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銀の軌跡  作者: sanstar
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80 王国軍の襲撃

「すごく素敵です。ほら。雪みたいに真っ白」


ヴォルフは、ルナと初めて会った日にかけられた言葉を思い出していた。自身が狼人族を飛び出す原因となった白色の毛、一般的な狼人族にはあり得ない色の毛で、ヴォルフが物心ついた頃から憎んで怨み続けて、ヴォルフ自身の心を壊しかけていた白い毛を誉めてくれた。


あの一言がキッカケで、ヴォルフは、はぐれ者の集落に来て、新しい家族と、家族と同じぐらいに大切な仲間を得た。


「絶対に守る」


ヴォルフは、診療所を中心とした防衛ラインの最も外側で王国軍からの襲撃に備えていた。


肉弾戦による近接戦闘が得意な者を外側に配置し、王国軍が見えたら速攻を仕掛ける。非常にシンプルであるが、これは今回の襲撃に合わせた最適解、というよりは、他に選択肢を持たないために選ばざるを得なかった苦肉の策であった。


ノイエのいない状況で、四方八方からの襲撃、しかも出産を間近に控えた仲間がいて退却は許されないという縛りまで加わってしまっては、集落側には他に手がなかった。


唯一、可能性を感じさせるのは、全員が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことだ。


「今から封印を解除する」


アミヤが自身に言い聞かせるように呟くと、近くに控えていた補佐役の鳥人族の亜人が心配そうに声をかける。


「アミヤ様、顔色が優れません。無理をなされては・・・」


「心配は不要。私は集落の長だ」


「しかし・・・」


「アミヤ様、大丈夫?」


アミヤが補佐役の亜人の意見を退けていると、今度は亜人の子供たちがパタパタと駆け寄ってきて、そのままアミヤの腰に抱きついた。


アミヤは抱きついてきた子供たちの頭を優しく撫でながら微笑む。


「ありがとう。君たちのおかげで元気になった」


「ほんと?」


「ほんとだ。さぁ、あの中に入って。絶対に顔を出してはいけない」


アミヤが子供たちに優しく語りかけると、子供たちは、素直にアミヤから離れた。


アミヤが、あの穴と指を差した先には、言葉の通り穴があった。幅は大人が3人は並べる程度、深さは座れば十分に身を隠せるぐらいの大きさの穴が、アミヤをグルリと囲んでいた。


穴の中に入ってるのは、戦闘が得意ではない種族や、子どもなど、この後の闘いでは戦力にならない亜人達だった。


アミヤは、ふぅと息を吐くと、自分の額を覆っている金色の布に手をかけた。布には、黒色の文字がびっしりと書き込まれていた。


「我が額に封印されし黄金の瞳よ。災禍を引き寄せ、破滅をもたらす絶望の瞳よ・・・」



「姐さんが詠唱を始めたか・・・辛いだろうに」


アミヤの補佐役の亜人が手を大きく振り上げるのを見て、ヴォルフが呟いた。


三つ目族のアミヤの額には魔眼が封印されている。三つ目族は、平均的には戦闘力の低い種族であるが、極稀に魔眼と呼ばれる特殊な能力を発現した瞳を待つ個体が存在する。


魔眼の能力は千差万別で、完全に同じ能力の魔眼が発生することはないと言われている。また、能力が発現するタイミングも様々で、それ故に魔眼を手に入れたタイミングで不幸な事故が発生することも多く、アミヤが三つ目族を離れるキッカケとなったのも魔眼の覚醒によるものだった。


「アミヤの姐さんに魔眼を使わせたくないな・・・」


ヴォルフは王国軍の到来に備え、集落の外を睨みつける。まだ王国軍の姿はない。


このまま王国軍が来なければいい。何かの間違いであればいいのにとヴォルフは現実逃避にも近い願望に浸っていたが、数分後にその気持ちは打ち砕かれる。


「・・・来やがった!」


水平線の彼方に王国軍が現れる。ノイエからの報告の通り、集落を取り囲むように攻めてきているのか、ずらーっと横に広がるようにヴォルフ達に近づいてきていた。


王国軍を認識したヴォルフは、先ほどまで考えていた甘い希望を意識の外に追いやり、王国軍を撃退するべく、頭の中を切り替えた。


「クソ・・・数が多すぎる」


ヴォルフの視界に入るだけでも数十人は王国兵がいた。振り返れば、そちらにも同じように王国兵がいるだろう。


「俺達は、ただ穏やかに過ごしたいだけなのに。どうしてこうなる。同族から嫌われて、たくさんつらい思いをして、やっと見つけた場所なのに。どうしてこうなる!!」


自分の力だけでは足りない。王国軍の数を見た瞬間、ヴォルフは悟ってしまっていた。


数は暴力である。一対一であれば負ける気はしないが、ヴォルフの能力ではあの人数を一度に相手することはできない。


「子どもが産まれるんだ。俺とルナの子どもだ。これからなのに!!」


王国軍が近づいてくる。まだ距離はあるが、全員が全力で走っており、ヴォルフ達の距離はみるみる縮まっていく。


もはや猶予はない。ヴォルフは自身の中で魔力を練り、身体能力を引き上げる。作戦の通り、王国軍が奇妙な道具を使う前に攻撃するために、ヴォルフは自身の中に渦巻く黒い激情に身を焼かれながらも冷静にタイミングを計る。


「まだ・・・まだ・・・まだ・・・・・・今だっ!!」


ヴォルフが下半身に蓄積した力を爆発させる。地面を砕きながら一気に加速したヴォルフは、わずか二歩で王国軍と接触し、勢いのまま、兵士の1人をぶん殴った。


ゴンッ


ヴォルフの攻撃を受けた王国軍の兵士が吹っ飛んで地面に叩きつけられ、気を失う。


「し、襲撃! 狼人族だ。早いぞ!!」


「《蒼雷》を投擲!!」


ヴォルフに近くにいた兵士達がヴォルフに向かって、青色の箱を投げる。


(ロードスからの報告にあった箱か!!)


ヴォルフは、自身に向かってくる《蒼雷》と呼ばれた青い箱の下を高速でくぐり抜け、近くにいた王国軍の兵士を殴り飛ばしながら距離を取る。


《蒼雷》が地面に接触する。


ズガンッッ!!


次の瞬間、青い稲光が発生して周囲を襲うが、ヴォルフは既に射程圏外へと移動しており、攻撃を逃れた。


攻撃の隙間を狙い、ヴォルフがさらに数名の王国軍を吹き飛ばす。


(いけるぞ。この調子で・・・!)


「《白光》を投擲!!」


ヴォルフの周囲から今度は白い箱が投げられる。事前情報のない未知の攻撃であるが、ヴォルフは《蒼雷》と同じように宙を浮かぶ白い箱の下をくぐり抜けようとした。


しかし、次の瞬間、《白光》は地面との衝突を待たずに破裂し、中から強烈な光が放たれる。


「グアアアアッッ! 目が!!」


攻撃の正体を見極めようと白い箱に視線を向けていたヴォルフは、放たれた光を直接見てしまい、一時的に視力を失う。


「《黒檻》を投擲!!」


そして、その隙を王国軍は逃さない。ヴォルフに向かって黒い箱が投げられ、瞬く間にヴォルフを閉じ込めてしまった。


「狼人族を捕獲! 次に向かうぞ。急げ急げ急げ!!」


未だ視力の戻らないヴォルフであったが、王国軍からの報告で自身が捕らえられたことを知ると、両手を地面に叩きつけた。


「待て! 頼む。待ってくれ!!」


「時間がないぞ。できるだけ多くの亜人を捕らえるんだ!!」


ヴォルフは、自身の近くを通り過ぎようとする王国軍に呼びかけるが、当然のことながら既に無力化された亜人の話に耳を傾けるものはいない。


ヴォルフの戦闘能力は集落の中でも最上位に位置する。数人程度の王国軍は無力化できたものの、まだまだ多くの兵士が残っており、ヴォルフよりも弱い亜人達が、この状況を覆せる可能性は低い。


頼みの綱はアミヤの魔眼だけとなる。しかし、アミヤの魔眼は、(実際に発動するところを見たものはいないものの)非常に強力であるが、魔眼の性質上、相手を視界に入れる必要があり、全方位から攻めてくる相手を同時に相手にすることに向いていない。


現状は限りなく絶望的だった。


ルナと産まれてくるはずの子どもを守れない。最悪な未来がヴォルフの頭の中を支配する。


「俺のことはいい! どこにでも行く!! なんだってする!! だから、彼女達には手を出さないてくれ。子供が産まれるんだ!!」


懇願するようにヴォルフが叫んだ瞬間、これまでヴォルフのことを無視していた王国軍の足が止まった。


ヴォルフの周囲を不自然に静かな、嫌な沈黙が支配する。少し離れたところからは、王国軍が指示を出す声、王国軍と亜人達が戦う音、王国軍に捕まった亜人達の悲鳴が騒がしく聞こえてきている。


「子供・・・?」


「これから産まれる・・・」


少しずつ視力が戻ってきたヴォルフは、雰囲気の変化を察知し、先ほどまで狼狽えていたのが嘘のように冷静な表情で周囲を見回す。


それは、この変化が何を意味するかを少しでも早く理解するための行動であったが、ヴォルフの行動とは関係なく、王国軍の意図は、すぐに明らかになる。


「こちら第一小隊。はぐれ者の集落に出産を控えた亜人がいることを確認!」


ヴォルフの顔が絶望に歪む。


「最優先捕獲対象と設定! 直ちに実行します!!」


「やめてくれ・・・頼む・・・」


ヴォルフの声を無視し、王国軍達の動きが明らかに変わる。ヴォルフの周囲にいた兵士だけでなく、遠くの兵士も含め、先ほどまでは足を止めて、多くの亜人を捕まえようとしていたのが、亜人の攻撃を捌きながら、診療所のほうに向かうことを優先するようになった。


「お願いだ。頼むから・・・」


ヴォルフがどれだけ懇願しても、王国軍は止まらない。《黒檻》に囚われたヴォルフにできることは何もなかった。


「やめろぉぉぉぉおおおおおおお・・・・!!!」



ヴォルフが悲痛に満ちた叫び声を上げた瞬間、王国軍の目の前に紅蓮の大壁が出現した。

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