきていた王国軍の兵士達が、なりふり構わず、アミヤ達のほうに一直線に向かってくる。
「アミヤ様!!」
「信号弾を!!」
金色の信号弾が打ち上げられる。さらに、アミヤは、鳥人族に抱き抱えられて空へと浮かぶ。
「頼むから、頼むから誰も巻き添えになってくれるな・・・!!」
アミヤが脳裏に蘇る過去のトラウマを強靭な精神力でねじ伏せつつ、額の魔眼を開こうとした瞬間・・・
「《真炎陣・極大輪》!!!」
「っ!!」
ゴオオオオオオオオッ!!
アミヤ達の視線の先に突如として炎の壁が現れる。
「何事だ!?」
「よぉ、アミヤの姉さん。悪いな。あんた達から人間を守りに来た」
赤色の短髪の男がアミヤに声をかける。先ほどまで、決死の覚悟で魔眼を発動しようとしていたアミヤは、一瞬呆けた顔をしたが、すぐに気を取り直して事情を問いただす。
「エル!! ど、どういうことだ!? 説明を!!」
「ちょい待ち。マジのマジでギリギリだったから。この技、下準備なしに発動するとマジでキツくて・・・」
アミヤは、緊張感のないエルに言いようのない苛立ちを感じたが、エルが言葉通り、滅茶苦茶しんどそうだったため、それ以上は何も言わずにエルの次の動きを待った。
「ふぅ・・・よし! あーえっと、アレだ。その、あんたらの味方は炎の壁で隔離させてもらった。交渉をしよう」
「交渉だと? 今はそんなことをしている場合じゃ・・・」
「相手は俺じゃない。つーか、あんまり俺が話すと怒られる」
エルはアミヤの言葉を遮ると連絡石を掲げた。
炎の壁を跨いだ反対側。
雪は王国軍と亜人が密集しているところに現れ、双方に声をかけた。
「はい。全員動かない」
先ほどまで命がけの戦いをしていた王国軍と亜人だったが、ハンターの介入という想定外の事態に、全員が動きを止める。
しかし、それも束の間のことで、まず王国軍が雪に食ってかかる。
「なぜここに《白姫》が!? いや、そんなことはとうでもいい。早くそこをどけ、作戦の邪魔だ!!」
「なぜここに、じゃあないのよ。ここまで来るのがどれだけ大変だったか」
雪はため息をつくと、王国軍を無視して、連絡石に向かって話しかける。
「アミヤ、聞こえている?」
「・・・あぁ」
「良かった。では、そのままで」
「おい! アミヤとは誰だ。お前、もしかして亜人と・・・」
「うるさい」
「ヒッ!!」
雪が、問い詰めようとした王国軍を一言で黙らせる。
(なんだあの女・・・さっきから顔は笑ってるのに、圧力が半端ないぞ)
(お前、知らないのか。《白姫》不知火雪だ。2つ名は白い悪・・・)
コソコソと話し合い、禁句を口にしかけた兵士の頬が、雪の放った矢によって薄く薄く裂けた。
「ねぇ・・・」
大声をあげて尻もちをついた兵士を無視した雪は、ポツリと呟いた後に黙ってしまう。
「・・・・・・・・・」
その場を地獄のような空気が支配する。王国軍も亜人達も、雪を恐れるあまり、何も話せなくなり、極力視線を合わせないように俯いた。
誰でもいいから、この沈黙を破ってくれ!と、種族の垣根を超えた想いが届いたのかどうかはわからないが、連絡石からエルの声が響く。
「おいこら。雪! さっさと話を進めろ!!」
「あー、はいはい。全然成長してないのね」
(開示したくない情報であるため、明言はしなかったものの)炎の壁を維持するために魔力を膨大に消費し続けているエルが、雪を急がせる。
「さて・・・私達が、ここに来た目的は1つ。王国軍、あなた達の保護よ。アミヤを始めとした集落の亜人との停戦を要求するわ。貴方達が何もしなければ、亜人達にも何もさせない」
「ほ、保護だと・・・馬鹿を言うな。我々は作戦行動中だ!!」
「一から十まで言わないとわからないのかしら? 無謀が過ぎると言ってるの。さっき見たでしょ? 三つ目族が鳥人族に抱き抱えられて空を飛んでるのよ? 亜人達は皆、大きな黒いマントを身につけている。これがどういう意味かわかる?」
「・・・魔眼」
「そう。魔眼よ。三つ目族の切り札。1つとして同じ能力が確認されたことのない魔の瞳。単騎で戦場を引っくり返す戦略兵器よ? どうせロクに情報持ってないんでしょ? いくら《箱使い》の道具があるからって考えなしにもほどがあるわ」
雪は、王国軍の作戦の穴を指摘する。しかし、王国軍は、無謀であること自体は否定せず、優先順位の違いを述べた。
「戦力の見立てについては、その通りだ。だが、我々は死など恐れていないし、元から亜人達を完全に制圧できるとも考えていない。たとえこの命が散ろうとも、亜人族を生け取りにする方が王国のためになるのだ」
「ダメよ。認められないわ。私達ハンターから見れば、貴方達も守るべき人間よ。目の前で自殺しようとしてるのを見過ごすことはできない」
「ならば、我々の作戦に協力しろ!」
「だから・・・相手には魔眼があるって言ってるでしょ? 無策で挑むなんてあり得ないわ」
雪と王国軍のやりとりは平行線を辿る。
間に挟まれた亜人達は、雪が人間を守るとは言いながらも、一緒に亜人達も守ろうとしていることを察したため、流れを不用意に変えないように見守っていた。
「議論の余地はないわ。貴方達のためにシュバルツは獅子王族と一騎打ちしてるのよ? あの獅子王族よ? 他にも来ているかもしれない。万が一、三つ目族の魔眼と獅子王族の両方を相手することになったら、貴方達だけじゃない。私とエル含めて全滅よ」
「ダメだ。何があろうと、我々が撤退することはない。司令部にも確認済だ」
司令部という単語を聞いた雪は深くため息をついた。彼らが軍隊である以上、雪の要求が通ることはない。
「呆れたわ・・・でも、残念ながら時間切れね。エースが戻ってきたみたい」
「エースだと・・・? ッッ!」
「おい。これは一体どういう状況だ? 誰か説明してくれ」
雪の視線を追って目線を空に向けた王国軍は、最も警戒すべき亜人を見つけて息を呑む。
次の瞬間、王国軍は宙に浮かぶ亜人に向かって、色とりどりの箱を投げつけた。そして、その亜人の近くで箱が弾け、中からは火、水、風、雷など様々な攻撃が溢れ出す。
しかし、次の瞬間、突如発生した暴風が箱からの攻撃を空中の亜人ごと包み込んだ。
「やったか!?」
「やってるわけないじゃない・・・」
王国軍の期待を込めた声を雪が否定する。雪の声は小さく、王国軍には届かなかったものの、ほどなくして解除された暴風の中から無傷の亜人が現れる。
「で?」
「ノイエ。悪いけど、説明はアミヤから聞いてもらっていいかしら」
「断る。わかってるだろう。俺はアンタも含めて全ての人間を数秒で制圧できる。しかも、俺の仲間には傷一つつけずに」
ノイエは、雪からの依頼を迷いもせず断る。ノイエの目線は亜人を閉じ込めている《黒檻》に釘付けになっており、顔は怒りに歪んでいる。
ガシャン!
「っ!」
「コソコソするな」
雪が音をした方を見ると、王国軍の兵士の手から粉々になった連絡石が崩れ落ちるところが目に入った。
それは、王国軍の兵士がノイエとの遭遇を司令部に報告しようとしたのを、ノイエが全ての連絡石だけを正確に砕いたところだった。
ノイエの行動を理解した雪は、その技量の高さに驚愕するとともに、もはや一刻の猶予もなくなったことを理解し、静かに舌打ちした。現場からの連絡途絶は全ての《黒檻》の回収へのカウントダウンが始まることを意味する。
「ノイエ!!!」
雪は内心の焦燥をあえて隠さずに、表情と声色にのせる。まだ付き合いも短く、阿吽の呼吸も何もないが、雪の立場では、この場でノイエに対して具体的な助言をすることが許されないため、雪の口から王国軍の作戦を説明することはできない。
「わかった」
ノイエは少しの間考え、雪の依頼を受け入れることにした。そして、アミヤのもとに向かうため、ノイエは全身を暴風で包み、エルが発生させた炎の壁を無理矢理通り抜ける。
(うちの脳筋の最大火力を・・・格が違うわね)
本人が聞いたらブチギレるであろう感想は口に出さず、雪は王国軍に意識を戻す。
「さて・・・貴方達はもうやることがないでしょう。大人しく退いてくれるかしら? あとは、私が対応します」
「ぐっ・・・」
ノイエが戻ってきた以上、王国軍にできることはない。《黒檻》の回収は1回しか使えない機能であるが、新しく亜人を捕まえることはノイエが許さない。
今は炎の壁の向こうにいるため、姿は見えなくなっているが、何か行動を起こそうとしたら防がれる。たった一度、それも短時間の接触によって、心の底まで焼きつけられた恐怖と畏怖に、王国軍の兵士達の心は挫かれていた。
そもそもの話、ノイエと接触した部隊は、できる限り時間を稼ぎ、作戦からは離脱する方針になっていた。この方針には、他の部隊の活動時間を伸ばす意図があったが、現状は全ての部隊がノイエと接触しているため、時間稼ぎにも意味はない。
結果、王国軍が選択したのは撤退だった。
「撤退だ。残った箱を全て使っても構わん。人的被害を最小眼に抑えながら帰還する」
王国軍の出した結論を聞いた雪は密かに安堵する。しかし、今度は形勢の変化を感じ取った亜人側から待ったがかかる。
「待て! このまま帰すわけにはいかない。あの不気味な黒い檻から同胞を解放してもらおう」
(あぁもう!!)
「ダメよ。彼らには、このまま何もせず戻ってもらう。王国軍も動かない!」
雪は内心で絶叫しながら、亜人達に声をかけるとともに、王国軍も牽制する。相手は集団であるため、一度動き出してしまうと止まらない。
「なぁ、アンタ何なんだ? 何がしたい。どっちの味方なんだ」
亜人が雪に問いかける。
「最初から言ってるでしょう? 無謀な作戦に命を懸けようとしている同胞を止めにきたのよ」
「我々は仲間を傷つけられている! なぜ、侵略者を無傷で返さないといけない!?」
亜人の目は、憎悪に染まっていた。
冷静に状況を見れば、雪の行動が王国軍のためだけのものではないとわかるはずだったが、亜人の中には雪との面識がない者もおり、結果として、雪の行動に対する理解度にバラツキが生じていた。
雪が具体的な説明はせずに、この場を治める方法を考えようと沈黙する間にも、亜人側のテンションは上がり続ける。そして、亜人の敵意が膨れあがるのを感じ取った王国軍も戦闘の再開に備え始めた。
王国軍と亜人の間の緊張感が高まり、いよいよ破裂するとなった瞬間、雪が突然しゃがみ込み、両手で顔を覆った。その動作は、これまでの雪の振る舞いとはかけ離れいたことから、王国軍も亜人もギョッとしてしまい、先ほどまで攻撃を始めようとしたことも忘れ、雪に注目した。
雪は、大きくため息をつきながら、ゆっくりと立ち上がる。
「ねぇ・・・貴方達は、今まで何を見てきたのかしら?」
雪は誰への問いかけであるかを曖昧にしながら話し始めた。表情は柔らかく、微笑んですらいたが、話している内容とは全く合っておらず、そのアンバランスさが不気味さを強めていた。
「貴方達には理解できないかもしれないけれど・・・私は、良い結末を迎えられるように努力しているつもりなの」
雪はゆっくりと王国軍、亜人達を見回しながら、淡々と話し続ける。
「これで最後よ。王国軍の兵士達には帰ってもらいます。いいですね?」
「ふざけるな! 俺達は仲間を、家族を傷つけられたんだ。そんな要求は認められない!!」
「そうだ! こっちにはノイエがいるんだ。降伏しろ!!」
「二度と俺たちの集落に来れないようにしてやる!!」
亜人達の言葉を聞いた雪は、再度大きなため息をついた。
「では・・・迷える子羊達よ。貴方達の罪を教えなさい」
雪は、お決まりの文句と合わせて、自らの足下に無造作に矢を突き刺した。




